第4話
「でも須藤はしばらくここにいるって言ってたよな?」
「あ、その話も実はあるんすよ。黙っててくださいっすよ」
「おっ!なんだかスゴイ話聞けそうだぜ圭ちゃん」
圭ちゃんは何も言わなかったが、いつも以上に目を見開いて笑っている。
「怖いんすよ。その栗原さんの顔がっ」
とメガネの真ん中を指先でちょっと上げる。
「ま~これもお約束みたいなもんだから。須藤もわかってるだろ?」
「ええ。わかっちゃいるんすけどね」と、じろっと圭ちゃんに視線を移した。
「実は今度の土曜に面接に行く予定なんすよ」
「面接!?また急な話だな」
突然な話題に私の笑みもスーッと消えていく。
「大型の求人でけっこう条件のいいところが出てて、なんか急に気持ちが動いちゃったって感じっすかね~」
「免許取りゃやっぱり乗りたくなるよな」
「そっすね。給料も求人通りなら今の倍になるんすよ」
「倍か~」と、圭ちゃんと思わず顔を見合わせた。
「須藤君なら間違いなし。絶対採用になるから」
「あれ?栗原さんがそういうなんて珍しいっすね」
すると圭ちゃんは私の顔を見るなり、
「だって島さん。それで新しいお客さんが一人増えるわけですから」と今度は須藤の顔を見る。
「おっ!それもそうだな」と私もツンツンと立たせた髪の方に目を向ける。
「いや、そりゃ無理っすよ。会社の車っすからね」
「会社の車だって小物ってのもありますよ。アクセサリーとか?」
「アクセサリーっすか?」
既にその会社の大型にでも乗ってるような表情で須藤は店内の商品に目を走らせた。
「たとえばそうね~。バンパーとか電飾付きのバイザーとかさ」
「バ・・・バンパーって小物じゃないっしょ。栗原さん」
圭ちゃんのジョークに須藤は思わず大声を出して笑った。私もつられて笑った。
「あ、そろそろ俺行ってみるっすよ」
本人も油を売り過ぎたと思ったのだろう。会社の様子が気になりだしたようだ。
「須藤君。手ぶらで帰っちゃそれこそ怒られるから」
と、圭ちゃんは近くにあったカタログを広げて記載された商品に指をさす。
「これ、とりあえず午後に作業する予定のやつだから。どう?注文で呼ばれたってことになれば怒られないで済むだろ?」
「あ、さすがっすね~!確か昨日入荷したヤツっすよ。一件近場に配達行った後で持って来るっすから」
そう言い終えるなり須藤は全速力で五十メートルほど離れた自分の会社に駆けだした。
「ったくノリが良いって言うのか。面白い奴ですね。須藤は」
「まったくだ。こっちまで楽しくなるよ」
駆けていく後ろ姿を目で追いながら圭ちゃんと私は毎度のように目を細めるのだった。
「さて、じゃ~ちょっと調べてみるか」
ピットに収まった大型を見つめ、作業に取り掛かろうかとすると、敷地の中に赤いゴルフが入って来るのが見えた。
ドアがバタンと閉められ降りてくる女性に、
「おせーよ!」と圭ちゃんが一声。
「ごめぇ~ん。ちょっと寝坊しちゃったぁ~」返すように舌足らずな声が響く。
そして、赤みがかった髪を掻き上げるようにして私の前に立った。
「あれ?智ちゃん。こんな朝早くから珍しいね。仕事は?」
キョトンとした表情の後で、
「ネイルサロン先月ぅ辞めたってぇ~島さんに言ったじゃないですかぁ~」
「そう・・・だったっけ?」
「もぉ~」と本人はいつものジョークと思ったらしい。
「それでぇ~、パートで良かったらぁ~ここで働けってぇ。島さんも教習所行ってて何かと人手不足だってぇ」
「!?」
智ちゃんの話に浮かべていた笑いが薄れていくのを感じた。
「今日・・・から?」
「ううん。ホントは明日ってことだったんだけどぉ~」
「そうなんですよ」
隣に立つ圭ちゃんが言葉を付け足した。
「せめて一日前くらいに来て、少しでも商品を覚えとけって言ったんですよ。もちろん、今日はボランティアですけどね」
「えぇ~!?ボランティア~ッ!?」
「あとで飯おごるって」と圭ちゃんは仕方ないといった顔をした。
「あ・・・そ・・・それでか」
とりあえず納得したという顔を見せながら私も作り笑いを浮かべて見せた。
「もう島さん。遠慮しないでビシビシ使ってやってくださいね。サボってたら尻をビシッと叩いちゃって構わないですから」
「え~っ!お尻叩くのぉ~?」
「それじゃセクハラになっちゃうじゃね~?」
タイトスカートに浮かぶ形の良さそうな部分をチラッとだけ見てこたえると、
「叩くんじゃなくてぇ~。島さんにだったら撫でてもらっても別にいいけどぉ~」
と、満面の笑みを浮かべた。圭ちゃんもつられて笑い、私も顔を左右に振りながら笑った。
そんな挨拶程度の会話が済んだ頃、一台の軽トラックが猛スピードでやってきて店の外に急停車した。
「もって来たっすよっ!」
「ずいぶん早いんじゃね~?」
「出前迅速っすから」と少し息を荒げて須藤は笑った。その直後、一人の見慣れぬ女性を目にしてポカンと口を開けた。
「あ~今度ここでちょっと店番してもらうことになったんだよ」と、軽く私は説明した。そして、「ちなみに圭ちゃんのこれだから」と小指を立てた後で、「さすがに伝票は後だよな?」と続ける。
「いや、ちゃんと出してもらったっすよ」
「出た?あの時間でか?またまた~」
私の問いに須藤は突然誇らしげに伝票を上に掲げてひらひらと振って見せる。
「人でも変わった?」
「なんでっすか?」キョトンとして須藤は私を見つめている。
「だってほら、ここんとこ伝票出るのが遅かっただろ。山崎さんだっけ。あの人が辞めてっからさ」
「山崎!?あ~山ちゃんならちゃんと居るっすよ」
「あれ?辞めたとか言わなかったっけ?花嫁修業で実家に帰るとかって」
「言ってないっすよ。つーか島田さん誰かから聞いたんすか?」
思わず私は口を噤んだ。
「俺が言ったって言わないでくださいっすよ。山ちゃん結婚する予定の彼氏と別れちゃったみたいなんすよ」
「別れた?」
「ええ」と須藤。
「そっか」と言って私は伝票を受けとり店のデスクの椅子に腰を下ろした。
「サインで良いっすよ!」との須藤の言葉に私はボールペンに手を伸ばす。だが、その手をしばし止めて伝票を食い入るように眺めた。いつもと違う雰囲気を感じたのか、
「高いっすか?」と須藤はすかさず伝票を覗き込んできた。
「いや・・・」と答えても尚も私は伝票に目を凝らした。もっとも私が見ていたのは値段ではなくその記載されている日付だ。無意識にボールペンを手にすると、突然、昨日の光景が目の前に広がって来るのだった。
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