第2話 イブの女子会
冨士見女子寮の個人部屋は玄関を抜けると簡単な台所とダイニングがあり、更に進むと六畳一間の部屋へと繋がる。貴重な空間に生活用品を置きたくないから、トイレに吊るし棚を増設して収納力のアップを図ったり工夫して生活している。
部屋の中に洗濯機を置くようなスペースや水回りは無く、寮の共用スペースにランドリーがある。併せて少し大きめな共同浴場もあり、癒されたい時は足を延ばせるお風呂で疲れを取ることができる。
ここは一般的なアパートメントとは異なり、住人は生活の一部を共有しているようなもので、快適な空間を維持していくためにお互いにマナーを意識していくことになり、自然と寮の仲間は結び付きが強くなっていく。
今晩のクリスマス会は私の部屋が会場だけど、まだ全員が集まっていない状況だ。用事が無い
一葉は私の部屋に積まれた小説に目を細め、近くにあった本を手に取り、呆れて云う。
「いつ来ても探偵小説だらけ。探偵小説って何がそんなに面白いの?この『優しい密室』って何よ?」
「探偵小説じゃなくてミステリ。それは女子校の話。栗本薫先生は面白いよ」
「女子大で、女子寮で、女だらけってのにこれ以上、女の話なんていらないわ。それよりも、いい男が登場するやつ無いの?」
「栗本薫先生でいい男っていえば、伊集院大介シリーズかなー。中でも『天狼星』が捨て難いね。ほら貸してあげるから、まあ読んでみなよ」
「小説ね~」
一葉はあまり気乗りしない風だが、『天狼星』を受け取り、しげしげと表紙を見ていた。
「ところで栗本薫って誰?聞いたことが無いんだけど」
「栗本薫先生は1978年に江戸川乱歩賞を受賞している超有名な作家。ミステリ以外にもSFなんかも書いてて幅広いジャンルをカバーしてるんだから。長編小説のグインサーガって、何と130巻も出てるんだよ」
「なんか他にも特色無いの?」
「あとは変わったところで、今でいうBL的な要素を取り込んでいたところかな」
「ふーん、BLね~」
一瞬、一葉の眼光が少し鋭くなった気がしたが、気のせいだったかもしれない。
本を傍に置くと、一葉が軽く咳払いして話を切り出した。
「年末が近づくにつれて、零が沈んでいくようでさ、皆で心配してたのよ」
「そんなこと、ないけど……。うん」
落としていた視線を上げると、一葉と視線が合う。私のことを心配そうに見つめているから、私も目を逸らさないようにする。
「個人的な問題なら、私たちがどうこう云える事じゃないけどさ。それでも相談するとかさ、私たちを頼って欲しいわけ」
「気を遣わせてゴメンね……」
「でも良いんだ、今日は私が企画したクリスマス会が一緒にできたしね。零が楽しそうにしてるの、伝わってくるし」
一転して一葉が微笑むと、私も釣られて笑ってしまう。いけないいけない、やっぱり落ち込んでいたのバレてました。
一葉はお姉さん肌で周りに気を配ったり、イベントを企画したり、リーダータイプの女子だ。寮に入ってから彼女にお世話になりっぱなしのところがあるが、本人は性格だから引っ張っていくのが楽しいらしい。
あと黙っていれば美人の類だと思うのだけど、男性には奥手みたいで、目の前に来ると変なしゃべり方に変容してアプローチに失敗する。普段からのギャップが面白いからフォローはしないけど。
扉をノックする音が聞こえ、
「花摘みするよぅ」と二海の威勢の良い声。
「いちいち言わなくて良い!」とツッコミして爆笑する一葉と私。
二海が持ってきたバイトのお下がりは焼き鳥だった。少し焦げて売り物にならない串を見繕ってくれたらしいが、焦げなんて全然気にならない程度だった。電子レンジで温め直すと炭で焼いた香ばしいにおいが復活して食欲がそそられ、少しづつ食べ始めた。私たちのクリスマスにターキーは無いけど、焼き鳥はあるから満足だわ。
「今はスーパーの前の屋台で焼き鳥を焼いているんだっけ?」
焼き鳥を頬張りながら、一葉が尋ねると
「そうそう」と
焼き鳥を頬張りながら、二海が答える。
「勤労学生、偉いよねー」
「まあ大変だけど、居酒屋と違ってスーパーの閉店で終わるから早く上がれて自分の生活スタイルに合っているわけさ。でもね屋台だから目の前に火があっても風が吹くと寒いわけよ。つい火にあたってボーっとしたくなるけど、お客様の手前でカッコ良くないからシャンとしているわけ。分かるぅ、そういうの?」
二海は一葉とは違う、社会進出型のアクティブ女子だ。初めて会ってからまだ8カ月経っていないと思うど、尋ねるたんびに違うバイトをしている。曰く、卒業して一線で活躍できる社会人になるためには色々な仕事を経験して助走をつける必要があるんだって。私ときたら実家からの仕送りに頼りきりだから、二海の話を聞いていると、いつも逞しいなって思う。私でも焼き鳥のアルバイトってできるのかな?
「や。や。始まってる?」
その後、江戸文化研究会の帰りに食材の買い出したミツが到着して、クリスマス会の本番が開始した。
ミツは手先が器用で江戸文化を研究しながら紋様を描いたり、染め物をやってみたり、張り子を作ったり、色々な物作りに挑戦するクリエイティブ女子だ。ただちょっとだけ芸術家が入り過ぎていて主張が激しいのがたまにキズ。
古文書を解き開いて江戸時代の料理も研究しているようで、お試しで作った料理のご相伴に預かることもある。
ミツは持って来た食材で調理を始める。バターと醤油が焼ける香りがしてくると、三人で溜息を付いた。
皆、それぞれ個性があったり、芸があったりして羨ましくなってきたので、私が発明した赤ワインを○○で割ったオリジナルカクテルを披露したが、反応はイマイチで微妙な顔をされた…… そこは笑って「美味しいね!」って言うところじゃない?
皆と一緒にいると楽しくて、つい年末に実家に帰らなければいけないことを忘れてしまう。私の気持ちを暗くする問題に、私は向き合わなければならない。
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