第25話
──「やっぱりアサリでしたか?」
圭ちゃんの一声に私は惚けたように首を振る。もちろん口実に過ぎないのだから当然だ。
「そりゃそうでしょうね。じゃなかったらお店が大変なことになりますから」
思わず圭ちゃんは笑うが、私はまずはその口調に安心を覚えた。そして、何食わぬ顔で店外へ出ると天気を伺うようにして駐車スペースに目を向ける。
二台のBMWがそこにはあった。
(やっぱり事故は起こったんだな・・・・)
水月の怒りを増幅させてまで掛けた電話に意味がなかったと、少し前の記憶を呼び起こした。
ゆっくりとした歩調で店内に戻ると、
「その後どう?後遺症なんかは?」
「あ~事故のですか。特にこれってのは・・・・。でも、運転するのが怖いときがあるんですよ」
「怖い?」意識を失うほどの事故だ。無理もないと頷こうとすると、
「な~んてのは嘘ですけど」と圭ちゃんはにっこりと笑い、
「なんなら試してみますか?久々に?」
「浅城山か?」
圭ちゃんは無言で頷き、二台で行こうと指を二本立てた。
「同じ318だからな。離されるわけにはいかね~な」私もそう言って圭ちゃんの目を見つめた。
「お世話になりま~す」
浅利の声が聞こえたのはそんな話をしている時だった。
「どうですか島さん?あの商品の反応は?」
と、いつぞや持参したダンボールの中身について触れた。
「ちょっとあのノブ高くね~か?」
「いや、値段だけ見れば高いかもしれませんが、中の粒子は本物のダイヤモンドなんですからね」
「まぁ~確かに今まであったのと輝き方は違うようにも思えるけどさ~」
「それがトラック野郎を引き付けるんですよ。彼らは本物への拘りってのが強いですからね」
「だけど高過ぎて売れね~な。・・・・と言いつつもう三つほど売れたんだけど」
「え!?」私の言葉に浅利は目を見開いた。
「もう・・・。やっぱり凄いですよ。『アートショップK』は!」
調子の良いこと言いやがってと、圭ちゃんは浅利の声に笑いながら顔を大袈裟に振った。
キュッとタイヤの軋む音が聞こえ、視界に赤いゴルフが飛び込んで来たのは、笑い声が落ち着いた頃だった。
(まさか・・・)
私はついいつぞやの光景を頭に思い浮かべる。ドアが開いてその赤みがかった髪の女性が降りて来ても心配は消え去ることは無かった。彼女の手にある弁当らしき包みも私の不安を煽った。
「圭ちゃん。お弁当忘れてるぅ」と両手をスッと伸ばしてその包みを差し出す。
「そっか」圭ちゃんもついとばかりに照れ笑いを浮かべた。
「良いですね~!愛妻弁当ですか!」
普段のお返しとばかりに浅利は二人を冷やかした。弁当の包みは一つだけだった。
私は誰にも聞こえないように吐息をつき可愛らしい包みを眺めた。
(愛妻・・・弁当か)
様々な思いを交錯させながらぼんやり見ていると、女性らしい柄にあの頃という時間が蘇る。
────「実は・・なんて言いますか──。智美と・・結婚・・することに」
「結婚!?」
「ええ・・まぁ・・」
「まぁ~って、いつ?」
「いや・・まだ決まったのはつい最近で」
「違うって。その日取りっていうか?」
「あ~。一応来年の春辺りにと」
「春・・・・春かぁ~!!そうかぁ~決まったか!!」
私が水月と暮らし始めたこの春、圭ちゃんと智ちゃんは予定通りに結婚した。私の一件があったからか、少し先延ばしにしようかと圭ちゃんは思ったらしいが、私はそれを強く否定して当初の予定通りに事を運ばせた。もちろん、私も出席して祝辞を述べた。
華やかな披露宴に抵抗を感じていた圭ちゃんに寄り添ったのは、派手にやりたいと望んでいた智ちゃんだった。地味でもなく派手でもなく互いに歩み寄った良い挙式だった。
──「圭ちゃんのぉ~好きなぁピーマン入れといたからぁ~」
「ピ、ピーマン入れんなって言っただろっ!」
「もぉ、文句言うんだったらぁ夕ご飯も作ってあげないんだからぁ」
二人のやり取りは見ている側の表情を緩ませる。所謂幸せのお裾分けってやつだと私と浅利は顔を見合わせてニンマリした。
店の前の通りから舞い込む風はすっかり冬を感じさせ、何もしていないと肌寒いほどだが、圭ちゃん、そして智ちゃんの二人から発せられる熱は、僅かばかりであっても身体を温めてくれる気がした。何よりここにいる人達の変わらぬ姿が私に安心を与えてくれるのだった。
あとは水月か・・・。
呼び慣れたはずの名前が、今は重く感じて仕方が無い。もし、あのファミレスのままの水月だったらと思うと真っ直ぐ帰ろうかどうかも迷うほどだ。もしかしたらあれ以上なんてこともあるのだろうか。
「そういえばぁ~水月さんのぉ機嫌ってぇ、直ったんですかぁ~?」
「智美みたいに簡単じゃないのっ!」
智ちゃんの声にいち早くツッコミを入れたものの、圭ちゃんも智ちゃん同様に心配してくれているのがひしひしと伝わって来る。
「フッ・・・。帰ってからのお楽しみってところかな」
その場を繕おうと笑ってはみたが、実のところこれが正直な感想だった。
「俺も結婚しようかな~~?」
舌足らずな声に刺激されたかに浅利は羨ましそうな声を上げる。
「え!?シジミちゃん相手いんの?」
「ハハ‥。まずはやっぱりそこからですかね。でもこう可愛らしい奥さん見るとついそう思っちゃいますよね」
「もぉ~!明日っからぁ~シジミさんのお弁当も作っちゃおうかなぁ~」
飛び交う会話はどこまでが本当でどこまでが冗談なのか。とにかく微笑ましかった。
「そうだ智美。今夜はちょっと島さんと出掛けるから」
「良いよぉ~別にぃ~。私もちょうどぉ~友達のところ行こうと思ってたからぁ~」
新婚当初はさすがに圭ちゃんを連れ出すことに躊躇いを感じたりもしたが、長年付き合った上に結婚して半年も過ぎると、すっかり関係は以前のように戻って行った。
「って言っても島さん!?水月さんの方は?」
「一応、連絡は入れておくけどな」
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