第11話 彼女は、殺されたのです

1 拘置開始

 取調室での北山 玖理子もとい、町田 里香は姿勢よく座っていた。

ストレートボブの髪は黒々としていたが、数日前より少し老けた気がするのは、化粧を落としたからだろう。二十二歳だと言い張っていた数日前に比べ、実年齢は五歳上だ。女性の五歳がどのくらいの差を生むのかよく解らないが、それにしても、町田 里香はかなり印象が変わった。

 北山 玖理子だった時には、血色が良い、周りより少しお姉さんな女子大生だったが、今目の前にいるのは、三十を目の前にした女だ。決して、女子大生ではなかった。

 取り調べには、青田刑事が主として質問を行い、立川刑事は見守る形を取った。書記をしている警官は背中を丸めてパソコンに向かっている。

「まず、名前を、本名と、年齢と、」

「町田 里香……何年振りかしら、この名前を声に出したの。私嫌いだったのよね、北山はまだしも、久理子なんて、なんてダサいんだろうって。よくこんな名前つけたわねって。センスないと思わない?

 年齢は27歳……、あ、28だわ。この前誕生日だったのよ」

 町田 里香はそう言って青田刑事を見返した。

「あなたには、黙秘権が、」

「あぁ、それいいわ。大した話じゃないから」

 町田 里香は手を振って青田刑事の言葉を遮った。

「だが、規則でね、」

「規則って面倒よね。でも、そうじゃなきゃいけないのよ。そういうものなのよ」

 青田刑事が黙秘権についての説明をしている間、町田 里香は小声で文句を言っていた。青田刑事の説明にではなく、「規則」についてだった。

 立川刑事はぶつぶつ言っている町田 里香を見つめていたが、町田 里香がふと顔を見上げるようにして顔を上げ、そしてほほ笑んだ。立川刑事は眉をひそめたと同時に、ぞくっと背筋に不快感を感じた。

 取り調べ中に色仕掛けを使う女犯罪者はよく居る。いや、女に限った話でもない。男もそういう輩は居る。だから、同性の刑事が取り調べに同席するのだが、それを激しく拒否したのが町田 里香だった。実際、女性警察官が入ってきたとたん立ち上がり、座っていたパイプ椅子を女性警官に向けて蹴ろうとした。すんでで取り押さえられたが、暴言を吐き、奇声を発するので、やむなく女性警官は同席できなくなったのだ。

 よく、危険物所持の確認時はおとなしく取り調べをさせてくれたと思う。

 青田刑事がまず、事件について何か言いたいことはないか? と切り出すと、町田 里香はしばらく黙っていたが、急に笑い出した。その笑い声は高らかで、警察に居るということを忘れているのではないかと思われた。気がふれたのか? ―いや、もともとおかしかったのかもしれない―


 町田 里香は笑うのをやめた。

「どうでもいいけど、靴を返して」

 青田刑事が咳ばらいをし手から、静かに、「あれは、山森さんの靴だろう?」と言った。

「別によくない? もう、あの女は靴を履けないんだし。私の方があの靴、似合っていたわ」

 町田 里香はそういうと、今、自分が履かされている味気ないスリッパを見て舌打ちをした。

 山森 佳湖をビルの屋上から突き落としたあの夜、町田 里香は山森 佳湖の家から盗んでいた靴を履いていた。

 町田 里香は靴を盗んだのは、山森 佳湖の家に泊まりに行った日だろう。それから数日たっていただろうが、山森 佳湖は靴の紛失を知らなかったのか、それとも、靴を貸してくれと町田 里香が言い、それを承諾していたのか、真相は解らないが、大学で最初に遭った日も、署に連行してきた日も町田 里香は、山森 佳湖の、甲に金のリボンのチャームのついた茶色のローファーを履いていた。


 張り付いた能面のような顔は、ぞっとするほど生気がなかった。


「私の一番古い記憶はね、父が母を殴っていたところよ。容赦なかったわ。母はずっと違うと言っていた。でも、酒に酔った父はそれを聞く耳を持っていなかった。暴力が終わったのは、暗かった外が明るくなって、母が動かくなって、外を通る人が、家の中を見て、悲鳴を上げたから。

 夏だったのかしらね? 窓が開け放たれていたの。だから、外から見えたのね。

 父にもたくさん血が飛び散っていたし、母も、なんだかぐったりしていたわ。でも、いつのころから、元通りにわ。

 なぜ、父が、母を殴っていたと思う? 酒の所為じゃないのよ。私の所為」


 町田 里香は金属を引き摺ったような声で笑い声を出す。


「あんまりにも、あの女が食べ物を寄こさないから、父に向って、「おじちゃんは、今度いつ来てくれるの? お父さんはおやつくれないから、おじちゃんがお父さんになってほしいな」と言ったの。居るわけない、架空の不倫相手よ。いいえ、実際には居たのかもしれない。居たから、そういう言葉を思いついたのかもしれないわね。なんせ、私は外にすら出させてもらえていない子だったから。

 嘘にしろ、本当にしろ、父はその言葉を聞いてあたしを壁に突き飛ばし、その拍子に背中を打って気を失っていたわ。夕日の中の危険な賭けが、いつの間にか夜だったから。たぶん、気を失っていたんでしょうね。

 そして、朝になって、保護されて、そしたら、私の戸籍が無いとか、急に年寄りと暮らせとか、意味が解らなかった。

 まぁ、祖父母の家では、とりあえずご飯にはありつけたけれど、まるで、犬、猫のようなものよ。教育やしつけをしてくれたことはない。いいえ、あったわ。祖父が気に入らないときだけ、竹差しで叩かれたわ。ひどく腫れて痛かった。泣いていたら、祖母が煩いと押し入れに押し込んだ。私を入れながら、逆らうから痛い目に合うんだ。勉強しろ。と言った。バカはいらない。と言われた。

 頭に来たから、同じことをしようと思った。だけど、今更男ができたなんていう歳でもない。ばあさんや爺さんを困らせる方法を考えれば、近所では孫を引き取ったいい顔をしていることが許せなかったから、わざと公園で勉強をしていた。

 まぁ、祖父母の家に勉強ができる環境がなかったから、いつも、灯の乏しい廊下でやっていたから、公園のベンチで勉強するなんてどうってことなかったし、逆に、公園の方が机があったからね。

 そしたらそれを見つけて近所の人が世話を焼いてくれて、祖父母は机を買わざるを得なくなったが、そんなもの買われたら、縛り付けられると思って、早めに始末しようと思った。

 だから、わざと祖父の神経を逆なでるような小さなことをしたら、案の定怒り狂った。ただ、ご飯を少し落としただけだけど、あの男はすぐに怒って竹差しを取りに席を立った。

 だから、あたしは逃げた。いつもなら、トイレや、ふろ場に行くけれど、庭に飛び出た。いいえ、祖父が部屋に入って髪を掴んだところで窓を開けて、私と祖父は庭に転げ落ちた。

 夕暮れの、まだ人が行きかう時間だったから、みんな唖然としながら、だけど、すぐに警察が来た。

 爺さんが竹差しをもって、小学校低学年の女の子、しかも、下着姿の子に覆い被っていたら、さすがに通報されるでしょ」


 町田 里香はくすくすと笑い続けた。

 青田はぞくっと背筋に何かが張り付いたのを払うように顔をしかめた。

 

「そのあとも何度も何度も同じことをしたわ。そのうち、私は頭がいいのだと気づいた。だって、自分の手を汚さずとも、嫌な奴をやっつけられるんだから。

 私が好きだった子を横取りしようとした同じクラスの女。

 近所の、口の汚いおばさん。人のことを汚れ物のように言うから、いい人そうであちこちで悪口言っているって言ったら、家に住めなくなって出ていったらしいわ。

 私の成績を落とした現国の新任。ばっかみたいにお人形のような女だったわ。あんな馬鹿が慣れるんだったら、私だって教師になれるわよ。

 就職した先で出会った男は結婚していた。けど、そんなことはどうでもよかった。だって、彼は私の家に居ることの方が多かったから。

 だけどあの女は許せなかったらしくって、腹立たしい。あたしを傷つけたから、大げさに騒ぎ立ててやったわ。

 やっぱり、欲しいものを手に入れるために自分が痛い思いをするのはいやね。あいつらが勝手にやり合って、そして私が最終的に手に入れる。漁夫の利よ。わかる? 漁夫の利」


 町田 里香が青田刑事に向かってあざけるように笑った。

 町田 里香の異常に白い歯が、取調室に浮いているような錯覚を起こす。

「それから?」

 青田刑事の言葉に町田 里香は少し考えた。

「それから? ……何かあったっけ?」

「北山 久理子さんは、どうした?」

「……あぁ、今時じゃない、古臭い名前の地味な女ね。

 あの人、私の前で急に倒れたのよ。びっくりしたわよ。だけど、その時の、その顔が、私にそっくりだったのよ。

 だから、考えたの。ドッペルゲンガーで、私と会ったがためにこの人は死んだのだ。私も死ぬのか?

 でも、そんな気配が全くなかった。それどころか、彼女を見れば見るほど似てきてるみたいで。だから、私が代わりに生きてあげることにしたの。だって、死んだ人にお金とか要らないでしょう?」

 町田 里香は悪びれることなく言い、また、真っ白い歯だけが不気味に動いているように見えた。

「お金持っているくせにあまりいいアパートに住んでいなかったけれど、まぁ、あまりお金を使うと目立つから、住む場所は悪くないし、妥協してあげたわ。

 服は思っている以上にダサかったから、私のセンスで買ったけど、それもこれもいい会社に入るまではおとなしく居るつもりよ。だって、いい会社に入って、いい男捕まえるために大学に行くんだから。

 だけど、大学は行ったのに卒業できなきゃ、相手を選べないから、意地でも卒業しなきゃって勉強するために病気休学を申し立てたのよ。

 まぁ、大した学校じゃないからすんなりよ。でも、やっぱり、北山 久理子本人あの女が選択していた教科は私が嫌いな科目で、どうしても進級は無理だったから、別のところで頑張ったわよ。

 まったく何が楽しくて福祉系の学科なんか選択できるんだか。ばかばかしい」

 町田 里香はおぞましい程の憎悪に顔をゆがめた。

 彼女の生い立ちを聞いていたから、福祉に関することすべてに憎悪を抱いてもおかしくはないと思えたが、だが、その福祉のおかげで町田 里香は成人したはずだ。両親や祖父母を恨む気持ちは解るが、行政を恨むのは、と青田刑事は言うのを辞めておいた。たぶん―町田 里香に救いの手を差し伸べたのは、本当に少数で、か細い糸のようなものだったかもしれない。彼女の周りが今の彼女を形成したのか。はたまた、彼女がそういう存在だったから引き寄せたのか解らないが、いや、でも、たぶん、後者だろう。

 町田 里香が、他人に対して毒を吐く。その毒が全身を包んで、ひどく嫌な気配のする女になる。まだ、北山 久理子だった時の方が人間らしいと思った。―漫画の見過ぎだな、人のオーラとか言い出すと―青田刑事は咳払いをした。

「それで、大学で、山森 佳湖さんに会ったんだね?」


 町田 里香はしばらく首を傾げて考えていた。そして少し経ってから、

「あ、あぁ。あの、顔だけの女」

 と言った。


「あの子が男たちに絡まれていたのよ。「新入生の勧誘。断っているのにしつこくて、はぁ、モテてるの、私」と思ったんだけど、本当に嫌がっていたのね、びっくりしたわ。一人の男子生徒の足を思いっきり踏んづけたのよ。

 驚いたのは相手の男子生徒も同じだったし、周りにいたもの全員が驚いたわよ。だって、どう考えても、男好きな顔をしてるじゃない。

 それで「入らないし、興味ない」って断言してずんずん歩いて行ったのよ。少し興味を持ってみてたら、ちょっと向こうで同じことに遭って、まぁ、どこへ行ってもしようがないわよねぇ。

 そこで、助けたの。「この子、もう、うちのに入る予定だから」って。話合わせなさい。って目配せしたら話合わせてきて、頭は悪くないんだなぁって思ったわ。

 同じ一年で、まぁ、こっちは病欠理由だけど。そしたら、病気はもういいのかとか、妙に心配してきたけど、まぁ、適当にあしらってそれで終わりのはずだったのよ。なんだか、少し面倒くさいっていうか、あんまり質問されたくないし。

 そしたら、急にの近所に引っ越してきたのよ。ストーカーから逃げるために引っ越してきたっていうから、男好きにも困ったものよね。

 どうせ、男をたぶらかしたけど、相手は女がいて、面倒なことになったら、逃げたってクチよ。絶対に」


 町田 里香はどこか他人事のように説明し、口を閉じた。黙ったわけではない。思い出しているわけでもない。たぶん、無意識の休憩だろう。

 口を閉じ、ゆったりとした時間を過ごしたらしい。ただ、それにかかった時間は一、二分程度だ。


「ストーカーがどんな相手だか知らないけれど、あの子が怖がっていたのは怖がっていたわね。後ろを気にしたり、急に陰から人が出てくるとやたらと驚いていたから。

 その都度、大丈夫? って、白々しく言ってたら、ものすごく頼りにされたわ。頼りにされるのは嫌な気がしないから、それから、大学への行き帰りよく一緒になったし、学食も一緒に食べるようになったわ。

 ただ、好きなものとか、嫌いなものとか、アレルギーとか、やたらと聞いてくるのが煩わしいのよ。どうでもいいでしょう? そんなの。関係ないじゃない。

 強く言うと、すぐにしょげるのよ。友達だから、知りたかっただけとかいうから、なんか、私が悪者になる感じがして、だから、まぁ、教えるけど。適当にね。

 だって、私に好き嫌いなんてないもの。あるわけないじゃない。食べれるときに食べれるものを食べなきゃ死んでしまうんだから。そんなこと言ったってわかるわけないから、まぁ、適当に答えるけどさぁ。本当に鬱陶しいわ。

 あぁ、あと、好きなキャラクターとか、そんなのあるわけないじゃない。テレビだって見たことないし、漫画なんてもってのほか。与えてくれてなんかないんだから。だから、そういう子供っぽいのは苦手だわ。って言ったら、なに、あれ? 花のピアスだって。少女趣味にもほどがあるわよ。しかも就職活を視野に入れてるから、ピアスなんかしないって言ってたら、何……バルーンチャームとかってやつにしたって、だから何? ほんと迷惑よ。でもまぁ、ちょっとかわいかったし、ほかの子もみんななんかつけてるから、ちょうどいいわって、つけたけど、正直あれに対して何ってことも思ってないわ。

 花柄よ、花柄。年寄りが身に着けるものよ」


 町田 里香の中で、いや、町田 里香の祖父母に会いに行った際、祖母が花柄のワンピースを着ていた。それは時代遅れの、昔からきている服だった。今、若い人が流行って着ている服ではなく、かなり古いもので、それこそ、立川刑事の母親も似たものを着ていたのを思い出すほどのものだった。

 その服を見て、青田刑事は「若いですね」と感想を言ったが、立川刑事は

「あれは、ずっと来ている年代物の服だ」

 と言った。

 確かに、町田 里香の祖父母の家は黴臭く、まるで現代から後れを取ったかのような古い家だった。中にあるものは昭和のモノばかりで、時間が止まっているかのようだった。青田刑事も、祖父母の家に在った年代物の小物をいくつか目にしていた。

 だから、町田 里香が、花柄を今時のモノとしてとらえず、年寄りが着るものと思ったのも無理はないのかもしれない。

「それでも、彼女の家に泊まりに行ったりしたね?」

 青田刑事の言葉に、町田 里香は頷き、

「しつこいのよ。泊りませんかって。泊りあいっことか、楽しいですよって。面倒だけど、そういうことを体験しておかないと、乗り遅れても困るし、と思っていっただけよ」

 町田 里香の中にあるものは常に、今時の女子大生の感覚で居続けなければいけない。だったようだ。普通の女子大生ならする行動をしなければ、すぐに歳がばれるとか、身元がばれる。という恐怖だったのだろう。本人は、恐怖だとは感じていなかっただろうが、他人に成りすましているという罪悪感からの脅迫があったのだろう。

 町田 里香は山森 佳湖が言う「普通はするよ」という言葉に何度も振り回されたと言った。

 山森 佳湖としては、 と仲良くしたくて、誘う常套句として「普通はするよ」と言えば、彼女は誘いに乗ると知って乱用していただけだろう。

 二人の思いとは別に、二人は行動を共にし続けたようだ。

「それだけ一緒に居れば情ぐらいわいたんじゃないのか?」

 青田刑事の言葉に町田 里香は首を傾げた。

「なぜ?」

「なんで、って。登下校一緒にし、食事を一緒にし、泊り合えば、」

「だから何? 一緒に食事をし、一緒に寝ていても、私を叩いたやつはいる。私を蹴ったやつもいる。ただ、一緒に居ただけじゃない。情? 情けだ? はっ、ばかばかしい、そんなものあるわけないじゃない。ただの情報源よ。普通でいるための」

 町田 里香はそう言って爪を噛んだ。


「お腹が空いたから、机の上にあったおにぎりを食べただけなのに、蹴り上げられた。その日の夕飯は抜きだった。

 おなかが空いて、食べたければ、物乞いをした。食べさせてくださいって言った。実の母親に。実の祖父母に。父親は食べ物なんか持ってなかったから、はなっから相手にしなかったけれど。土下座して、床に額をこすりつけて、おにぎり一個もらえた。

 真冬でも布団なんかなくて、部屋の隅で、座布団で寒さをしのいだ。あいつらは薬でおかしくなってたから、寒さなんか関係なかったんだろうけどさ。

 耳鳴りと、飢えと、のどの渇き。カラカラで、とうとう、思ったよ。あそこをはいずってる虫でも食べられるんじゃないかって。まぁ、しなかったけどね。

 何も食べてない私なんかに捕まってくれるような虫は居なかったからさ」


 町田 里香は渇いた笑いを閉じた口の隙間からこぼした。

「あいつらが悪いんだ。私がここにいるのも、全部あいつらが悪いんだ」

 青田刑事はさらに続々と背筋に嫌なものが這っていくのを感じた。


「山森 佳湖さんは大事な情報源だったのに、なぜ、殺そうと?」

「だって、あの子、私を馬鹿にしたのよ」

「仲良かったのに? 彼女は慕っていたんじゃないのか?」

「慕う? 知らないわよ。

 だけど、高橋(恵)からうわさを聞いたらしくって、手を汚さすに男と別れる方法とやらが流行っているって」

 町田 里香はまたゆったりを時間を過ごすように、口を閉じ、黙った。ただ、先ほどとは違い、徐々に険しい顔になっていった。


「さっき、券売機で噂してたけど、どう思う? って聞いてきたのよ。

 男と別れるいい方法があるらしいって。そんなのあるのかしらって。どんな方法だった? って聞いたら、私が高橋(恵)に教えた話だった。

 いい案じゃない? って言ったら、そう? 上手くいくかしらって。鼻で笑ったのよ。あの男好きの顔で」

 その憎悪に満ちた顔に青田刑事は眉をひそめて、

「もしかして、それで殺したと?」

「そうよ。それ以外にある?」

 と、町田 里香は言った。

 あまりにも悪びれもせず事も無げに言いのけたことに青田刑事の方が身じろいでしまった。

「次の日だったか、その次の日か、あの子、昔の新聞記事を見つけて、

 本当に試した人が居たみたい。でも、結局失敗よね、だって、奥さんに襲われてケガしちゃってるもの。

 って笑ったのよ。この私をよ? この私の考えた計画を笑ったの。

 だから、私の案で殺してあげようと思ったのよ」

 青田刑事の悪寒はさらに増し、平静を装っている顔にそれが出てしまいそうなのを必死に隠していた。


「山森 佳湖をそのまま殺すわけにはいかないから、動機を持つ人をいくつか用意しておかなきゃ。」


 町田 里香の目に、青田刑事は映っていなかった。青田刑事も、一人芝居をしている女優を見ているような、二人の間には奇妙なゆがんだ時間が存在したようだった。

 町田 里香は腕を組んだ。


「一番は、カコに恋人を取られたがる女がいることだから。その女の彼氏が浮気症か、彼氏の好みがカコのような子。そういう男はすぐにカコに乗り移るわ。

 そういえば、あの清水 樹里亜うるさい女あの子が確か、男と別れたいのに、別れられないとか言っていたわね。別れたきゃさっさと別れたらいいのに。

 そうそう、あの子の彼氏ってのも、どうしようもないクズだったはずだわ。いいじゃない。清水の願いもかない、その彼氏もカコと付き合えるんじゃない。いいことづくめね」

 町田 里香は口の端を上げ、楽しそうに肩をゆすって笑う。


「あ、でも、どうやって殺そう……。毒なんてものは逆に足がつくわよね。刺すのは、こちらのデメリットが大きすぎるし、ガス栓ひねるっていうのも、今時っぽくないし、車の事故に見せかけようか……ダメだ。最近は防犯カメラがあって、どこかしこに居ても見つけられてしまう。

 防犯カメラ……無い場所だってまだあるわよね。でも探し回っていたら怪しまれるか……、いいえ、大丈夫ね。就職のために入ったボランティア部で、ウォークラリーを企画して、子供たちの安全のために、防犯カメラの位置を調べていると言えば、協力するわよね。

 そうよ。そして、いい場所を見つけたら、そこへ何度かカコを行かせればいいのよ。下見に行ったと思わせればいいのよ。

 カコには、カメラのある場所を歩かせ、私は映らないで行ける場所……探さなきゃ。

 誰にも見つからず、誰も知らず、でも、カメラにはカコが迷わずそこへ行っている。そう、誰だってカコが自殺をしに行くように見える。だって、私は映ってないのだから。

 カコは自分の意志でビルへ行き、勝手に飛び降りた。最高のシナリオだわ。

そのために、カコは人の男を取り、付き合ったのに男とすぐに別れる。これで動機を持った人が二人できた。彼を取られた清水 樹里亜。そして付き合ったのに、すぐに振られたジュリアの彼氏。他に……カコの周りをうろうろしていた男は、カコが自分のものにならないからという動機ができるわね。

 そうそう、それと、ストーカー。思いもしないでしょうね、私は見たことないけれど、カコなんかをストーカーするから、犯人にされるのよ」


 町田 里香の高笑いが金属音のように響く。


「私を馬鹿にするからよ、私の計画は完璧なんだから」

 町田 里香が戻ってきたかのように青田刑事の方を向いて、


「だから、言ったでしょ?

 彼女は殺されたのです。って」

 と、まっすぐに、澄んだ目でそう言い切った。


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彼女は殺されたのです 松浦 由香 @yuka_matuura

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