嵐の夜って必ず事件が起きますよね。お約束ですよね。

 結局今日も僕の書いた小説ラブレターは今日も先輩に伝わることは無かった。

 うーん。僕の表現力が足りないんだろうか。

 それとも先輩の鈍感さが国宝レベルなんだろうか。

 どうにも難しい話だ。


「ではまたな。明日も同じ時間に来るとしよう」

「はい。お気を付けて」


 いつものようにドアの前まで見送り、ふぅとため息をついてリビングに戻った。

 少しだけぼんやりした後、徐々に激しさを増す雨音を聞きながら立ち上がる。

 よし。次の題材を考えながらコーヒーでもいれるとしますか。

 今回は気分的に「モカ」というコーヒー豆を選び、じっくりとローストしていく。

 チョコレートのような香りが特徴な豆で、苦みよりも酸味が強い豆だ。

 香りだけでも少し元気になってくるような気がする。

 よし。ローストが終わったら豆をこうかな。

 とか、思ってたんだけど。


 コンコンコン。


 いきなりドアがノックされた。

 ……ノック?

 先輩が忘れ物を取りに来たなら問答無用でドアを開けるはずだし、かと言って他にお客さんが来る予定も無い。

 なんだろう、と思いながらドアを開けると。


「後輩。風呂を貸せ」


 びしょ濡れになった先輩が鋭い目付きで僕をにらみつけていた。


 ※


 いま。薄い壁越しに先輩が風呂場に居る。

 軽い衣れの音の後、ガラリと浴場のドアが開いた。

 居ろと言われたからここに居るんだけど、何だか悪い事をしているような気分になってくる。


「嵐が来ていたのは知っていたが、どうやら足が速まったようでな。送迎の船がこの島に辿り着けないんだそうだ」

「あ、そういえばニュースで言ってた気がしますね」

「二時間もすれば通り過ぎるだろうから、しばらく家を貸せ」

「それは良いんですけど、何でびしょ濡れなんですか?」


 さっき別れた時は傘を持っていた気がするんだけど。


「……転んだ」

「は?」

「転んだのだ。足を滑らせてな」

「え、先輩がですか?」

「そうだ。考え事をしていた」


 考え事? しっかりしてる先輩にしては珍しいな。


「それより貴様の服を貸せ。着替えが無い」

「それは良いですけど……サイズが合いますかね?」

「何だ、身長は大して変わらんだろう?」


 いやあの。身長じゃなくて胸囲がですね。

 こんなこと本人には言えないけど。

 ……まぁ、大きめのシャツ出しておくか。


「そうだ、後輩よ」

「なんですか? て言うか体が冷える前に早くお湯を――」

「一緒に入るか?」

「はぁっ!?」


 いきなり何言い出すんだこの人!?

 一緒にお風呂とか……え、ほんとに良いの? マジで?


「冗談だ。服の匂いをぐまでなら許可するが」

「……しませんからね!?」

「間があったな、青少年?」


 からかい混じりの笑い声に、何となく負けた気がした。

 確かに一瞬考えたけど!

 仕方ないじゃん! 僕だって健全な男子なんだから!


「ふふ。貴様、風呂に乱入するのであれば覚悟を決めて来いよ?」

「しませんから……」


 何を言っても喜ばせるだけだし、無駄な事してないで着替えの準備でもしてこよう。

 ついでにコーヒーをいれなおしておくかな。


 ※


 着替えを用意した後、やる事もないからコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。

 先輩の言っていたとおり、どうやら嵐は二時間くらいで通り過ぎるようだ。

 しかし、どうにも引っかかる物がある。

 嵐は急に発生した訳じゃない。

 進路も予想出来たはずなのに、なんで先輩は対策してなかったんだろうか。

 あの先輩がこの程度の事態を予測できないなんてことが……いや、あるかもなぁ。

 基本的に無敵なのに、どこか抜けてるところがあるもんな、あの人。

 あまり深く考えても意味が無いのかもしれない。


 何となくほおをかいていると、後ろからドアの開く音が聞こえた。


「後輩。コーヒーを飲ませろ」

「あ、はい。準備してます……よ?」


 カップを持って振り返り、そのまま落としそうになってしまった。


「なんだ、どうした?」

「いや、その……」


 思っていたより破壊力がですね。

 ブカブカのシャツからのぞく首筋は白いし、両腕もほっそりしてるし、すそから見える足はすらっとしていて綺麗だし、それに何より。

 胸が、すごくデカい。それはもうはち切れんばかりに主張して来ている。

 分かってたけど。分かってたけど!

 お願いだから少しは隠してくれませんかね!?

 せめて堂々と見せ付けるのは止めて欲しいんですけど!

 腰に手を当てて胸を張らないで! じわじわ寄ってこないで!


「どうした? ん? 何か言いたい事でもあるのか?」


 うっわ、超楽しそうだな先輩。こういう時は本当にイキイキするなぁ。

 

「……いえ、何も。はいこれ、グアテマラです」

「うん? なんだそれは。コーヒーではないのか?」

「コーヒーの種類ですよ。いつものより苦みは少ないです」

「ほう、コーヒーにも種類があるのだな。全く興味の無い分野だから知らなかった」


 コーヒー好きの目の前で良く言い切ったなこの人。いや、興味が無いのは知ってたけどさ。

 先輩がコーヒー苦手なのも、紅茶の方が好きなのも。

 甘党で苦いものが嫌いで、それでも僕と共通の話題を作るために無理してコーヒーを飲んでいることも。

 それを隠し通せていると思い込んでいることも。


「……ふむ? 苦みが少ないな? それにどこかチョコレートのような香りだな?」

「そういう豆なんです。飲みやすいでしょう?」

「あぁ、そうだな」


 ふと。マグカップを両手で包んで穏やかに笑う先輩に、つい目が吸い寄せられて。


「好きだ」


 突然言われた一言に、頭の中がフリーズした。


 ……え? いま、なんて?

 好き? 誰が言った? 先輩が? 好きって?


 硬直すること数秒間。体感では一時間くらい。

 先輩は不思議そうに僕を見つめて、そして何かに気付いたようだった。


「……あ。いや待て、違うぞ! 違うからなっ!?」

「え、は? 何がです?」

「私が好きだと言ったのはこのコーヒーだ! コーヒーだからな!? 貴様ではないぞっ!?」


 顔を真っ赤にして叫ぶ先輩の言葉に頭の中が再起動する。

 ……あぁ、なるほど。確かに話の流れとしてはそれが正しいな。

 好きって言葉に反応しすぎだろ僕。

 一人だけ意識しすぎているのが何だか悔しいので、何気ないふりをして返事をする、


「知ってますよ。他に何があるんですか」

「ならば良い。良いのだが……それはそれで、何だかムカつくな」

「えぇ。何ですかそれ……いたっ!?」


 いきなり不機嫌になって僕の肩を殴りだした先輩を何とかなだめながら、僕はいれたてのコーヒーを一口飲んだ。

 ……やっぱり、先輩に合わせると、甘いなぁ。


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王様先輩と物書き後輩の恋愛事情 @kurohituzi_nove

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