第38話

 翌日の朝、開店を待っていたかのように一台の大型トラックが敷地へと入ってくる。


 ドッ!ドッ!ドッ!・・・・。


 地響きを伴って現れたのは全日本夜叉連合の鈴木さんだった。


「いよーっ!島さん!圭ちゃん!」


 軽々しく大型のキャビンから降り立つと、張りのある声と共に頬を緩ませる。キャビンが低く見えるのは、二メートル近い身長と元格闘家のがっしりした身体のせいだろう。


「珍しいですね。こんな朝に来るなんて」

「ハハ・・・。俺も来るつもりじゃなかったんだけどな~」


 と鈴木さんは予定外のことだと苦笑を浮かべる。


「何かあったんですか?」

 圭ちゃんの問いかけに鈴木さんはトラックを指さして、


「あったなんてもんじゃねーよ。向こうへ回って見てくれよ!」

 と二人をトラックの反対側に案内した。


「あっ!?」


 思わず圭ちゃんと揃って声を上げる。


「やられちまったよ!」


 夜間に車幅を示すサイドマーカーと呼ばれるランプがごっそりと無くなっているのだ。数にすると二十個近いだろうか。


「いつですか?」

「はっきりした時間はわかんねーけど、夜中に出ようとしたら片側だけ暗くってさ──」


 そう言いながら鈴木さんはピットの中に止めたトラックに目を向ける。


「こんなんじゃ走るのもこっ恥ずかしいんで来たんだけど、一台入ってるからちょっと無理かな~?」

「大丈夫ですよ!あれは夕方まで預かってるやつですから──」


 私はすぐにピットに向かってトラックを邪魔にならない場所に移動すると、待っていたように鈴木さんがトラックをバックでピットに入れる。


 既に圭ちゃんから話が伝わったのか、浅利がダンボールを抱えて小走りに向かってくる。この辺りの連携には鈴木さんも目を見開いた。


「手際が良いってのか、呆気に取られんな~!だけど同じやつがあって良かったよ」

「なに言ってるんですか!このマーカーは夜叉連合ご用達じゃないですか、ちゃんと在庫は確保させてますって!」


 トラックの横を覗き込むようにして圭ちゃんが答える。


「掛かりそうかい?」

「いや、この分だと午前中であがるでしょ!ステーも残ってるし──」


 夕方から積み込みだからと鈴木さんも一安心した表情を見せるが、今度は別の感情が湧き上って来たのだろう。


「しっかし、どこの野郎だ。こんな悪さしやがって。見つけたら半殺しだぞ!」

「鈴木さんが半殺しって、下手すると半じゃ済まなくなるんじゃないですか!?」


 圭ちゃんは手を動かしながら笑った。


「大丈夫だよ圭ちゃん。ちゃんとさじ加減はわかってるから!」


 鈴木さんは何でもないように笑い飛ばした。


「だけど、イベントの前の日じゃなくて助かったな~」


 作業を横目に鈴木さんが安堵の声を漏らす。それでも表情にはまだどこか陰りがあるようにも感じられた。あまり触れてはならない。そんな気配を察したため私はあえて尋ねることはせず作業を続けた。


 やがて鈴木さんは迎えに来た奥さんの車に乗って行った。


「だけど、ステーが残ってたのは良かったですね?」

「そうだな。そこまでの工具が無かったんだろ。鈴木さんのは六角じゃなくてヘックスだからな」


 圭ちゃんの言葉に私も悪戯防止と勧めておいて良かったと思った。


「いくらか掛けた分、役に立ったってわけですかね。それにしてもとんでもない奴が居たもんですね」


 浅利はその取り付け部分を覗き込むようにして呟き、


「こういうのも同じトラック乗りの仕業なんですかね?」と続けた。

「いや、それはね~だろ。トラックを飾る人は自分で稼いで買ったってのがわかってるからな。そんなセコイ奴はいね~よ」


「だけど、盗んだ奴もある意味ラッキーでしたよね?」


「ラッキー!?」


 圭ちゃんが笑いながら話したので私は手を止めて振り返った。


「だって現場を鈴木さんに押さえられたら大変なことになってますよ」


 頭にその光景が浮かんだ私はつい吹き出してしまった。


「確かにっ!たぶん半じゃ済まね~な!」


 圭ちゃんなどは笑い過ぎて工具がまともに動かせなくなっていた。


「ダメですよ~!島さんっ!これじゃ仕事になりませんって!」


 配線なども切られていたため多少手間取ったりはしたが、約束通り作業は午前中でやり終えた。鈴木さんが現れた時には私達は外で一服していた。


「さすが島さんと圭ちゃんだ!」

 と、鈴木さんはコンビニ袋にギューギューに詰め込んだジュースを差し出した。


「ホントはビールでも買ってきてやりて~んだけどな」

「そんな気を遣ってくれなくても良かったんですよ」


「何言ってんだい。無理言っといて手ぶらで来られるわけね~だろが~!」


 豪快に笑いながらも早速とばかりにトラックに歩み寄り、その出来栄えをチェックする。


「完璧だな!これで恥ずかしい思いをせずに積み込みに行けるぜ!」


 安心して漏らした溜息にしては、ちょっとニュアンスが違うと鈴木さんの顔を見ると、


「これで問題は一つ解決したってとこか・・・・」


 と、どこか歯切れが悪い。何か言い辛いことなんだろうと口を噤むと、


「いや~、うちの会の頭にちょっと頼みごとされちまってさ」


 渋い顔をしながらもぼやくように鈴木さんは言葉を続けた。


「それが片付かね~と、イベントにも行けね~かなって・・・・」

「イベントに!?だって鈴木さん前から楽しみだって話してたじゃないですか!?」


「そうさ!なんたって四年に一度だからな。おまけに今回は文太兄貴だって来るんだぜ!」


 楽しそうな口調は、すぐに一転したのか鈴木さんは弱ったと首を振った。


「お役に立てるようだったら力貸しますから!」

「フッ!そう言ってもらえんのは有り難ぇけどな。あれもこれも頼めねーよ。おっと、こんな時間だ──」


 鈴木さんは慌ててトラックに乗り込むとマフラーから勇ましい音を響かせる。


「慌てて来たんで金は後でもいいかい?」

「鈴木さんの顔でツケときますからっ!」


「これか!」


 と、自分の頬をパシッと叩いてニヤッと笑った。圭ちゃんと私はそんなトラックが出て行くところをずっと見守った。



 一仕事終えたと無言で顔を見合わせた時、私の額に汗が薄っすらと滲み始めた。

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