病気なのか性格なのか
ファンタズム・マーダー・シンドロームという病気が世界に広まったのは三年前の事だ。
『Phantasm Murder Syndrome』通称PMSはと感染率が非常に高くて、半年くらいで世界中に広まっていった。
症状が分かりにくいせいもあって対処が遅れたとかニュースでは言っていたけど、実際のところは分からない。
分かっているのは、このPMSという病気になってしまうと『空想が出来なくなる』と言う事だ。
想像や連想は出来ても、物語や芸術を生み出す事なんかは出来なくなる。
つまりは
この病気が流行ってしまったせいでたくさんの芸術家や創作家が職を失うことになった。
元々才能が関係する仕事だ。その数は他の仕事に比べてとても少ない。
そこからさらに人数が減って行ってしまい、今では地球上でも指折りで数え切れる程しかいなくなっている。
僕が知っているのは映画監督が一人、漫画家が二人、音楽家が一人。
そして、小説家の僕、ただそれだけしかいない。
だから僕はこんな『何もない孤島』で生活をしなければならないし、会うことが出来るのも同じ境遇の人たちと、
まぁ別に、そこはどうでもいいんだけど。
元々僕は引きこもりだったし、親は早くに亡くしている。
友達もほとんどいなかったし、高校卒業と同時に小説家になってからは誰かと会う事なんてなかったから生活にあまり変わりはない。
趣味のコーヒーも家で楽しめているし、特に文句は無いんだよね。
まぁ、違う意味で困ることもあるけど
ちょっとお菓子を食べたいなって思ってもコンビニなんてないし、気分転換しようにも新しいゲームなんて発売されない。
テレビでは堅苦しい話しかしないし、ハトのマークのSNSは『人類最後の小説家』ってだけで馬鹿みたいにフォロワーが増えたから面倒になって辞めてしまった。
つまり娯楽が無いのだ。
小説を書くのは僕の趣味でもあるからまだマシだけど、それでも一日中小説を書いていると疲れてしまうことがある。
そんな時に暇つぶしが出来ないのは地味に辛い。
先輩は毎日来てくれるけど、それだって時間が決められているし。
つまり今、僕はかなり暇をしている訳だ。
「ってことなんだよね」
「あらあら。どんな理由でも嬉しいですわ」
電話口の向こうから呆れた声が返って来た。
『相棒』相変わらず小鳥の鳴くような
「キミの方から連絡をくれるなんて、本当に嬉しいです。やっと結婚する気になってくれました? それとも心中の方ですか?」
ドパァンッ!! ジャコンッ!!
「いやぁ、相変わらず思考がぶっ飛んでて安心したよ」
「あらやだ、いきなり褒められたら照れちゃいます。うふふ」
ドパァンッ!! ジャコンッ!!
「ところでさ。今何してるの?」
「ショットガンでの試し打ち中ですね。これ、ずっと欲しかったんです」
ドパァンッ!! メキメキメキ……ズドォン!!
「ねぇ今何か倒れなかった?」
「すごい、よく分かりましたね。たった三発で庭の桜の木が折れちゃいました。キミも最近の木は
「うん、全く思わないかなー」
相棒は相変わらずの銃器マニアなようだ。
さすが権力者、日本国内で無意味にショットガンをぶっ放せるのは彼女くらいなものだろう。
僕もやろうと思えばできるかもしれないけどね。絶対やらないけど。
「それで、本当に暇だったから連絡をくれたんですか? ボクとしてはそれでも構わないのですが」
「それが半分。残りの半分は例のコミカライズの件で」
「コミカライズの事ですか。何か問題がありましたか?」
「うん。問題しか無いんだけどね」
僕が書いたのは純愛系ラブロマンス「王様先輩と物書き後輩」
それを元に描かれた漫画のタイトルは「クズ先輩から物書きのキミを寝取った漫画家」
これでなんで問題ないと思ったんだろう。
「あぁ、ボクなりのハッピーエンドに変えてしまいましたけれど、何か
「そもそもこの漫画家はどこから出てきたのかな」
元の作品には物書きと小説家の二人しか登場しない。
だってそういう「理想」を書いた小説だし。
「あらまあ。物書きさんのお嫁さんになるのは漫画家であるべきでしょう?」
「ごめんよく分かんないや」
そもそも主人公を寝取っておいて、お嫁さんなんて可愛い言い方するのはどうなんだろう。
「しかもこれ、最後に心中してるんだけど」
「死が二人を分かつまで、と言いますけれど、一緒に死んでしまえば死後も一緒に居られますよね。これぞハッピーエンドではないかと」
「相変わらずぶっ飛んでんなぁ」
やっぱり相棒の理想はよく分からない。
僕は好きな人と一緒に生きていくのが幸せだと思うし。
やっぱり誰かと一緒に何かをやるのって難しいなぁ。
「とにかくあれは改稿とかいうレベルじゃないから、コミカライズっていうなら原作に合わせて欲しいな」
「それは残念です。ではこちらは別作品として出版しますね」
しなくていいんだけどなー。
「とにかく、もう続編も書きあがるからさ。終わったらデータを送るね」
「楽しみにしていますね。ところでボク、キミの声を聴いているとお腹の深いところが
「じゃあまたねー」
そろそろ相棒の欲望が限界だろうなと思ったので、問答無用で通話を切った。
相棒と連絡を取るためだけの衛星電話をベッドに放り投げ、背伸びを一つ。
「んーっ! よし、書くか―!」
先輩が来るまであと二時間くらい。それまでに今日のノルマ分を書き上げてしまおう。
今日こそは鈍感な先輩に僕の想いが伝わる作品を書けると良いなぁ。
その為に、僕は執筆活動を続けている訳だし。
ぶっちゃけ世界中に居るらしい他の読者よりも、先輩だけに読んで欲しいからね。
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