第3話 クリスマスの夜と朝
ミツが持ってきたペンギンパーティーというカードゲームで盛り上がった後、アルバイトの疲れが出たのか
時刻は日付が12/25に変わり、サンタクロースが一年に一度の大仕事を始めた頃合いだった。
外を見ると空は墨色で、富士見坂を下った先にある商店街やオフィス街の方にはネオンが光り、眠らない町は活動を続けていることが伝わってくる。遠くでスケボーの滑る雑音が聞こえ、近所の抜け道を大型トラックが抜けていく騒音も聞こえる。この音が東京の夜の息吹なんじゃないかと思うことがある。地元の静岡に比べると落ち着かない町ではあるけれど、大学の友達とショッピングや買い歩きしたり、新しいスィーツを食べたり、何よりミステリ書籍を探し求めたり、私は東京という町が好きなんだと思う。
二人とも片付けが終わり、炬燵に戻って軽く飲み直しをしていた。夜は深まり
「年末は実家に帰らないの?」
「一人暮らしをするとしても年一回は帰省する、っていうのが実家との約束だから、帰省するつもりだけど、実家は居心地が悪くてね。ずっと憂鬱」
「それは家庭の問題?」
「うん。実はうちはずっと前に母親を亡くして父娘二人で暮らしてきたんだけど、高校の終わり頃に突然、再婚しているのよ」
一葉はテレビを消し、私の言葉に傾聴している。
「その継母が、歳近いこともあって、どうしても私には苦手なの。お父さんにはお父さんの人生があるし、私の母が亡くなってから時間が経つし、今まで私を育てるのに頑張ってくれたこととか、分からなくてはいけないんだけど、気持ちは割り切れるものじゃないんだわ」
静かに頷きながら、グラスを傾ける。
「まあ、割り切れないことがあるのは分かるけどさ。でも、いつまでも苦手で逃げ続けるのはお二人に失礼じゃない?」
「そう、分かっている。これは自分自身が解決しなければいけない問題なんだよね」
「裏切られたとか、思ってるの?」
「ううん。いや、うん。やっぱり裏切られたと思っている。だってお母さんが亡くなってから、お父さんと二人で頑張ってきて、私がお母さんのぶんまでお父さんを支えてきたことだってあるんだよ」
「うん」
「まさか今更、再婚するなんて思っていなかったから、さ」
「でも今更、不潔!とか云ってしまう多感な女の子ってわけでもないじゃない」
一葉の云う通りだけど、口では分かったなんて云ってても、私の中身は多感な女の子そのもので、改めて自分が変わらなくてはいけないと自覚していた。
一葉と話し続けたが、最後は炬燵に入ったまま雑魚寝することになった。一葉は浮かない私のことを気遣っているのか、同じ寮でも今晩は帰らないようだ。すぐに一葉の寝息が聞こえてきた。扉に行き、生体認証でセキュリティ鍵を締め、電気を消した。
次の朝、目覚ましで起きると炬燵の上に招き猫が置いてあることに気付いた。
「何だ、これは!?サンタのプレゼント??」
高さ30㎝くらいの人形が鎮座している。紙でできているのか、持ち上げてみると見かけよりも軽く、強く押したら壊れてしまいそうな感触だ。
普通の招き猫と同じで座って、手をこまねいているようなフォルムなのだが、自分が知っている愛嬌のある招き猫と異なり、微妙な表情をしており、目つきがいやらしい気がする。更に良く見るとお腹にバッテン印が付いている。贔屓目に見たとしても、可愛く無い!というか不気味だ……
私の声に一葉が起きて、不気味な招き猫を見て驚く。
「何だこの置物?何処から来たんだ?」
「一葉が持ってきて置いたの?」
「いやいや、私が零の部屋に入った時にこんな置物、持っていなかったでしょ?」
「確かにその通りだ。部屋に入ってから、出ていないから持ってくることもできないか」
「零の部屋にあったものなの?」
「元々、私の部屋に招き猫の置物なんて無かったよ」
「じゃあ、何時、どこから、現れたんだ?」
「寝る前には炬燵の上に無かった。だから、寝てから目覚めるまでの間に、外から持ち込まれたものに間違いでしょ」
私は混乱しながら首を捻ってみるが、一向に考えが纏まらない。
「鍵を閉め忘れてて、外から持ち込まれたんじゃない?」
「昨日は一葉が寝た後、私が寝る前にセキュリティ扉の鍵を閉めたよ。生体認証を行って開閉する扉だから、扉を開けることは私しかできないでしょ」
「じゃあ、賊は窓から侵入した、とか」
「賊って、物騒な言い方は止めてよ。外は寒く風の強い夜だったから、窓が開閉されたとしたら、絶対に私たちが起きていたはずだわ。だから窓からサンタが侵入してプレゼントを置いていくようなことはできない」
「そもそも部屋が4階だから窓から侵入することなんてできないか」
「できなくはないけど、やる意味が無いでしょ。つまりこの状況は、寝る前から起きるまでの間、この部屋には誰も出入りできない完全な密室で、謎の招き猫が突如出現したってこと」
私は胸の高鳴りが抑えられずに声を荒げてしまう。
「面白い!面白すぎる!一気に目が覚めた。こんな不可解な現象を待っていたのよ!」
「うーん、別に招き猫は悪さしないから、朝飯にしようよー」
怪訝そうな顔をして一葉が云う。
私は探偵小説ような演出が愉快で、既に一葉の言葉は耳に入っていなかった。
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