磨り硝子の洋室

 彼は昔、ある町工場で働いていた。

 今となっては誰も見向きもしないような廃れた工場だが、その当時は町を支える重要な建物であった。しかし、そのことを知る人は年々減ってゆき、ついには彼だけになってしまった。

 彼は時々、その工場での日々を窘めるように思い出すのだが、決して人には話そうとしなかった。第一、その老人と普段から話すような人はいなかったのだ。

 彼の働くその工場にはたくさんの機械と椅子があった。無数の蜘蛛の巣が天井にあったが、誰一人として文句を口にする人はいなかった。そしてそのちょうど真ん中に一つだけ部屋があった。

 その部屋はたったの二畳半ほどで、全面が磨り硝子で覆われていて、中をはっきり見ることができないようになっていた。そして、その部屋には鍵が、それもいくつもかけられていた。

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朝食は燭台とともに 棚花束 @acacia_maqen

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