謝罪
「えっ?」
今日未明に考えて決めた謝罪の言葉を今日朝一で伝えたら、予想外の言葉が返ってきて、狼狽えた私は席に座っている空太を何度も瞬きしながら見下ろす。
「……
「許さない」
嘘でしょ。てっきりもう気にしてねぇからいいって許してくれると予想してたのに。でも、あんなに優しい空太が許してくれないわけがない。どうしても信じられなくて、また信じたくなくて、私は聞き返した。
「き、聞こえなかったからもう一度言って!」
「だから許さないって言ってんだろ。次聞き返したら怒るぞ」
「もう怒ってんじゃん……。ねぇどうして許してくれないの?」
「……傷ついたから」
やっぱり傷ついたんだ──。こうして本人の口から直接聞くと胸が張り裂けそうになる。
「あのさ、どうすれば償える?」
質問した途端、空太が今さっきの私と同じようにぱちぱちと瞬きをした。
「つ、償うとか大袈裟すぎるだろ」
「大袈裟じゃないよ。私は空太の心に傷をつけたんだから償うのは当たり前なの」
「償う……っつーか、お前が、お兄さんより空太の方が優しいよって毎日俺の耳元で囁いてくれたら許してやらなくもないぜ」
空太はそう呟くと腕を組んだまま窓の外に顔を向けた。
「無視すんな……」
私が黙り込んでいたら空太が顔を上げて睨んできた。……空太が許してくれるなら、空太と仲直りできるなら、
「無視してないよ。分かった、毎日必ず言う。……じゃあ今日の分」
私が傷つける前の関係に戻ることができるなら、迷う必要なんてない。私は空太の右耳に唇を近づけて、お兄さんより空太の方が優しいよ、と囁いた。すると、空太が目を剥いて目にもとまらぬ速さで耳を塞いだ。
「やっ、やめろ!!」
「えっ……。空太に言われた通りにしたのに」
「なんか想像してたのと全然違ぇ!!」
「じゃあやり直す?」
「……やり直す必要はねぇしもう言わなくていい。それよか、もう『償う』って言葉を口にするな」
どうしてそんな頼み事をするのか分からないけど断ることはできずに、「分かった」と頷く。
「──女心が分かってないから振られたって? お前にだけは言われたくない台詞No. 一だわ!!」
恐らく、大声かつ不満そうなこの声の主は、女の子にモテモテで、空太やクラスメイト曰くすぐナンパするらしいバスケ部の
と、突然誰かが背中にぶつかってきて、そのまま左足も踏まれて、「痛っ!」と悲鳴を上げた。
私が顔をしかめながら振り返ると、後ろ向きだった絢都くんがちょうど振り返ったところだった。ぎょっとした顔は見る見るうちに曇っていき、申し訳なさそうな顔で見下ろされる。
「ぶつかったうえにスリッパで足を踏んでしまってマジで……、」
「マジで、何だ?」
絢都くんの言葉を途中で遮ったのは空太で、激怒した虎を思わせる表情で机をバンッと叩いて立ち上がった。
「マジでごめんってそんな軽い謝罪一つで済ませる気か? 光琴が許しても俺は一生許さないからな」
空太は低く冷たい声音で言いつつ絢都くんに詰め寄る。
「ちょ、ちょっとやめなよ……。落ち着いて」
こんなに怒ってる空太を見るのはこれが初めてで戸惑いを隠せない。
「絢都!」
「落ち着けよ……」
「落ち着いてる!」
けど、空太は噛みつくように言う。だから全然落ち着いてないってば。このままだと殴り合いの喧嘩が始まってしまうという恐怖に襲われた私は、空太の利き手の右腕を掴んだ。
「やめて。落ち着いて」
「……落ち着いてる。離せよ」
「怖い顔で嘘吐かないで、全然落ち着いてないじゃん」
身長一六九㎝の空太が私に掴まれていない方の左手を思い切り伸ばして、空太曰く身長一七七㎝の絢都くんの胸倉を掴んだ。ふと足元を見ると、教室の床から踵を離してつま先立ちをしている。
「暴力を振るったら許さない」
私は空太の右拳を包み込むように握りしめる。
「……俺は暴力は振るわねぇ」
「胸倉を掴むのも暴力だよ。今すぐ離さないと一生許さないから」「……分かった。そんなに強くは掴んでないけど光琴に許してもらえないのは困るから」
空太は沈んだ声で呟いてシャツから手を離した。
「マジでごめんって謝ろうとしたことも含めて、ごめんなさい……」
絢都くんはシャツの襟を整えずに私に深く頭を下げた。綺麗すぎる最敬礼に内心感動しつつ首を横に振る。
「ううん大丈夫だよ。全然痛くないし」
本当は踵の端っこがジンジン痛むけれど、何とかこの場を穏便に収めるために嘘を吐いて、口角を上げて笑う。
「相変わらず作り笑いが下手くそだな。本当はまだ痛むんだろ?」
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