エピローグ
第91話 もうひとつのパイオツハザード
浜風が吹き上げる小高い丘に俺たちの学園はあった。
潮の香りに混じって時々訪れるオリーブの香りは、この島の名物だ。
温かいコーヒーの香りとこんがり焼いたトーストの香りがこれに乗っかればもう何も言うことは無い。悪夢のような一日を過ごした俺にとってはこの何気ない生活の一ページが、何よりの幸せなのだ。
ふと気が付くと、俺はごわご儂た白いシーツのベッドに寝かされていた。
どうやら夢を見ていたらしい。ごく普通のことが幸せに感じるという何とも儚い夢だ。
天井の高さと染みの多さに驚くと同時に、窓の外から見える景色に感動した。ここは俺の通う学園であり、生まれた島であるのだ。
保健室を抜けると、ここが旧校舎であることは理解できた。そのまま三階に上がれば部室がある。その中にアイツがいた。
「あ、てめえ!」
そこには白衣姿の片岡がいつも見慣れた姿で研究をしていた。
「おや、アナタですか。随分と遅かったですね」
といつもの
「何が、アナタですか、だ!」
俺は片岡に近づくとぶん殴ってやろうかと思っていた。しかしそれを実行する前に片岡がその場で土下座した。
「
殊勝にも謝ってきたからには、俺もこれ以上何も言えない。
俺は跪くと、片岡とふたりで抱き合い元の姿に戻れたことを喜んだ。そしておもいっきり頬を平手打ちしてやった。
「なあ片岡、俺は一体何日間、眠っていたんだ?」
「ここにやってきた日を入れれば丸三日間です」
「そうか」
俺たちは立ち上がり椅子に座った。
部室の窓には洗濯物が干してあった。主に衣服だが、女性物の肌着は見当たらなかった。
「で、世の中はどうなってんだ?」
「どうぞご自身でご確認を」
俺はスマートフォンを片岡から手渡された。
机の上には片岡の実験途中と見られるフラスコや試験管などが置かれていた。おそらく治療薬を急ピッチで製剤しているのだろう。
実験の邪魔にならない場所まで歩き、借りたスマートフォンの電源を入れた。
ニュース関係は所々更新されているものの、ほぼ三日前で止まっていた。
「政府、警察が全く機能していないわけではありません。ただ、変異した者は暴徒と呼ぶにはあまりにも無垢な存在だけに、かえって苦慮しているようです。むしろ凶器を手にしながら暴れてくれた方が良かった、などの意見も散見されます」
「キスを無理やり迫る行為は強制わいせつ罪ってところか」
「ですね」
片岡は眼鏡を外すとハンカチでレンズの汚れを拭き取った。
「それはそうとお前どうやってここまでたどり着いたんだ? 俺たちが乗ってきたバスも襲撃したよな? どうやったんだ?」
「ええ、記憶があまり定かでは無いのですが、アナタを襲おうというよりかは、無意識に治療薬を作ろうとしていたみたいです。アナタたちを追いかけていたのは島へ連れていってもらおうという願望が心の奥底にあったのです。それに会長の貧乳細胞を手に入れようとしていたみたいですね私」
循環バスの中で両手を貝のように開いた片岡のジェスチャーは、どうやら女性ホルモンを得るためのヒントを与えたかったようだ。いやらしい。
「じゃあむねりん……いや、病院に逃げ込んだこともか?」
「はい、貧乳の女性を利用して薬を作ろうとしていたのだと思います。もっともアナタに邪魔をされましたが。その後、かろうじて動いているフェリーに乗り、こちらに着いた次第です」
「島へのフェリー航路はいくつかあるからな」
「そうですね」
それでいくつか合点がいった。ここにやってきた夜の日も、片岡は俺を襲うつもりは無く、俺の身体を使ってバババストと逆の変異体を作ろうとしていたらしい。もっともあんな姿で襲われたら、誰でも抵抗するだろうが。
「それにしてもよく自我が保てたな」
「はい。バババストの薬効を自分でも治験しておりましたから、抗体ができていたのかもしれません。ちなみにオリーブオイルには抗炎症作用も含まれております。風邪薬の一種ですね。製剤途中の薬品を取り込んだアナタの体は、体内ウイルスと合併。そして口に含んだオリーブオイルの効果も合わさって、私のウイルスが弱体化されたのです。これは大発見です」
「何が大発見だよ。咄嗟の判断で偶然の産物だ」
「その化学式を用いて治療薬を作っております。これで世界は救えます。貧乳女子はもう必要ありません。ていうかいなくなったので」
フラスコがアルコールランプの熱でコポコポ音を立てている。
「ん? 貧乳女子がいなくなった? どういうことだ?」
「まあ隣の部屋に行ってごらんなさい」
俺は片岡の言う通り、隣の教室に足を運んだ。調理実習室だ。
そこには学校の設備を使って
「あ、ユージン!」
トンコはガスを止めるとフライパンを置いて俺の方に向ってきた。そして俺に抱きつき、胸の膨らみを押し付けてきた。
「良かったあ~。もう体は良くなったの?」
「ん、まあな」
体の節々はまだ痛かった。片岡に吹き飛ばれてところどころ傷ができている。頭も包帯が巻かれていた。
「今ね、朝食を作ってるんだ。お腹空いたでしょ。ちょっと待ってて」
そう言うとトンコは再びガスコンロに火をつけた。材料はどれも豪華とは言えず、学園の鶏舎から持ってきた卵と菜園場の野菜だけだろう。でも仕方が無い。世の中が元の世界に戻らなくては、手に入れられるものにも限りがある。
「なあ、トンコ、会長はどこなんだ?」
ここで会長の名前を出すとまたトンコがむくれそうで怖かった。とは言え俺たちの大事な仲間だ。安否を知りたかった。
「
窓の外を見ると、会長が女性物の下着を干しているところだった。
「会長」
俺は背後から声を掛けた。会長が振り返った瞬間、俺は驚いた。
「山科か。身体の方はどうだ?」
表情がいつもより明るくなった会長がそこにはいた。そして彼女の胸の異変に俺は気が付いた。
「ああッ! 会長、まさか……その胸!」
俺は会長の胸を指さした。AAカップと聞いていたバストは、この三日間見ないうちに肥大しており、それはトンコと変わらぬほどの胸囲を誇示していた。
「片岡が迷惑を掛けたお詫びにとバババストを作ってくれてな。本来は副作用として惚れ薬の効果があるらしいが、これにオリーブオイルを注入すればその効果が薄れることが分かったのだ」
「じゃあ、これは……」
「本物だ」会長は自分で胸をつつくと、それは「たゆん」と揺れた。
会長の普段見なれない笑顔を見て俺は何だか急に嬉しくなった。それだけ彼女はずっとコンプレックスを抱いていたんだろう。
「ねえ、ちょっと、ふたりで何をコソコソ話してんのよ」
俺たちの間にトンコが割って入ってきた。
「須藤、朝食が焦げる。早く戻るのだ」
「いいえ、そういう
「相変わらず貴公はトゲのある言い方だな。御陵家に婿養子になれば、毎日一流の専属シェフが作った料理を食すことが出来る。一般家庭の料理など目では無い」
「なんですって!」
トンコと会長が顔を付きだして睨み合う。
「おいおい、ちょっと待て。何で朝っぱらからお前らがいがみ合うんだよ!」
ふたりは奪い合うようにして俺の両方の腕にしがみついてきた。そして「フン」と互いに顔を明後日の方向に背ける。
俺の腕がトンコと会長の豊かなバストに挟まれる。これはこれで悪くない。俺の鼻の下が随分と伸び切ってしまったようだ。
「しかし困ったな。まだ世界を救うという使命があるのに、ここでも争われてもなあ」
ふたりの大きなおっぱいの間で起こる女の戦いに、俺は巻き込まれること必至だ。
今ここに、新たなパイオツハザードが発生した。
〈了〉
生徒会長を巨乳にしようとしたら、パイオツハザードが発生 川上イズミ @izumi-123
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