パパはママと結婚するの?

大月とも花

俺の居場所がなくなった。


夜0時過ぎ、目に見えない程の雪が俺の黒いジャンバーに染み込んでいった。5軒程坂を下ったところにある豆球のような小さな街灯のジーと鳴る音だけが響き渡っている。

俺は子犬が大型犬に吠えられたときのように、身体をガタガタと振るわせていた。最近、体調が良くないことは自覚はしていたが、これほどゾクゾクと寒気がして熱が上がっていくのを感じたのは初めてだ。


大学生の頃、スーパーでアルバイトをしていたときに、お昼のパートのおばちゃんから薦められたマンガ本「昼間の誘惑」の一場面と全く同じ。こんなことが本当に俺の人生にもあるなんて。人生は何があるか分からない。


まさか菜々子が蓮くんと不倫をしていたなんて。菜々子が最近、俺に妙に冷たいし、何かを隠しているようで怪しいと思っていたが、不倫をしていた。そして、その相手が部下の蓮くんだったとは...。2人は知り合いじゃないはずなのに。俺は一度も友達や知り合いを菜々子に紹介したことはない。

蓮くんの話はよくしていたが.....。

そういえば最近、菜々子が蓮くんについてよく聞いてきたな。いつ会ったかとか、何を頼んだかとか。

ということは、菜々子から蓮くんを好きになったのか。菜々子から......。




夜中に目が覚めて、俺は無性にカリカリくんの梨味が食べたくなって、コンビニに行った。コンビニまで車で5分かかり、アイスを買って、帰るまでは15分くらい。

帰ってきて、自分の部屋で食べようと扉を開けたら、菜々子と蓮くんがキスしてた。菜々子の両頬に蓮くんが優しく手を添えて、お互いを確かめるかのように唇を重ねてた。俺は菜々子とここ3ヶ月くらい、抱き合うこともしてなかった。次できるときは、こんな風にしたいと思っていたまんまの光景だった。

しかも、俺の部屋の俺の布団で。

こいつら、頭おかしいじゃないか。

もっと別の場所で、隠れてしろよ。

いや、それとも敢えて俺の心をここまでズタズタに傷付けるためにやったのか。

俺に見せつけるために2人で仕組んで、俺の布団で唇を何度も兼ねて、それから......。


あぁー、もう思い出したくない。

考えたくもない。忘れたい。


でも、しっかりとその風景が頭に焼き付いていて、スイッチが入ると勝手に何度繰り返し流れてくる。


とりあえず、この場から離れなければいけない。あの2人には会いたくない。

果物ナイフで刺されたような心臓を手で抑え、目の前にあった軽自動車に乗り込んだ。窓はうっすら凍っている。これは氷を解かないと危ないかな。


でも、戻りたくない。戻れない。


俺は震える手を力いっぱい動かし、エンジンを入れ、アクセルを勢いよく踏んだ。少し凍った道路を滑りながら、坂を下る。


これで自分は何もなくなった。

愛していた人にも裏切られ、俺の居場所もどこにもない。

とにかくどこか行かないと。遠くに。


そう思いながら、俺は昔遊んでいたような公園を通り過ぎ、どこか分からない空き家っぽい建物がたくさんある団地を走り続けた。


背中は何かがしがみついているかのように固まっていた。それでも俺は前だけを向いて、アクセルを踏み続ける。


俺が誰も知らない、俺を誰も知らない。

どこか分からないところに行きたかった。

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