ラブコメとはご都合主義なもの

 嬉しそうに笑いながらコーヒーを片手に僕の原稿を読む先輩は、やっぱりさまになっている。

 この瞬間を切り取れば美術館に飾って置けそうだ。

 この瞬間だけなら。


「おい後輩。一つ良いか?」

「なんですか?」

「このヒロインなんだが……何故いきなり主人公を蹴るんだ?」


 指さされた所を見ると、確かにヒロインが主人公を蹴り飛ばしているシーンだった。

 これは高校で知り合った二人のラブコメだけど、階段でたまたまスカートの中を見た主人公がヒロインに制裁せいさいされる場面だ。


「スカートの中を見られた程度で蹴ることもあるまい」

「……えー」


 何言い出すんだこの人。


「そもそもだな。短いスカートをいているのに不用心に階段を昇るのも悪いだろう。私ならカバンや手でスカートを引っ張るが」

「それはまぁ……そういう考え方もある、のかなぁ」

「主人公は見たくもない下着を見せられた上に蹴られるとか、災難すぎないか?」


 うわぁ。凄いこと言うなぁ。

 いやまぁある意味正しい……のかなぁ。


「いやこれ、ラブコメなんで」

「ほう。後輩、ラブコメとは何だ?」

「……何って」


 えぇ。どう説明したら良いんだろう。

 ラブコメが何かなんて考えたことも無いんだけど。

 腕を組んで五秒くらい悩む。


「何だろう……恋愛物語になるんですかね?」

「それにしてもフィクションがすぎるだろう。常識的に考えていきなり暴力を振るう奴なんていない」


 なるほど。この人の中ではさっきの『教育的指導』は暴力じゃないらしい。

 て言うか、そもそもですね。

 貴女が見ているその作品なんだけど。


「そもそも何だこの女は。リアリティが無いにも程があるだろう」

「……えぇと」

「容姿端麗たんれいで頭脳明晰めいせき、スタイル抜群で面倒見が良く後輩想い。更に家事も万能と来たもんだ」


 人差し指を立ててドヤ顔してる所悪いんですけどね。

 このヒロインのモデル、貴女なんだけど。


「こんな完璧な人間が居たら、是非ぜひ会ってみたいもんだ」

「先輩の家って鏡無いんですか?」

「は? あるに決まっているだろう」


 きょとん、とした顔で首をかしげられた。

 どうやら通じなかったようだ。

 うーん……まぁいいか。後輩の書いたラブコメのヒロインが、実は自分だったなんて知らされても困るだろうし。

 て言うか僕が知られたくない。

 

「しかし……貴様はこんな女が好みなのか?」

「なんですかいきなり。女性としてって事です?」

「あぁ。創作物には自分の理想が反映されると言うが、このヒロインはかなり残念だぞ?」

「……うーんと。そうですか?」

「もちろん長所は多い。だがしかし、だな」


 先輩はするりと立ち上がると何故か胸ポケットから伊達メガネを取り出し、スチャッと装着した。


「まずこの女は理不尽で暴力的だ。非常に危険な人物だと言えるな」

「はぁ」

「次に言葉が足りん。頭が良い設定なのにコミュニケーション能力が幼児並だ」

「……なるほど」

「更には人の好意に鈍すぎる。どんな生き方をしたらここまで鈍感になるんだ?」

「…………うーん」


 僕が聞いてみたいです、とは言えないしなぁ。


「ついでに言うが、この女は甘党にも程があるだろう。普通は紅茶に砂糖を五個もいれないものだ」


 先輩が今飲んでるのって砂糖何個入れてましたっけ。

 確かに紅茶では無いけど。


「……いやまぁ、人の好みはそれぞれって言いますし」

「ふむ。まぁ別に興味なんて微塵みじんも無いが……なんだ。貴様はこういう女が良いのか?」

「え」


 なんてこと聞いてくるんだこの人。


「全く、これっぽっちも、猫のひたいほどの興味もないが、話のついでに聞こうと思ってな」

「興味が無いなら教えませ――」

「しかし私は寛容かんようだからどんな性癖せいへきだろうと受け入れてやろう! 可愛い後輩の為だからな!」

「いやだから、興味がないなら――」

「さぁ言ってみるが良い! 貴様の好きなタイプはこのヒロインのような人格破綻はたん者なのか!?」


 聞いちゃいねぇ。

 うーん。これはもう正直に話すしかないかなぁ。


「……先輩。非常に言いにくいんですけど。このヒロイン、実は――」

「待て」

「はい?」


 右手を開いて僕に突き出すと、左手で伊達メガネをくいっと上げる。

 こんな仕草も様になるってズルいと思う。

 でも、なんで止められたんだろうか。

 さっきまでの勢いはどこに行ったんだろう。


「……ちょっと心の準備をさせろ」

「は? 準備ですか?」

「うむ。いくらはがねメンタルな私でも衝撃しょうげきえられない可能性があるからな」


 ……何言ってるのかまったく分からないけど、とにかく待てば良いのかな。

 普段はキリッとしてる人だけど、胸に手を当てて真面目な顔で深呼吸してるのは何だか可愛い。

 て言うか、自分より余裕が無い人が居ると不思議と心が落ち着くもんだなぁ。


「良し、覚悟は決まった。さぁ語るが良い!」

「えーと、なんて言うか……」

「うむ!」


 なんかめっちゃワクワクしてないか、この人。

 ちょっと言いにくいけど……仕方ないか。


「このヒロインにはモデルが居るんですけどね」

「……なんだと?」


 ピクリとまゆをひそめて、急に視線を鋭くした先輩がにらんでくる。

 こっわ。目力強すぎるでしょこの人。


「つまり……貴様には、好きな女がいる、と?」

「いや、好きな人って言うか……ヒロインにモデルが居るってだけですよ」


 僕の言葉に、今度はほうっとため息をつく。

 さっきからコロコロ表情が変わって可愛いけど……先輩がこれだけ表情を変えるのって珍しいな。


「ならば良い。それで、そのモデルとはどんな女だ?」

「……貴女です」

「は?」

「先輩ですよ、先輩」

「…………私、なのか?」

「はい」


 一秒、二秒、三秒。


 ぼんっ。


「――〜〜ッ!?」


 あ、沸騰ふっとうした。


「キ、今日のところは! ひとまず退散たいさんするとしよう! デ、ではまたな!」


 真っ赤な顔で言い放つと、先輩は来た時と同じ勢いで部屋から去って行った。


 ……なんだか珍しいものを見た気がする。

 けど、なんだろう。致命的に何か間違ってるような。

 ヒロインのモデルが先輩、っていうだけで、先輩が好きだと「伝えた訳では無い」のに。


 うーん、まぁいっか。とりあえず小説の続きを書こう。

 他にやることも無い事だし。

 次に先輩が来るまでに、もう一本くらいかいておきたいところだ。


 何せ僕は、地球で最後の小説家なのだから。

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