第48話
走り出して十分が経過しても圭ちゃんは黙ったままだった。私からの言葉を待っているのだろうと、「本決まりだ・・・・真由美と──」
チラッとだけ私の顔を見て、無言のまま目に付いた県道沿いのコンビニに車を入れ、「何か買ってきます」と圭ちゃんは足早に明かりに向かって駆け出して行く。
僅かな間に考えでも整理してるのだろうと思った。
「ちょっと迷っちゃいましたよ」
戻るなり圭ちゃんは温かいコーヒーを差し出した。
「フッ‥。寒い話だから少しは温まった方が良いだろ?」
と、苦笑を交えてそれを口にする。
「離婚・・・・ってことですよね?」
「ああ。もう判も押した」
「そう・・・ですか。ってことは前に話してた人との?」
「それがばれたってのが一番だろうな。もうずっと前から家庭内離婚みたいな状態だったんだけどさ。今回の件で真由美も踏ん切りが付いたんだろ。圭ちゃんにはもっと早く話そうと思ってたんだけどさ」
圭ちゃんは黙って首を振った。それから私は真由美の親と反りが合わないことや、慰謝料についてなど、一つ一つ独り言でも言うように暗い車内に呟いた。
「一人だけでもなんとかなれば良かったですね」
「それが絶対条件だからな。元々悪いのは俺なんだから従うしかね~だろう。裁判だなんだやったって却ってお互い惨めになるだけだしな。後を濁さずってのを真由美も選んだんじゃね~かなって」
湿っぽい話を再度するのは多少なりとも抵抗はあったが、これも話の流れの一つと割り切るしかなかった。一時間ほど車内に重い会話を漂わせたあとは、再び県道へと車を走らせ拡幅工事の済んでいない国道へとハンドルを切る。前を見る圭ちゃんが声を発したのはその数分後だった。
「島さん!?あれ!?」
と数百メートル前方を指さす。夥しい数のランプが目に入った。
「夜叉連合か!? ──」
「中島さんですよ!島さん!」
離婚の話で忘れるところだった。鈴木さんがイベントに向かうのは今夜だったのだ。
「やっぱりこのテールは良いですよね!」
アクセルをやや踏み込んで一気に後方に追いつくと、圭ちゃんはまじまじとそのトラックの後ろ姿を眺めて声に興奮を交えた。
「やっぱり高進バイパスから行くんだな!?」
「行くって?」「直にわかるよ」
あえて圭ちゃんには伝えなかった。その方が感動も驚きも半減しないで済むと思ったからだ。やがて古い街並みが途切れ、片側二車線に広がった高進バイパスが目の前に広がる。数キロにわたって信号が無い長距離ドライバーご用達の道だ。
「すっ!すげ~っ!」
右車線に出る早々、圭ちゃんは驚きの声を上げる。一台だけだと思っていたトラックが延々と続いているのだから無理もない。トラックというよりも最早大陸を横断する長距離貨物列車にも見えるだろうか。飾り込んだトラックに灯っているのはヘッドライトとテールランプとサイドマーカーだけ。それがバイパスの表示灯にも見える。
「あっ!じゃ~これって!?」
圭ちゃんも察したようだ。最後尾を走る中島さんの横に着けるよう圭ちゃんに話すと、全開にした窓から運転席に向かって手を振った。
「お~っ!!島さ~ん!!」
私達に気付いた中島さんも窓を開けて叫んだ。開いた窓から『一番星ブルース』が聴こえた。その前のトラックにも同様に手を振る。無線で聞いたのか慌てて手や顔を出して応えてくれた。あとは圭ちゃんのスイッチが入るだけだと思った時、私の心を読んだかのように一斉に電飾が光を放つ。記憶に刻まれてる光景だが、やはりこればかりは唖然となるしかない。無線の号令に合せたと思われるライトアップは私達の度肝を抜いた。
圭ちゃんにもスイッチが入る。それからはお決まりのアクセル全開だ。地上に降りた天の川。いや、それ以上の煌々とした帯は、318をまるで誘導しているようにも見える。たちまち三桁に突入する。
パ~ッ!バーーッ!ヒャン!────。
その背後を様々なホーンの音色が追いかけてくる。おかしなものだ。一度見ているのに涙が溢れて来る。その涙に含まれているのは、素直な感動かそれとも先行きの見えない現実か、私はただ涙を止めることもせずに手を振り続けた。
先頭の鈴木さんのトラックが見えた時、その鼻先と揃えるべくアルピンホワイトは一気に急制動を掛ける。フルブレーキの合間にアクセルを煽って、素早くギアを落として行く。
シートベルトが身体に食い込むようだった。
ピタリとノーズの先が合った時、鈴木さんはマイクを握った。
“そこの白のBMW!スピード違反です。ただちに左に寄って止まりなさい”
拡声器のスピーカーから聞こえるのは別人とも思える声だ。私と圭ちゃんは笑いながら何度も頭を下げた。
“無線聞かせてやりて~よ!みんな最高だって大笑いだぜ!”
「楽しんで来てくださいよ~!」
親指を立て大声で鈴木さんにエールを送ると、鈴木さんも親指を立てた。そして、無線のマイクに何か言ったのか、煌々と灯っていた無数の電飾が一斉に闇へと包まれる。まるで大型のショッピングモールが停電したかのようだ。
しばしハザードを灯して鈴木さんの前を走っていた私達は、バイパスから左へ降りたところに車を止め、次々と通り過ぎて行くトラックの列に手を振り続けた。
興奮も冷めやらぬといった調子で、圭ちゃんが話しかけて来たのは車内で肩を寄せ合った直後だった。
「圧巻でしたね~島さん!」
「もう、すげ~の超えてるだろ」と私は目の辺りを拭った。
「あれ?島さん、泣いてるんですか!?」
「風が目にって言いたいところだけど、感動だろうな?やっぱり」
「実は俺もちょっと来ちゃいましたよ」横を見ると圭ちゃんの目もキラキラ光っていた。
「良いパフォーマンスだったよ。お蔭で次の車はBMで決まりだよ!」
驚いたように圭ちゃんはキラキラした目をこちらに向ける。
「前に言ってた狙いってのはこれだろ?」
圭ちゃんは笑いながら顔を何度か横に振った。すべてがばれた。そんな笑いだった。
「出す時には言ってくれ。圭ちゃんの言い値で買い取るからさ」
私はそう言って親指をグイと立てた。
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