さいごにあいたいひと

作楽シン

さいごにあいたいひと


 砕け散った星のかけらがたくさん夕闇を横切っていく。最初はちいさなものが多かったけど、どんどん大きくなっていく。

 地球を壊す彗星がせまっている。



 このニュースがはじめに報道されたのは、一年くらい前。大きな彗星が地球に向かっているとかで、防衛できるとアメリカが発表した。世界の技術者が協力していろいろ策を練ったらしい。ロシアが、中国が、とたくさんニュースで見た。はじめの頃は、混乱と一緒に変な熱狂みたいなのがあった。

 この策が、あの策が、と話題になっては消えていった。だんだん、よくない空気が世間をただよっていった。

 最終的に、打ち落とそうとして失敗したらしい。大きかった星はいくらか砕けたけど、結局地球から逸れなかったし、地球にぶつかったら壊す可能性が大きいそうだ。


「映画なら成功するのにね」

 あたしは幼なじみに愚痴った。

「ま、現実こんなもんかな」

 彼はあっけらかんと空を見て言う。

 あたしは、彼のそういうところが気に入っていた。あたしがちょこちょことせわしなく動き回る横で、いつも彼は座ってあせらず見てる。そして最終的には転んだり泣いたりしてるあたしの手を引っ張ってくれる。

「大人になったらどうなってたかなー」

 あせっても、もうどうしようもない。

 あたしたちに未来はこない。 


 地下シェルターを各国で作ったり、抽選という名の選別があって、あたしは選ばれなかった。健康で若いのにダメなんだって。

 なんだか知らないけど、遺伝的に子供が難病を発病する可能性があるから、らしい。しょうもない。親はすごく謝ってたけど、選ばれない人の方が多いんだし、虫歯ひとつ許してもらえそうにない感じだし、しかたない。

 だいたい親も選ばれないんだから、あたしひとりで選ばれたってどうしたらいいかわからない。選ばれたかったかもよくわからない。


 選ばれた人は戒厳令で誰かわからなかったけど、突然姿を消していった。神隠しだ、とみんな冗談で言っていた。神様に隠されて、災難から逃げられるかもしれない、ラッキーな人だ。

 もし本当は犯罪に巻き込まれててもわかりっこない。

 だけど、地下シェルターだって、どれだけ安心なのかわからなかった。防衛できるっていって失敗したんだから、地下に逃げれば大丈夫なんてのもどこまで本当なんだろう。

 幼なじみも、神隠しにはあわなかった。


 有名な人が死んだりして最初は騒ぎになったけど、同じような人が増えてあんまり大げさに言わなくなった。テレビCMとかには、人権運動みたいなのが増えた。

 どうせみんな死ぬならってどんどん治安が悪くなって、学校の帰りに友達と遊ぶのもあぶないからって、まっすぐ帰るようにいわれて。

 働く意義とはみたいなことが取り沙汰されて、だんだんバスや電車の本数も減っていった。

 学校いつまでやるのかっていうのも問題になったけど、滅亡予定の1週間前までは授業してた。あぶなくてあんまり通えなかったけど。


 予定の時間まで、あと少し。


 その時は家族で一緒にいようね、とお母さんが言ってた。

 その時は、家で静かに迎えようか、とお父さんも言ってた。

 ふたりとも1週間前に仕事をやめて、みんなでゆっくり過ごした。

 こんなに親と一緒にいるのなんだかこそばゆくて恥ずかしかったし、話すことなんて特になかったけど、昔見た映画の配信とか、再放送とニュースばっかりのテレビをみんなで見たりした。


 地球が消えるまであと少し。

 あたしはベランダに立って、空を見た。お母さんが、窓閉めてこっちにおいで、と言っている。

 夕焼け空を、砕けた星の残骸がたくさん横切っていく。あんな大きくてゆっくり落ちていく流れ星見たことがない。燃え尽きるもの、燃え尽きないものもある。かけらがどんどん増えてきて、燃え尽きないものが増えてきたみたいだった。


 学校も1週間前で終わったし、友達とは全然会えてない。スマホも回線が途切れがちで、画面越しにもあんまり話せてない。

 それに、あいつとも。最後に会ったの、いつだっけ。

 思ったら、もう止まらなくなった。星がどんどん降ってきて、外から誰かが騒ぐ声が聞こえる。悲鳴みたいな感性みたいな声。


 あたしは、ごめん、と叫んで、家を飛び出した。お母さんとお父さんがあたしを呼ぶ声がする。

 でも、ごめん、お母さん、お父さん。

 あたしはマンションの階段を駆け下りて、自転車に飛び乗った。

 消滅のとき、お父さんお母さんと一緒にいてあげた方がいいのかもしれないけど。1週間も一緒にいたから、いいよね。一人ぼっちにするんじゃないし。


 暗くなっていく空を次から次に星が流れてくる。どこかで大きな音がした。燃え尽きなかったかけらが地面にぶつかったのかも。

 そして大きな光が、夜空を飲み込んだ。大きな塊が迫ってくる。なんだかすごくゆっくりに見える。でも確実にせまっていた。

 地球がもうすぐ消える。


 あたしはペダルを漕ぐ足に力をこめた。

 そこを曲がってすぐ。彼の家。小さい頃からずっと好きだった幼なじみの彼の。


 ただ会いたい。

 家の前に、人の姿が見える。すらりと背の高い、彼の姿だ。

 運命だと思った。

 夕闇の中、空から降ってくる星の光に照らされて立っている。こんな光景、一生忘れない。もう、終わってしまうけど。

 驚いた顔で彼は私を見ている。それから、困ったように笑った。

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