第4話 大晦日の和解
年末年始は実家の静岡へ帰省する。年一回は帰ること。一人暮らしを認めてもらうための約束だった。
大晦日、新幹線で静岡に着きホームに立つと、東京と寒さが違うことに気付く。
車で迎えに来た父にそんな話をしたら、すっかり東京人だと笑われた。実家の扉を開けると
「おかえりなさい!寒かったでしょ?」
「あ、うん……。東京より寒くてビックリだったよ」
ぎこち無く答えるのが精一杯。
「あらあら、
夫婦揃って同じこと言ってるよ。
実家の私の部屋に入ると出ていった時と同じ状態なのが分かり、まだ自分に居場所があるのだと思うとホッとした。一人暮らしがしたくて出ていった癖に、我ながら我儘な娘だと思う。勉強机に座ってみると、机の上にはホコリが無いことに気付いた。きっと香須子さんが掃除してくれているのだ。
旅行バッグからブサイクな招き猫を出してにらめっこをしてみる。
「君はどこから来たんだい?」
なんて意味深に問い掛けているとドアをノックする音が聞こえ、香須子さんの声がする。
「零ちゃん、夕飯の支度できたわよー」
「今行きます」
後ろに香須子さんの気配。
「勝手に入ったら悪いと思ってたけど、埃溜まりになっていても寂しいだろうから掃除しちゃった。表面的なところだけしか触れていないから、気を悪くしないでね」
「うん、大丈夫。部屋に入って掃除されてることに気付いたよ」
香須子さんは私の前にあったブサイクな招き猫に気付くと不思議そうに云った。
「あら、それ『
「丸〆猫?」
「そう、丸〆猫。江戸時代に流行った置物なの。たまに骨董市で出たりするんだけど、古いものだと経年劣化でくすんでいるのよ」
「もしかして招き猫の親類とか?」
「そうそう。でもその丸〆猫、おかしいわね。普通、バッテンは脇や背中に書くはずなんだけど、お腹に書いてあるわ。うふふ、切腹してるみたい」
ああ、切腹した猫。腹を割れということか。
三人で掘りごたつに入っておせちを食べながら、近況報告を始めると、警察の事情聴取のごとく二人から根掘り歯掘り、聞かれるわ、聞かれるわ。お父さんは努めて普通に振る舞っていたけど、相当に心配を掛けていたようだ。
除夜の鐘の音が聞こえる。富士見女子寮のこと、大学生活のこと、新しい友達のこと、そしてクリスマスパーティーのことなど一通りの説明が終わる頃にはお父さんもすっかり安心した様子になっていた。
父がトイレで席を外すと、香須子さんと二人きりになった。ちょうど新年を迎えた瞬間、外から歓声が聞こえてきた。
「お父さん、ずっと心配してたんよ。いつも連絡ないか、連絡ないかって言ってた」
「子供じゃないのに、ウザいったら」
「ウザいとか言わないの。お父さんにとって零ちゃんは宝物なのよ、きっと」
いつまで経っても親から見れば子供は子供なのかもしれない。
「あの寮だってお父さんが必死に考えて探したんよ?ほら、うちは富士山に近いでしょ?自分が見守れないぶん富士山に見守ってもらったらどうか、って私が言ったら一生懸命、探してね」
寮を見つけた由来の話。富士山に近い場所にいるから、富士山の見える場所で、娘を見守って貰う想い。
勇気を出して「お義母さん、ありがとう」と言った。
「きっとお義母さんが後押ししてくれたから、私が一人暮らしできたんだろうって分かってた」
香須子さんは微笑みながら頷いている。
「そしてずっとお義母さんと呼べなくて後悔していた。私、本当はお父さんを取られて拗ねてるだけなんだって。こんなに愛情を持って接してくれてるのに、何で私は心を開けないんだろうって落ち込んでた」
あっ、ヤバい。言葉も涙も止まらないやつだ。
「ごめんなさい。二人を祝福する言葉すら送れなくて、ごめんなさい。おめでとう。お義母さん、おめでとう」
そこまで云うと、あとは嗚咽で言葉にならなかった。お義母さんが抱きしめてくれた。
「でも零ちゃんと同い年で、お義母さんだと私だけ老けちゃうからダメね。先ず呼び方を変えましょう。香須子のかぁで、カーちゃん?あら、これじゃ同じだわ」
タイミングを図った様に、父が戻るとカーちゃんとの惚気け話を始めた。
お父さんは地元のピアノメーカーの専属調律師で、カーちゃんは子供の頃から天才と言われたピアニスト。祖父の代から受け継がれてきたピアノの調律が狂い、普通の調律師では直せなくなった折、お父さんが直したのがきっかけで出会った。以来、香須子さんはお父さんが調律したピアノ音に惚れて、人柄にも惚れて、18歳になった時にゴールインしたのだった。
当時、私も18歳の高校生で、家にいるのが気まずくなり、進学を機に家を出て今に至るのだった。
香須子さん、いやカーちゃんとコミュニケーションが取れるようになってホッとした。
残る課題は、丸〆猫の謎だ。
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