第10話

「「革命部ぅ〜?」」


 晴香と美咲は顔を見合わせると、入ってきた穴に向かって歩き始めた。


「失礼しました」

「お邪魔しました! さようなら!」


「ちょちょちょ待つのじゃ! 話を聞いて欲しいのじゃ!」


 退散しようとする二人を、レーニナは事務机の上から待ったをかける。


「ワシらの部活は、外の奴らとは違うのじゃ! 無理やり入部させたりはしない!」


「それに、ワタシたち部じゃないしね。正確には同好会なんだー。ウケるw」


 果林のちゃちゃに、グヌヌと口を歪める少女。

 二人の足は止まったが、疑いはまだ残っているようだった。


「安全なんですか? この部は」


「超安心安全なのじゃ! ワシらは平等をこよなく愛する北からの使者なのじゃ」


 美咲は、大きな汗を垂らすレーニナの胸元に視線を落とす。そこには赤い星が輝いていた。


「でもその赤い星とか軍服とか、明らかに共産主義のソのつく国じゃないですか」


 美咲の指摘に、赤星姉弟とレーニナの体がピクリと跳ねる。


「そそそそ、そんなことないよ〜。ワシらはただの平等主義者だもん…………じゃ!」


「そうそう! 赤い星は私達、姉弟の苗字が赤星だからなんだぁ~。ほらっ、 ユーリもなんか言いなさいよ!」


「え!? あぁ……こ、この軍服は趣味みたいなもんだ。べ、別に変な意味は無いよ」


 明らかに動揺する三人に、美咲は目を細め疑いを強めていく。晴香はいまいちよく分かっていないのか、美咲と三人の顔を交互に見ている。


「……大粛清したりとか」


「そんなことしないのじゃ!」


「シベ○ア送りとかは?」


「……ちょっとするかも」


「ハルちゃん帰るよ」


「うん!」


「冗談じゃ! シ○リア送らない! 絶対しないのじゃ!」


 晴香の腕を引っ張って帰ろうとする美咲を、レーニナが必死の形相で止める。


「ワシら本当に人畜無害な部活なのじゃ! 気に入らなかったら遠慮なく帰っていい! じゃが話だけ、話だけは聞いて欲しいのじゃ!」


 目を潤ませたレーニナの懇願に、さすがの美咲も折れた。


「そういうことなら一応は信用しますけど……。もしアタシ達に何かしようとしたら、うちのハルちゃんが黙ってませんからね」


「うん! 一日中喋りまくってやるぞ!」


「ハルちゃん、そういう意味での"黙ってない"じゃないよ」


「……まぁ、立ち話もなんじゃ。遠慮なくそこのコタツに足突っ込んでいいぞ」


 レーニナに言われ、躊躇いがちに二人はコタツに並んで座った。春に入るコタツほど抵抗のあるものはない。レーニナも事務机から降り、椅子に腰を下ろした。


「共産主義と関係ないことは分かりましたけど、革命部って具体的何をするんですか? 正直、全くイメージ湧きません」


 切り込むような美咲の質問に、よくぞ聞いてくれたとレーニナは頬を緩ませた。


「我が部、革命部とは! あの邪智暴君の生徒会長を打倒し、この袋叩木高に平和と平等を取り戻す! それが目的なのじゃ!」


「かといって何かするわけでもなく。秘密基地でだべってるだけなんだけどねぇ~」


「グヌヌ!」


「……俺、お茶出しますね」


 果林を睨みつけるレーニナを他所に、茶を出すために悠里が立ち上がり、理科戸棚へ向かう。

 いまいち歩調の合ってない三人。


「その生徒会長がこの学校をおかしくしているんですか?」


 美咲の再びの質問に、晴香はハッとし同調してきた。


「そうそう! 学校がおかしいんです! 元々タタカブ禁止のはずなのにみんな普通にタタカブしてて……、校則違反じゃないんですか!?」


「ん? タタカブ禁止の校則は元々ないぞ」


「「え!?」」


 レーニナがあっけらかんと答えた。驚愕する二人の前に紙コップが並べられ、ペットボトルからお茶が注がれる。


「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 悠里に感謝する二人。

 Swit○hのボタンを弾きながら、果林がレーニナの言葉を補足する。


「タタカブ禁止とかって出来ないいんだよねぇ〜。TKJP法を否定することになるから、ドローンが黙ってないんだよぉ。あっ、ユーリ? ワタシもお茶」


 ペットボトルを置き座ろうと腰を屈めた悠里は、ダルそうにため息をつくと立ち上がり、また紙コップを取りに理科戸棚へ向かう。


「校則としてはなかったんじゃが、校長が暗黙のルールとして定めてたのじゃ。なるべくタタカブは避け、話し合いで解決しよう。お互いの話を聞き妥協点を探そう。こんな感じじゃ」


 果林の目の前に紙コップが置かれ、悠里はそれにお茶を注いでいく。


「意外と上手くいってたんだよねぇ。タタカブが絶対に起きないわけじゃないけど、数は少なかったねぇ」


「あの頃は平和で良かったのじゃ……。けど去年の生徒会総選挙に奴が出てきてなぁ……」


「奴っていうのは、現生徒会長ですか?」


「そうじゃ……。あっ、ユーリ君? ワシもお茶飲みたい」


 座ろうと腰を屈めた悠里は、めちゃくちゃダルそうにため息をつくと、紙コップを取りにまた立ち上がる。


「今でも思い出すわぁ。総選挙の候補者挨拶に奴が出てきてねぇ。全校生徒の前で御機嫌な自己紹介をかましてきたのよ」


 果林はそう言い、お茶を啜る。美咲もそれに釣られるように、冷たいお茶を遠慮がちに啜る。


「どんなこと言ったんですか? その人」


 小首を傾げる晴香に、レーニナが答える。


「『ドーモ、必勝之帝オルクスデウスです。1ヶ月ください。この学校を自分の所有物にします』って言い切ったのじゃ」


「ブーーーーッ!」


 口に含んだお茶を、勢いよくコップの中に吹き戻す美咲。


「げっほげっほ!」


「ちょっと大丈夫ぅ?」


「大丈夫? ミーちゃん!」


「だ、大丈夫。大丈夫です」


 口ではそう言っているが、美咲の瞳には動揺の色が隠せていなかった。

 晴香が優しい手のひらで、美咲の背中をさする。


「本当に大丈夫?」


「全然……大丈夫だから。そんなことより話聞かなくていいの?」


 晴香は静かに頷くと、事務机を見上げる。

 そこではちょうど、悠里が紙コップにお茶を傾けているところだった。


「それでそのオクラ……デス?ってすごい名前ですね。海外の人なんですか?」


 レーニナは、表面張力ギリギリまで入れられたお茶を大事そうに両手で包む。


「本名じゃないぞ。異名ってやつじゃよ」


 そう言ったあと、レーニナは喉を鳴らしてお茶をがぶ飲みする。


「聞いたことない? "滅多内めったうち小学校の黙示録"って。その事件の主犯がその"帝"って人と言われてるの」


 果林の言葉に、晴香は首を横に振る。


「"黙示録"? 聞いたことないです!」


「へぇ〜、めずらし」


 果林は意外そうに眉を上げ、視線を光る画面に戻した。

 飲み終え、空っぽになったコップを叩きつけると、レーニナが口を開く。


「都市伝説じゃよ。ここから二駅離れた滅多内小学校を小学生だった"帝"が支配していたという噂じゃ」


 レーニナは、お茶のペットボトルを小さい両手で掴むと、空のコップに注いでいく。


「めちゃくちゃに強くて、全校生徒と先生達を奴隷にしまくったらしいのじゃ。その支配たるや、呼吸するのにも彼の許可が必要だった言われるほどじゃ」


「そんで、二年間悪行の限りを尽くしたあと、忽然と姿を消したらしくて、残ったのは壊れた生徒と先生達……。いや〜! 怖いねぇ!」


「自殺者もいたらしい」


 ボソリと言いながら、悠里はようやく腰を下ろした。

 目を伏せる美咲の横で、晴香はワナワナと怒りに震え出す。そして手のひらをコタツに叩きつけた。


「そんなこと絶対に許されていいことじゃない! そんな……そんな」


 晴香の顔が硬直し、言葉に詰まっていく。

 レーニナはちびちびとお茶を飲みながら、言葉を並べる。


「そんなやべー奴がこの学校にきたんじゃ。最初は偽物かイタズラかと思ったんじゃが……」


「……本物だった?」


「うーん、断定は出来ないのじゃが、強さは本物じゃった」


 レーニナは昔を思い出すように目を瞑る。


「先生は全員奴隷に、奴に挑んだ生徒はタタカブでボコボコにされた後、退学……。

 晴れて奴が生徒会長に就任。そして校則の制定や作成の全権を奴が手に入れたのじゃ」


「しかも、二週間でね」


 そう言い果林は顔の前で二本指を立てた。

 この学校はもう、とんでもない所まで来てしまったのかもしれない。

 言い知れぬ恐怖が、背中に這い寄るのを二人は感じた。

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