年明けこそ鬼笑う

卯月

変身、フェアリーフォーム!

「ケケケケケッ」

「カレン、そっち行った!」

「あー、逃げられた!」

 十二月二十八日、昼。

『何か小さな生き物に、髪の毛を引っ張られた』

 と、女子の間で噂になっている商店街にカレンと二人で行った途端に、プチッと髪を抜かれる感触がした。

「ケケケケケッ」

 見ると、身長十センチくらいの鬼みたいな生き物が、あたしの髪を手で抱えて、路地に駆け込んでいく。追いかけたけれど、すぐに見失ってしまった。

「間違いないわ、〈髪織り〉ね」

 カレンがため息をつく。「私たちの世界から落ちてきた、最後の一匹。人の髪を集めて編んだり織ったり、自分たちの衣類に使うの」

「あたしの髪ぃ……」

 想像すると、ものすごく嫌。

 しばらく路地を探し回ったけれど、見つからず、諦めて商店街に戻る。

「そういえば、」

 カレンに訊いてみた。

「最後の一匹なんだよね? 全部捕まえたら、どうするの」

「自分の世界に帰るわ。最初から、捕まえる間だけ、という予定だもの」

「だよねー」

 商店街の、もういくつ寝ると、というメロディを聞きながら、二人で歩く。

「ここ何年か、世界と世界の間が薄くなっているらしいの。今回はこの世界に生き物が落ちてしまったけれど、本来は、穴が開く前に見つけて塞いでしまうのが仕事。何人いても足りないのよ」

「そっかぁ」

 あの小鬼を捕まえたら最後、か。

 我が家は明日から、父方のおじいちゃん家に行くことになっているので、今日は解散して、また来年、ということになった。


 そして、年末年始も〈髪織り〉は、いろんな人から髪を抜きまくったようだ。

「もう、イライラするわ!」

 一月四日、夜。

 商店街の建物の屋上で、久しぶりに会ったカレンが愚痴った。もう、コンパクトで変身した姿だ。あたしがいない間も、一人で〈髪織り〉を捕まえようと頑張ったらしい。

「一昨日も昨日も〈髪織り〉を見かけて追いかけたんだけれど、あいつ、身体が小さいから、私が通れないような穴に入り込んで逃げるのよ。入る前に、毎回『ケケケケケッ』て笑うの。腹立つ!」

「……それで、あたしはこの格好なのね」

 今日のあたしは全身グリーン系で、ティンカーベルのスカートがもう少し長くなったみたいな、薄い花びらを何枚か重ねた感じのワンピース。ボレロの背中には羽。

 ただし、身長二十センチ弱。

笑香えみかの指輪って、いろいろできて凄いわよね」

「あたしも、身体のサイズまで変わるとは思わなかった……」

 夜だけど真夜中ではないので、門松や注連縄しめなわが飾られた商店街にはまだ、大人が歩いている。その一人が突然、びっくりしたように周囲をキョロキョロ見回した。

「あの人! 今、抜かれた!」

 カレンが路地裏に飛び降りると、

「ケケケケケッ」

 〈髪織り〉が笑いながら、塀と塀の隙間に潜り込んだ。

「逃がすかぁ!」

 カレンの肩から飛び立ったあたしが、グリーンに発光しながら追いかけてくるのを見て、「ケッ!?」と驚いた小鬼が、慌てて走り出す。

「ケケケッ、ケケケケケケッ」

 小鬼の動きは素早いけれど、飛べるわけではないようで、ほぼ同じサイズのあたしは問題なく後を追える。

「ケケーッ!」

 そして、とある家の庭から道路に飛び出した〈髪織り〉の真正面には、先回りをして待ち構えていたカレン。開いたコンパクトの真ん中の赤い宝石がピカッと光り、〈髪織り〉が縮んで吸い込まれた。

「やったぁ!」

 あたしがカレンに飛びついたところで、フェアリーフォームから基本フォーム(ピンク)の人間サイズに変わり、そのまま二人で抱き合って喜ぶ。

「全部捕まえたね、カレン」

「ええ」

「……帰っちゃうんだよね」

「……今日や明日、帰るわけではないわよ」

「じゃ、帰る前にいっぱい遊ぼう」

「そうね」


 そのとき。

 あたしたちの頭の上の夜空が、突然ものすごく明るくなった。

 音はしなかったけれど、まるで大きな打ち上げ花火でも花開いたみたいに、夜空のいろんな方向にカラフルな光の尾を引きながら落ちていく。

「わーっ、そこの二人、よけて!!」

 花火の真ん中から、白いセーラー服を着た女の子が落ちてきた。頭にはセーラー帽、手には金色の星のついたステッキ。

 慌ててよけた、あたしとカレンの真ん中に着地したその女の子は、あたしたちの姿を見て尋ねてくる。

「うちはミオや。あんたら、ひょっとして、この世界の魔法使いか?」

「え、えーと、あたしは多分そう」

「私は〈コンパクト世界〉から来てるけど」

「ちょうどええわ! 手伝って!」

「え?」

「うちの世界と、この世界の間に穴が開いたんや! 〈星蛍ほしほたる〉が百匹くらい逃げてしもうた!」

「〈星蛍〉って、さっきの花火?」

「……もしかして、夜空に流れてた光、全部?」

 あたしとカレンは、顔を見合わせる。

「……大変だ!!」


 それから、あたしとカレンとミオは手分けして〈星蛍〉を捕まえて回ったけれど、とても一晩では終わりそうにない。

 カレンもミオも当分、自分たちの世界には帰れそうにないし、あたしたちの賑やかな日々は、もうしばらく続きそうだ。



〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年明けこそ鬼笑う 卯月 @auduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ