第3話
自ら経営するトラック用品を販売する『アートショップK』の敷地に向けてハンドルを切ると、外で掃除をしてた圭ちゃんと目が合い、互いに軽く手を挙げる。
名前は栗原圭一。唯一の従業員でもある。
高校時代の一つ後輩で茶髪のロン毛がトレードマーク。世にいうハンサムな顔立ちの歳は三十六だったか。
今日もディッキーズのツナギだ。車を所定の場所に止めた私は車内のデジタル時計に目を向ける。
(一時間オーバーか・・・)
今朝は気分を変えて五月橋のルートを選んでみたものの、やはりあそこは渋滞の名所だと痛感した。そういえば終検の朝にも散々な思いをしたとあの朝の記憶が頭に浮かぶ。強いて良いことと言えば、南佳孝の曲をじっくりと聴けることだろうか。
ドアを開けるなり圭ちゃんが声を掛ける。
「島さん。おはようございます」
「いよっ!圭ちゃん。おはよう」
いつもと違うニュアンスにも取れたのか、やや戸惑ったような表情を見せたものの、その後は特に変わった様子も無く箒を動かし始めた。ピットのシャッターは既に開いていて、一台の大型トラックが収まっていた。
「高橋さんのか?」
その仕様から私は瞬時にお客の名前を口にした。
「そうです」とすぐに圭ちゃんも答える。
「マーカーの入れ替えだっけ?」
そう私が尋ねると、圭ちゃんは、
「いえ、先週取り付けたバンパーですよ」とトラックに目をやる。
「バンパー!?」
「ええ。なんだかいつもじゃないみたいなんですけど、ある一定の速度になるとビビるって話してました」
「ビビる?ってことはあのステーかな?」
「可能性はありますね。右と左で穴が合ってませんでしたからね」
「じゃ~ちょっとその辺一回りして確認してくるか」
無意識に呟いて車に向かい始めると、驚いたように圭ちゃんは目を見開いた。
「島さんダメですって。まだ仮免じゃないですか」
「え!?あ、そうか」咄嗟に私はそう答えていた。
「この辺だけって言っても、さすがに大型はヤバいでしょ」
「ハハ・・・。なんだかすっかり免許取った気分になってたよ」
私の言葉に圭ちゃんは何の疑いも無く目を細めた。
「それももうちょっとの辛抱ですから」
しみじみした口調で圭ちゃんは笑いながら大型トラックを眺める。とは言え、こうして圭ちゃんの顔を見ると不思議と落ち着く。安らぎのような心地良さを覚えるのだ。良き相棒とはこういうものだろう。
店内に足を踏み入れ周囲を見回す。はた目にはレイアウトの確認のようにも見えるだろうが、個人的には記憶の確認作業でもあったかもしれない。
「あれ?これってこの位置だったっけ?」
店内に戻ってきた圭ちゃんに尋ねると、何事もないかのように「ええ」という返事が返ってくる。
「気のせいだったんか・・・」
そう独り言のように呟けば、圭ちゃんは笑いながら、
「先週、島さんとここにしようって移したばかりじゃないですか」
ニヤニヤしながら商品に目を落とした。その後、まじまじと私の顔を見つめると、
「あれ!?島さん。顔色悪いですけど寝不足なんじゃないですか?」
そう言って自らの目のあたりを掌で撫でた。
「あ・・・。やっぱりわかっちゃうか。ちょっと昨夜寝付きが悪くってさ」
「もしや真由美さんと・・・。訊かない方が良いですかね?」
と圭ちゃんは意味深な笑いを浮かべた。
「そんなんじゃねぇんだよ」
口ではそう答えたものの、心中は決して穏やかなものではなく、心拍数が上昇しているのが手に取るようにわかった。その直後、さらに心拍数を上げる声が響く。
「うんちゃ~っす!」
あまりにでかい声だったので私の身体はビクッと反応した。
「うんちゃ~っす。じゃないだろ須藤君。朝ですよ。あさ!」
圭ちゃんはその声の主に呆れた視線を向ける。
「そう・・・っすよね」と、当の本人も照れ笑いを見せる。
須藤は同じ敷地内にある自動車用品等を取り扱う会社で働く、ひょろっとしてやや長身の男で歳は確か二十五か。配達の仕事を主にしていて立たせた髪にメガネがトレードマークだ。
「それに須藤君?まだ何にも注文してませんけど」
「わかってるっすよ。来たのは別の話っすから」
と、須藤は店内にいる私に目を向けた。
「俺か?」私は自分の顔を指さした。
「そうっすよ」
「なんだっけ?」
「なんだっけじゃないっすよ。島田さん終検受かったんでしょ?」
「あ~終検ね。余裕のよっちゃんだよ」
「よっちゃん?なんすかそれ?」
さすがに時代が違うのか、ピンと来ない須藤の反応に圭ちゃんはプッと吹き出した。
「須藤君。今のは標準語ですからね。って言いたいところだけど、やっぱ無理か」
と、圭ちゃんは頭をポリポリ掻く仕草をした。
「じゃ、いよいよ路上っすね」
「あ~やっと外に出られるよ」
「もう場内はいいやって感じっしょ」
「須藤の言ってたことがよ~くわかったよ」
そこですかさず圭ちゃんが、
「あれ?たまにはまともなことも言うんですね~須田君は」とツッコミを入れれば、
「もう、栗原さんには敵わないっすよ~」と須藤もおどけてみせる。
こんな呼吸がなぜか無性に心地良く感じられた。
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