第8話

 体育館の外に出る美咲と晴香。

 内履きが汚れることも気にせず、駆け出していく。

 晴香が心配そうに聞いてくる。


「これからどうする?」


「ハルちゃんはこのまま家まで逃げな! 歩いて帰れる距離でしょ?」


「うん……、でもミーちゃんは?」


「アタシは教室まで鞄を取りに行かないと。Suicaがなきゃ電車で家まで帰れないよ」


 体育館の外縁をぐるりと回り、本校舎へ続く渡り廊下へ向かう。

 久しぶりに走ったせいか、美咲は早くも息が切れ始めていた。

 少し前を走る晴香が振り返る。


「私も教室まで行くよ!」


「はぁ……はぁ……なんで?」


「ミーちゃんが心配だし……それにみんなのことも助けないと!」


 そう言う晴香の瞳は、正義感に震えていた。

 渡り廊下に入り、旧校舎をくぐり始めた辺りで、美咲は走るのを止める。

 膝に手をつき、肩で息する彼女とは対照的に、晴香は汗ひとつかいていない。


「はぁ……どうやって……助けるの?」


 美咲の質問に、晴香の目が泳ぎだす。


「えっと……先生呼ぶとか」


「ふぅ……先生じゃあの人数は止められないでしょ」


 そもそも止めるために先生達が動いてくれとも思えない。

 息を整えた美咲は、上体を起こし腰に手を当てた。


「変身しないの? セイギマンなら多少は救えるかもよ」


 変身という言葉に目を丸くする晴香。

 しかしすぐ、その言葉を否定するように、大きく首を振った。首の後ろのポニーテールが大袈裟にはね回る。


「それはダメだよ! タタカブするってことでしょ? それじゃあ校則違反になっちゃう!」


 晴香の頑固さに、美咲は思わずため息を漏らす。


「ハルちゃんはさ、正義を貫きたいの? それともルールを守りたいの?」


「……え?」


 美咲の問いかけに、晴香は困惑し眉根を寄せる。


「そんなの同じことだよ! 正義を貫くこともルールを守ることも!」


「……アタシはそうは思わないな。正義はもっと自由なものだと思う」


「自由な正義なんて、ただのワガママだよ!」


「正義なんて大体そんなもんでしょ」


 晴香は不満そうに頬をパンパンに膨らませる。

 色々言いたいことはあるが、ここでそれを論議しても仕方がないだろう。


「……とりあえずハルちゃんは帰りなよ。アタシは別に大丈夫だか──」


 話しの途中、美咲は晴香の後ろの、本校舎へ続く渡り廊下へ無意識に視線を流した。

 渡り廊下の方に人影が見えたからだ。それは剣道着身にまとった集団。明らかに剣道部だった。

 向こうもこちらに気がついたのか、竹刀の代わりにハリセンを構え、すり足で寄ってくる。


「げっ!」


「わわっ! ケンドー部だ!」


 二人は慌てて来た道を戻ろうと振り返る。

 がそこにも、道を塞ぐ者たちがいた。


「バスケはいいよぉ」


「「ヒェッ!」」


 女子バスケ部だ。逃げた美咲達を追いかけてきたのだろう。剣道部に追いつかれれば、綺麗な挟み撃ちにされる。

 本校舎への道も塞がれ、体育館へも戻れない。残る道は一つだけだった。


「旧校舎! 旧校舎に入ろう!」


「うん!」


 背後からのプレッシャーを感じながら、美咲と晴香は、普段全く使用することのない旧校舎へと足を踏み入れる。

 二人は無人の廊下を全力疾走で駆け抜けていく。


「ミーちゃん、どうする?!」


「このまま真っ直ぐ進めば階段があるはず! そこから登ってどこかの教室に隠れよう!」


 ここ旧校舎の作りは、細長い長方形が三階積み上がっただけのシンプルなもの。しかし同時に不便な作りでもあった。

 出入口は渡り廊下のみ。階段は一つしかなく、そこに辿り着くには、旧校舎の長い廊下の端まで行く必要があった。

 その階段に向かい、二人はいくつものがらんどうな教室の横を突っ切る。

 なんとか到着した階段を、大股で駆け上がった。

 二階を越え、三階に転がり込むと、階段横にあった教室に急いで入る。


「ハルちゃん! 前の鍵閉めて!アタシ後ろ閉めるから!」


「了解!」


 教室の前後に取り付けられたスライドドアの内鍵を、手分けして閉めていく。

 ひとまずの安心に、安堵の息を漏らす二人。

 早くも息を整えた晴香が口を開いた。


「これからどうする? このまま隠れててもいつかは……」


 晴香言う通りだった。このまま隠れていても虱潰しに探されれば、いつか見つかる。逃げようにも階段は一つしかなく、そこも抑えられているだろう。

 解決案を探すべく、美咲は教室を見渡す。

 複数人が使う大きな机が、六つ程並べられていて、教室の後ろには引き戸の付いた大きめのロッカーが幾つか置かれているれている。


「ロッカーに隠れられないかな? しゃがめば入れかも」


 美咲の案に、晴香は頷く。


「確かに……でもすぐバレちゃいそう」


「まぁそうかもだけど、ただ突っ立ってるよりかはマシでしょ」


「そうだね」


 二人はロッカーへ近づき、美咲が開けようと手を伸ばした。

 ──次の瞬間、引き戸はガラガラと音を立て、独りでに内側を晒す。


「ヒッ!」

「わわっ!」


 勝手にロッカーが開くという怪奇現象に、二人の体がピクリと跳ねる。

 恐る恐る中を覗くと、そこには軍服を着た女の子がいた。


「全く……、騒がしすぎじゃろ、 ドタドタバタバタ! これじゃから資本主義の豚どもは……」


 そう文句を垂らす女の子は、白く染まった短い髪を揺らしながら、ロッカーから這い出てくる。

 異様な光景に後ずさる美咲と晴香を、女の子の青い瞳が見上げた。


「ん? 誰だねキミ達は?」


 そう言い、立ち上がる女の子。背丈は小学生程しかなく、その胸元には赤い星のバッジが煌めいていた。

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