お兄さんの方が優しかった
虎島沙風(とらじまさふう)
後悔
もう二時十七分か。目覚まし時計を確認してから再びベッドに横になった時に、口をついて出たあの言葉を思い出して思わずため息を吐いた。
『お兄さんの方が優しかった!』
言った相手は、小三の頃に友達になり、小四の頃からずっと片想いしている
空太のお兄さんに初めて会ったのは一昨日だ。空太の家の一室から聞こえてきた音楽が心地よくて聴き入っていると、
『この曲知ってるの?』
お兄さんの方から話しかけてきてくれた。曲は知らないが上手だと伝えるとお兄さんは照れくさそうに笑った。その笑顔に思わずキュンとした。
『弾いてみる?』
尋ねられて弾き方が分からないからいいと断ったけど、お兄さんは丁寧に優しく教えてくれた。ギターのどこが面白いんだよ。私とお兄さんの様子をチラチラと見ていた空太は漆喰の壁を睨みつけながらそう呟いた。
空太に誤解して欲しくないことがある。それはお兄さんの笑顔を見て胸が小さく高鳴ったということ。大きく高鳴るのは、空太が私に何かをしてくれた時だけなんだ。
最も大きく高鳴ったのは私が階段で足を踏み外したあの日。怪我してもおかしくないような高さから奇跡的に無傷で着地した。運動音痴な私が高速で駆け下りたのが面白かったのか、一緒にいた友達が爆笑し始める。そんな中、バタバタと勢いよく駆け下りてきた空太が発した第一声は──『大丈夫か!?』だ。
『ちょっとでも痛かったら今すぐ保健室に行け。歩けそうにないなら俺が背負って連れてく』
そう言った時の空太は頼もしかったけど、そっちが怪我してるんじゃないの、と心配になるぐらい悲しい顔をしていた。無傷であることを伝えると、『よかった……』と呟いてふにゃりと笑った。今度からは充分気をつけて下りろよ。去り際の声はとても温かくて胸が大きく高鳴った。
お兄さんは優しかった。でも、空太が優しいってこと、ちゃんと分かってるから。明日──じゃなくて今日朝一で謝ろう。ああそうだ。念のため言うことをメモしておこう。メモする内容は……、
昨日はお兄さんと比べてしまって本当にごめんね。空太は凄く優しいよ。いつも困ってる時に助けてくれてありがとう。これからも仲良くしてくれると嬉しいです。
空太はもう寝たのだろうか。もし寝てたらどうか悪夢にうなされていませんように、と心の底から祈りながら目を閉じた。
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