幼馴染は幻想

久野真一

幼馴染は幻想

 季節は真冬。盆地気候なので夏はクソ暑く冬はクソ寒い。

 だから冬は学校が終わったら友人の御崎春奈みさきはるなの家にお邪魔して二人でぬくぬくすることが多い。


 春奈の部屋は本当にこいつは女子かと思うくらい無骨。

 ベッドに勉強机に化粧台くらいしか物がない。

 ファンシーなぬいぐるみもないし、ポスターが張ってあるわけでもない。

 それがかえって妙な緊張感がなくて気楽でいられるのかもしれないけど。

 今もカーペットに寝転んで電子書籍でライトノベルを読んでいる。

 ホットカーペットなので床も暖かい。


 こういうライトノベルを読んでいて羨ましいと思う事が時折ある。

 幼馴染おさななじみという奴だ。


 たとえば、幼稚園や小学校の頃に劇的な出会いをする。

 二人きりで秘密の遊びをしたりもする。

 引っ越しやそのほかの出来事で離れたかと思えば高校生で再会したりする

 そんな幼い頃から一緒に育った女の子は主人公を一途に好いてくれる。


 もちろん、本気で現実にそんな存在がいると思う程夢見がちじゃない。

 ちょっとした現実逃避だ。

 悲しい事に恋愛以前に幼馴染の女の子・・・・・・・が居ない。


「俺も幼馴染の女の子欲しいなあ」


 今読んでいるのは家族のように育った美人で世話焼きな幼馴染がヒロイン。

 想いに気づいてくれない鈍感な主人公にヤキモキする王道ラブコメだ。

 しかし、ヒロインが優しくて一途で、こんな奴いねーよとツッコミつつ、

 少し羨ましくもなる。


「何寝言言ってるのよ」


 春奈に愚痴ってみるも軽く一蹴されてしまう。

 学校から帰って来た春奈は既に寝間着に着替えてベッドでごろごろしてる。

 冬用の分厚いパジャマが結構愛らしかったりする。


 こいつも電子書籍で何やら読んでいるっぽいな。

 こんな風景がいつの間にか日常と化している俺たちだ。


「割とマジなんだて」

「陽介はまたわけのわからないこと言い出すんだから」

「お前だって幼馴染の男の子・・・・・・・が居たらよくないか?」

「そんな存在現実にいるわけないでしょ?」

「俺だってわかってるんだよ。無いものねだりだっていうのは」


 しかし、幼少期を同じ環境で過ごし、そして同じ環境で成長し。

 お互いのことを一途に思いあう。

 何はともあれ羨ましいことには違いない。


 まあ、春奈と俺の関係も傍からみればきっと幼馴染なんだろうけどな。

 当事者にとっては違うのだけど、そこは部外者にはわかるまい。


「そんな幻想フィクションのことより、今の私を見て欲しいんだけど?」


 鋭い目つきに真剣な言葉。


「今のお前?」


 どういう意味だろうか?


「陽介が今ゴロゴロしてるのは誰の家かしら?」


 ジト目で見据えられる。


「春奈の家だけど。それと今のお前はパジャマに着替えてるな」


 俺の事を本当に男と思っているのかどうかなんて思ってしまいそうだ。

 俺を信頼してるからであって、そういう意味じゃないのもわかってるけど。


「こういう姿見せるのは陽介の前だけ・・・・・・なんだけどね」


 その事実を強調するということは、そういうこと・・・・・・だろう。

 女として見て欲しいというアピール。


「つってもそんなにリラックスされてたらなあ」


 言葉を濁しつつ暗にアピールに応じる気はないと伝える。

 本音としては春奈のことはとても魅力的だと思っている。

 言葉を飾らない実直なところも、おせっかい焼きなところも。

 こんな俺の友達でいてくれる懐の深さも。


「またはぐらかすのね」

「何のことやら」

「じゃあもういい加減はっきり聞くわね。私と陽介の関係は?」


 一瞬何かを躊躇して、それでもはっきりと切り出す春奈。

 その瞳には真剣さが宿っていて冗談は許さないと目が語っていた。

 いい加減業を煮やして、というところか。


「同小出身の友達で結構仲がいい。それじゃ駄目か?」


 春奈の意図を理解しつつもそんな逃げ腰の答え。


 傍から聞いている奴がいればきっと嘲笑うだろう。

 春奈はお前のことを好いてくれているだろう。

 なんで関係を進めることを怖がっているのかと。


 あるいは彼女の気持ちに気づかないほど鈍感なのかと。


 でも違うのだ。関係を進めるのが怖いのは別の理由がある。


「陽介が気にしてるのは雅樹まさき優愛ゆあの件よね」


 本当に付き合いが長いのは厄介だ。

 変なところで心を読まないで欲しい。


 中田雅樹なかだまさき横関優愛よこぜきゆあ

 共通の友人で同小出身で一時期はお互いを思いあっていた相手。

 色々あって破局してしまった悲しい間柄。

 俺が春奈との関係を進めるのが怖い理由。


◆◆◆◆


 俺と春奈、雅樹と優愛は小学校の頃から仲が良かった。

 何故馬があったのかは考えてもわからない。

 家が比較的近所だったこともあって、何かあるたびに四人で集まった。


 俺と春奈は良くも悪くもサバサバしてあっさり。

 雅樹と優愛は友情に篤くてウェットな部分が多い。

 そんな四人組で二組のコンビという感じだった。


 似た者は惹かれ合うともいう。

 小学校の高学年からあいつらはお互いを意識してたらしい。

 雅樹と優愛は中一の頃に交際を始めた。

 四人でそのことを祝ったのも懐かしい思い出だ。


 その時に俺は思った。

 自分たちは幼馴染でお互い思いあっている。

 友情も愛情もずっと続いていくのだと。

 そんな幻想フィクションを信じていた。

 まあ、まさしくフィクションの読み過ぎだったけど。


 お互いの距離が近すぎたのがまずかったのだろうか。

 雅樹も優愛はしばらく経って少しずつ冷め始めた。

 「多少放っておいても大丈夫」とお互い思っていた節もある。

 だからか二人の時間よりもお互いの交友関係を優先し始めた。

 お互いの愛情を感じられなくなるのも時間の問題だったのかもしれない。

 お互いのことをよくわかるが故に喧嘩もせず、ただただ冷めていった。


 中三の春頃だったか。

 俺は雅樹から、春奈は優愛から別れ話について聞くことになった。

 喧嘩でもしたのか?仲直りしようぜとそう説得したのを覚えている。

 しかし「喧嘩じゃなくてただ無理と悟ったんだ」と。

 雅樹の諦めたような悲しそうな顔を今も覚えている。


 春奈によれば優愛も似たような感じだったらしい。

 優愛の方は多少納得が行っていない部分もあったらしいけど。

 とにかく今のままだとうまく行かないというのは共通認識だったのだ。


 二人のやりとりはこんな感じだったとか。


「優愛、本当に悪い。嫌いになったわけじゃないけど別れて欲しい」

「そっか。私もずっと迷ってたけど、そうするしかないのかな」

「何かいい方法があれば良かったんだけど」

「仕方ないよ。今までありがとう、雅樹」


 別れ話をする場面とは思えない程あっさりとしたものだったとか。

 怒りや悲しみをぶつけ合うことすらなかった。

 お互いのことをよくわかっていたから故だろう。


 その時に思ったものだった。

 ずっと想い合う幼馴染なんて幻想フィクションだったんだなって。

 だから、俺は時々思う。

 ずっと想い合える幼馴染フィクションのおさななじみが欲しい。


◇◇◇◇


「そりゃ気にするさ。あの二人ずっと気まずいままだし」


 俺は雅樹と、春奈は優愛と時々連絡を取っている。

 そのたびに、


「雅樹さあ。いい加減少しくらい優愛と話してもいいんじゃないか?」


 俺は雅樹にそんな風に言ったものだった。

 彼氏彼女に戻らなくてもいいから、せめて普通に話せるようにならないかと。


「優愛。気持ちはわかるけど、いい加減少し話してもいいんじゃない?」


 春奈も同様に折を見て優愛を説得しようとしていた。


 ただ、二人は妙なところで頑固なのも昔からだった。

 

「お前たちの気持ちは嬉しいけどさ。どう話せばいいのかわからねえよ」


 雅樹はそんなことを言った。


「春奈ちゃんはそういうけど。どう話したらいいのかわからないよ」


 かえってくるのは悲しみと拒絶の言葉ばかりだった。

 しかも、そんな説得を続けてかれこれ数年になる。

 だからきっとあの二人が再び友達になることもないんだろう。

 だから、俺は怖い。もし春奈と恋人になれたとして。

 あの二人みたいに二度と友達にすら戻れなくなったら。

 それくらいなら、春奈とは仲の良い友達でいようと。


「陽介が何を怖がってるのかはわかるつもり。でも……」


 なら、気持ちを汲んで欲しい。


「今のままで駄目なのか?」


 我儘なのはわかってるけどそれでも言ってしまう。

 あの二人の顛末を知ってしまったからには積極的になれない。


「でもね。私はやっぱり納得できないわよ」


 気が付いたら立ち上がって春奈が俺を見下ろしていた。


「は、はるな!?」


 その表情は鬼気迫るもので初めて見る表情だった。

 本能的にやばいと感じて俺もつられて立ち上がっていた。


「おい。どうしたんだよ春奈。そんな感情的になってらしくもない」


 気が付いたら春奈の目から涙がぽろぽろこぼれている。

 中学になってから一度としてこんな表情は見たことがない。

 悲しみと怒りとやりきれなさがまじりあったような、そんな表情。

 

「どうしたもこうしたもないわよ!そりゃ、陽介があの子たちみたいになるのを恐れてるのはわかるわよ!でも、あの子たちの関係と私たちの関係は別でしょ!始める前から拒絶されるのは辛いわよ!」


 春奈に泣きながら抱きつかれていた。

 こんな俺を好きでいてくれてありがたく思う気持ち。

 でも、それでも前に進むことがなかなか出来ない臆病な俺への嫌悪。

 そんな気持ちが湧き出てきて、心が苦しい。


 わかっているんだ。

 あの二人と俺たちは別の人間だ。関係性だって違う。

 俺が怖気づいているのは全く理が通らないことだって。

 それでも。


「なあ。どうしても今のままじゃ駄目なのか?」


 それこそ、フィクションに出て来る幼馴染同士のように。

 結ばれずともお互い想いあって生きて行く。

 そんな関係だってあっていいんじゃないか?


 ただ、そんな願望をぶった切るように春奈は言う。


「駄目。もしそうなら、私は今日限りで・・・・・あなたと縁を切るわ」


 おいおい。勘弁して欲しい。そういう脅しに出て来るとは。

 つまり、こう言っているのだ。お前が選択できるのは

 恋人になるか縁を切るかの二択だと。間はないのだと。

 友達のままで居ようとするなんて許さないと。


 でも、ここまでされたらいくら臆病な俺でも諦めるしかない。

 だって、恋人になってその先が続く可能性はあっても。

 縁を切られたら本当にそれまで。友達ですら居られなくなる。

 ずるい駆け引きもあったもんだ。


「春奈。俺が断れないのわかってて言ってるだろ」


 春奈はきっとわかっている。俺がもう片方の選択肢を選べないことを。

 本当に昔から妙に計算高くてそれでいて強い奴だ。


「もちろん。私は分の悪い賭けはしない主義なのよ」


 誇らしげな顔は本当に憎らしくて現実主義者の彼女らしい。


「負けだ負け。やっぱり俺は幼馴染の女の子が欲しいよ」


 こんな風に計算高い厄介な女友達じゃなくて。

 健気に一途に思ってくれる幼馴染の女の子フィクションが欲しかった。


「だから幼馴染の女の子なんて幻想なのよ」

「実物を目にして嫌という程実感してるよ」


 結局のところ昔からの友達と言えども一人の人間。

 どちらかが関係の変化を望めば変わらざるを得ない。

 ただそれだけのこと。


 ふと腕の中の彼女がほうっと息を吐いた。


「のらりくらりと躱すものだから本当大変だったわよ」

「悪かったって。いずれなんとかしなきゃと思ってたんだけど」


 春奈の好意に気づいていなかったわけじゃない。

 帰ろうとしたのを不自然な理由で引き留められたり。

 手作り弁当を作ってきて❤マークつきとか露骨なアピールすらあった。

 意図を理解しつつ躱していたのは今更ながら申し訳なく思う。


「もういいわよ。でも一つ約束をしてもらうからね」


 いつか見たような不敵な笑み。

 小学校の頃に対戦ゲームをしたときだったか。

 

「一体何を要求されるんだよ」


 変に計算高いところのあるこいつだ。

 ロクなことを言ってこないに違いない。


「陽介はあの子たちのように関係が壊れるのが怖いんでしょ?」

「そりゃまあ」


 春奈が脅してくるから選ばざるを得なかったけど。

 不安が消えたと言ったら嘘になる。

 

「それなら約束しましょ。何があってもずっと一緒にいるって」


 真っすぐに俺を見つめて来る春奈の顔に俺は心当たりがあった。

 確かあいつらが別れてからしばらくのこと。


◆◆◆◆数年前◆◆◆◆


「ずっと続く愛情なんてものはないんだな……」


 俺と春奈の二人で下校していたときだったか。

 関係を応援していた二人の破局が悲しくてそうぼやいた時。

 夕日の中で隣にセーラー服を着た春奈が居たっけ。


「私もわからないわ。でも……」

「でも?」

「約束をしない?私たちだけは何があっても友達でいようって」


 あの時は春奈も同じように落ち込んでいたっけ。

 だからそんな約束を持ちかけたんだろう。

 春奈の言葉が嬉しくて、俺は返したんだった。


「そうだな。俺たちだけはずっと友達でいようか」


◇◇◇◇現在◇◇◇◇


 だからこそ、それからの俺たちはきっと約束を意識し続けてきた。

 まさか春奈からこんな形で約束破りをされるとは思ってなかったけど。


「ずっと一緒にいるっていうの。前みたいに友達として、じゃないよな?」

「当然よ。男として女として。いずれは夫婦でもいいけど?」

「この歳で人生の墓場行き決定かよ」

「お互いに人生の墓場に行くのなら怖がらなくて済むでしょ?」


 その言葉に思わず笑ってしまった。

 確かにお互いに約束を守れるならきっと怖がらなくていい。


「わかった。約束しようぜ。二人で一緒の墓に入ろう」


 ちょっと格好をつけて言ってみた。

 墓場つながりでうまい切り替えしだと思ったのだ。

 しかし春奈は無言。

 あれ?滑った?

 内心焦っていると、


「……っ。そういうの今言うの反則よ……」


 今までこらえていたものが決壊したように春奈は大泣き。

 落ち着くまで春奈の髪を撫でていたのだった。


「あのね。一緒の墓に入ろうってプロポーズの台詞よ?」


 腕の中の春奈が恨みがましく文句を言ってくる。


「いやまあ。ちょっとうまいことを言おうとしたんだけど」

「じゃあ、あれは本気じゃなかったの?」

「いや。もちろん本気だけど」

「なら、変に蒸し返さないで」

「了解」


 今日はこいつに押されっぱなしだ。


「でも今まで悩んでたのが馬鹿らしくなってきたな」

「本当にそうよ。私たちは私たちなのに」


 ふくれっ面で抗議をする様子もとても可愛らしい。

 こんな拗ねた表情を見るのも何年ぶりだろうか。


「よし。今度ペアリング買いに行こうぜ」

「ペアリング?」

「結婚はまだだけどその代わりっていうか」

「妙なところでカッコつけるんだから」

「駄目か?」

「駄目じゃない」


 そんな会話を交わしてお互い笑いあった。


「あの子たちの関係もきっといつか変わるかしら」


 どこか遠くを見ながらつぶやく春奈。


「嫌いあってるわけじゃないし。いつかなんとかなるんじゃないか?」


 柄にもなく気分が上向いていた。

 考えてみればそもそも二人ともお互いを嫌いあったわけじゃないのだ。

 ただ、顔を合わせても何を言っていいかわからないだけ。

 理由だって簡単な話だ。

 お互いに相手の事をおろそかにしたことにして申し訳ないのだと。

 今更どういう風に接していいのかわからないと言っていた。


 なら、俺たちが何かしてやれる余地もあるかもしれない。


「今度、強引に引っ張り出して色々セッティングしない?」


 昔から春奈はこうして何かをたくらむ……企画するのが好きだった。

 確か、あの二人が付き合う直接のきっかけも春奈発案の何かだった。


「おいおい。過激だな。そこまでしなくてもいいんじゃないか?」


 そして、俺は春奈の暴走を諫める側だった。

 そんな構図が戻って来た気がする。


「脅されて覚悟をようやく決めた誰かさんに言う資格はないと思うけど」


 今は機嫌良さそうに、皮肉を言ってくる春奈はやっぱりこいつだなあ。


「それを言われると弱いんだけどな」


 春奈が踏み込んでこなかったら俺も動けなかった。

 ぐうの音も出ない程の正論だ。


 でもまあ。結局、始まってすらいないことを恐れても仕方ないのかもしれない。

 あの二人だって顔を合わせればヨリを戻したくなるかもしれないのだ。

 何だってやってみなければわからない。


 妙に計算高くて執念深くて、友達想いな恋人で親友な彼女を眺めながら、


「やっぱり幼馴染なんて幻想フィクションだな」


 ぽつりとつぶやいていたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

友人たちに自分たちの未来を重ねてしまって踏み出せなかった二人のお話でした。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

それでは、また別の作品でお会いしましょう。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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