第19話
また変えなければならない・・・・・。
そう思ってもネコのロボットは生憎いないし、自分の都合で行き来は出来ない。
翌朝、身支度を済ませると言葉だけの挨拶を交わして車に乗った。頭の重さは既に消え失せていたが、心の重さだけは昨夜のままだった。
「おはようございます」
昨日と同じように声を発した圭ちゃんは、多少気にしていたのか水月の具合を尋ねてきた。
「まぁ、だいぶ良いんだけどさ。ちょっと機嫌が悪くってな」
「まだ本調子じゃないからでしょう。それとも、もしかして!?」
と、何やら病名でも呟くのかと思えば、
「他の理由なんじゃないですか?」
「他の?」
「そう、ちょっとご無沙汰とか?」とニヤニヤする。
「そうなんかな~」と惚けては見たものの、正直に話したところでややこしくなるだけだ。
「いざって時に在庫切れじゃ困りますから、確認しておいてくださいよ」
まるで店の商品の話でもしているように圭ちゃんは力強い口調で言って親指を立てた。
「フッ・・・そうだな」
とりあえず笑った後で車のグローブボックスに仕舞い込んだ小箱を思い浮かべた。
(在庫ね・・・)
浅利が店にやって来たのは三時頃だった。一般の会社となれば休憩時間にあたるのだろうが、当店では特に休憩は設けていない。臨機応変がモットー。つまりは時間の使い方は個々で判断するわけだ。それが圭ちゃんへの信頼の証でもある。
「おっ!今日は随分のんびりなんじゃないの?」
挨拶代りの圭ちゃんの言葉に、
「ちょっと午前中本社に行ってたものですから」
やや疲れた表情はそれかとカウンターの椅子に腰かけたまま私は片方の眉を上げる。
「って言っても講習みたいなものなんですけどね」それを業績云々で絞られて来たのではないと、すぐさま浅利は言葉を続けた。
「講習?」カウンターの反対の席、普段は御客が座る椅子に腰かけた圭ちゃんが首をやや傾げる。
「うちの会社には知ってるようにいろんな部門があって、その中のトラック部門ってのが、伸び悩んでるんですよね。恐らく改造に対する風当たりってのが前よりも強くなったせいなんじゃないかって思うんですけど」
「確かにうちも右肩上がりじゃねぇな~」私はボソッと呟く。
「いや、でも島田さんところなんか数字が出てる方ですよ」
「ま、うちには優秀な社員と心強い営業が居ますから」誇らしげに圭ちゃんと浅利の顔を交互に眺めると、すぐに圭ちゃんは腰を上げる。
「もう~島さん。喉が渇いたんなら言ってくださいよ~」緊急の仕事のように圭ちゃんが奥へと走り出す。浅利はそれを見て自分も行くべきかといった素振りをみせる。
「そこで今後のことも見据えて自動車部品なんかも取り扱ったらどうかって、ちょっと思ったりもしたんですが‥‥」あまりいい考えではないのか説得力は今一つだ。
「車のパーツなんかそれこそ大型のチェーン店にいっぱい置いてあるだろ。うちみたいな店じゃ競争にならないって」
「じゃ~いっそのこと二人ともBМ乗ってるんですから外車のパーツなんかは」
「外車?フォワードの後、メルセデス入りますってのも変だろ」呆れたように私は笑った。
浅利も言われてみればと納得したように苦笑する。
「なに?外車?」奥から言葉に釣られたように圭ちゃんがジュースを持って現れた。
「シジミちゃんも外車にするって。それもドイツ車だと!」
「そんな話は一言も言ってませんって」手をひらひらさせて浅利は笑った。
その言葉に私は先程圭ちゃんと交えた話を思い出し、
「どう?今夜飯行こうって話してたんだけど、一緒にどうだ?」
「飯ですか。良いですね~。あ、でも今月ちょっときついんですよ」
「誘っておいて割り勘はねぇよな~。な~社長!」と目を移すと、プッと圭ちゃんは吹き出した。
「また、こういう時はすぐ俺が社長なんですから」
「でも大丈夫。今日は俺が会長だから」私はそう言ってポンと胸を叩いた。
「で、何処へ行くんです?」安心したように浅利は声のトーンを上げる。
「いつものところだよ」と、両方の眉を上げる。圭ちゃんも同じようにして浅利を見た。
「ってことは・・・あそこですよね?」
「わかったらしいぞ圭ちゃん。じゃ現地集合ってことにするか」
「そうしますか」相槌をいれる圭ちゃんに浅利は一人取り残されたような顔で、
「あそこって・・・あそこですよね」確認を込めて訊き返してくる。そして、
「『ナポリ』ですよね?」と恐る恐る店名を口に出すと、
「ブ~~~ッ!」拳を口に当てて圭ちゃんが間髪入れずに音を出す。これは予想外だと、
「どこなんですか~?」浅利は声を張り上げる。
「ペペロン」
「ペペ‥!?ペペロンってどこなんですか~?」何食わぬ顔で呟く圭ちゃんに、浅利は聞いたことがないと焦りの混じった声をだせば、当の圭ちゃんも、
「俺も知らね~っ」と言って笑う。すかさず「『ペンペン草』だよ」私がフォローするかのように店名を告げると浅利も安心したのか、してやられたとばかりに目を細める。こんな他愛も無いやり取りが一番の気休めなのだと思った。
「でも島さん良いんですか?週末ならまだしも週の半ばで飯食べに行ったりしちゃって。水月さんの機嫌が余計悪くなるんじゃないですか?」
「いや、こういう時はちょっと顔合せない方が良いんだよ」
何食わぬ顔で答えたが、それは紛れもなく本音だ。実際この辺りで一息入れたいと思っていたのだ。
──カラ~ン♪カラン♪・・・・。
やや高層ともいえる建物の一階部分の扉を潜り抜けると、コック姿の男性が奥で忙しそうに動きながら、こちらを向いて軽く会釈する。それを見て圭ちゃんは軽く手を挙げ、私はお久しぶりと頭を下げる。
この『ペンペン草』は圭ちゃんの友達が経営してるレストランで、以前二度だけ訪れたことがあった。夕食時とあって店内は客で賑わっていた。それでも六つほどあるテーブルの一つがポツンと空いていて、予め連絡でもしたのだろう。テーブルの上には予約席の札が置かれている。
「根回しが良いな圭ちゃん」と私たちは案内されるままテーブル席に腰を下ろす。浅利は今回が二度目だが、新鮮さは変わらぬようで店内をキョロキョロと見回している。
「シェフが友達なんでしたよね?」運ばれてきた水を一口飲んだあとで、メニューに目を落とす。
「島さんは、例のやつですか?」
圭ちゃんの一声にメニューを見ていた浅利が反応を示す。あれこれ迷うのが面倒になったのだろう。
「フッ・・・ありゃ美味かった。たぶん今まで食った中で三本に入るんじゃねーかな」私のしみじみとした口調に興味をそそられたのか、
「じゃ、俺もそれにしますよ」と浅利は指を二本立てた。
「共食いか~」手渡されたメニューを見ながら圭ちゃんがボソッと呟いたので、なるほど上手いこというなとニヤリする私に浅利は理由を尋ねた。
「ボンゴレだよ。ボンゴレ」
「ボンゴ・・・あ~」合点がいったと大きく出掛かった声を慌てて潜めるようにして笑った。
アルバイトらしき女の子に注文を伝えると、いつものような雑談がテーブルの上を飛び交い始める。これもいわば毎度のことだと、私はすぐ近くの窓ガラスに目を移す。確かこの店だった。いつの日か恵理香を連れて圭ちゃん達とダブルデートをしようと話したことがある。今では淡い記憶だと思った瞬間、私はハッと目を見開いた。
窓の外に恵理香が・・・。
「どうしたんですか?島さん」
圭ちゃんの声に何でもないと答えてから、悟られぬよう視線を横に移した。どうやら少し空いた奥のテーブルの女性が窓に映り込んでいたようだと苦笑を漏らす。恐らく圭ちゃんには違って取れたのだろう。
「水月さんには連絡入れたんですか?」
「ああ」そう気の無い声を出すと、
「怒ってませんでした?」「いや」と答えてから、
「ふ~ん。ってただそれだけ」その一言に三人ともしばし無言になったが、何か思いついたように、
「智美もいつそうなるかわかんないから、今週末あたりに飯でも連れて行って点数でも稼いでおくかな」と圭ちゃんはさばさばした口調で言った。
(点数・・・・・か)
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