第6話

 五限目の終了を知らせるチャイムが響く。

 結局この時間も生徒同士のタタカブが起こり、ろくに授業が行われなかった。

 美咲の求める平穏とは程遠い毎日。

 本当に嫌になる。

 そんなことを考えながら、凝った身体を伸びでほぐしていると、晴香が近づいてきた。


「ミーちゃん、早く体育館に行こ~」


「そうだね早めに行こう。絶ッ対入口が混むよ。ジュース賭けてもいい」


 全校生徒が千人を超える学校だ。体育館が広いとはいえ、入口は狭いので、そこで詰まってしまうのだ。

 先週の全校生徒集会で嫌という程思い知った。

 しかし美咲の賭けに、晴香は首を振る。


「混むのもそうだけど、そっちじゃなくて……ほら、先輩に話し聞こうって、ミーちゃん言ってたじゃん」


 晴香の言葉で美咲は思い出す。

 昼食の時、この学校の異変の原因を知るために、先輩から話を聞くべきだと、晴香に提案していたのだ。

 そのために体育館へ早めに行くことで、部活動紹介の準備をしているであろう先輩の誰かしらから、話を聞けるのではないかと。


「そうだった、そうだった」


「ほらミーちゃん急いで急いで! 善は急げだよ!」


 まだ多くの生徒がダラダラとしている教室に背を向け、美咲と晴香は体育館へ向かうのだった。




 嫌な予感がする。

 美咲は、校舎と体育館を繋ぐ長い渡り廊下を歩きながら、言葉にできない悪寒を感じていた。

 その隣をルンルンと大手を振って歩く晴香。


「先輩から話し聞かなきゃだけど、部活動紹介も楽しみだなぁ!」


 呑気な晴香を見て、美咲は軽い笑みをこぼす。


「ふふっ、そんなに部活紹介が楽しみ?」


「うん、楽しみ! だってスゴい数の部活があるんだよ。確かねぇ……えっとねぇ」


「……文化部、運動部合わせて105ですよ」


 突然、二人の会話に男の声が混ざる。

 振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。


「あれ? 吉岡じゃん」


 美咲に呼ばれ、吉岡は軽く会釈し、メガネを中指で押し上げる。


「どうも上運天さん……それと境澤さん」


 苗字を呼ばれた晴香は、不思議そうな顔を美咲に向けた。吉岡のことを、いまいち知らないようだ。


「ほら、今朝リーゼントの人に絡まれてた人だよ」


 美咲が説明してやると、思い出したのか、晴香は表情を崩して頷く。


「あぁ! 全裸全剃りの人だ!」


「なんか嫌だなぁ、その覚えられ方」


 不快そうに眉間に皺を寄せる吉岡に、美咲は疑問をぶつける。


「というか、いつの間に学校来てたの?」


「二限の前には来てたんですけど……気が付きませんでした?」


「……いや、気づかなかった」


「まぁ……そういうことです」


 遅刻してイジられるならまだしも、そもそも存在を認知してもらえていないらしい。この調子だと友達もいないのだろう。


「ふふっ……、ドンマイw」


「今の話のどこに笑う要素ありました?」


 晴香は吉岡の肩に手を置くと、逆の手で親指を立てた。


「明日はイイことあるよ!」


「無責任な励ましありがとうございます」


 こうして三人組は、和気あいあいと渡り廊下を進んでいく。

 本校舎と体育館の間には古びた旧校舎があり、旧校舎を貫くように、渡り廊下は本校舎と体育館を繋いでいる。

 美咲達は旧校舎をくぐり、少し歩くと目的地に辿り着いた。

 大きい引き戸を開き中に入る。そこには無人のだだっ広い空間が、大口を開けていた。


「わ~~! ひろーい! ビューーン!」


 晴香は両手を広げ、無邪気に走り回る。

 対照的に美咲の表情は、あまり明るくなかった。周りを不審そうに見回している。


「誰もいませんね」


 美咲の心を代弁するように吉岡が言う。


「そうだね……。準備をしてる先輩が一人や二人いてもいいはずなんだけど」


 そういえば、ここに来るまで誰も見かけず、すれ違いもしなかった。それどころか本校舎内ですら先輩方の姿を見なかった。嫌な予感が膨らむ。しかし確証がなかった。


「先輩に何か用事があったんですか?」


「うん、まぁ、大したことじゃないんだけどね」


 吉岡の質問に対し、美咲は返答を濁す。吉岡が協力してくれるか分からない以上、下手に話して情報を広げる必要はないと思ったからだ。


「ハルちゃん! とりあえず待とうか!」


 手でメガホンを作り、遠くの壇上を走り回る晴香に伝える。彼女はそれに応えるように、両手で大きな丸を作った。




 数十分後、結局先輩は誰一人として現れなかった。

 それより先に一年生の群れがワラワラと体育館に集い、組ごとに別れ、並んでいく。

 壇上を前として、横に五クラス、縦に三クラスの隊列を作り、合計十五クラスが綺麗に体育館に収まる。

 我々一年五組はちょうど、一番前の右端に位置した。

 並び終わると、不思議と人は自然と騒ぎ出す。

 時間が経つとザワザワと話し声が五月蝿くなっていく。けれどそれを本来注意するはずの先生も、先輩も一向に来ない。

 一体何が起きているのか、思案する美咲。

 すると突然、渡り廊下と体育館を隔てる引き戸が勢いよく開かれた。

 見るとそこには、巨大な男が立っていた。

 体育館が静寂に包まれ、みなが注視する。


「あれ誰だろう? 先生かな?」


 美咲の前に並ぶ晴香が、声を細めて耳打ちしてきた。


「いや、学生服着てるから生徒だよ」


「でも顎髭生えてるよ?」


「ヒゲで全てを判断するな」


 二人がコソコソ話している間に、男は注目を気にもせず、壇上に登ると演台の前に立った。

 一段高い壇上に立つことで、その男の容姿が良く見えるようになる。

 短く濃い顎髭に、テカテカに固められたオールバック。広い肩幅に筋肉質な体。そして何より背が高い。190cm近くありそうだ。

 男は演台マイクを手に取ると、壇上の端に投げ捨てる。

 そして口を開いた。


「風紀委員、二年の金剛寺こんごうじ 強志つよしだ」


 自己紹介の後、金剛寺は大きく息を吸う。


「オレは、弱者が嫌いだ!!!」


 爆音の叫びが大気を震わせ、上部に付けられた窓ガラスがカタカタと音をたてる。

 その声を合図に、突然体育館を囲うように付けられた引き戸たちが一斉に開いた。

 野球着、バスケユニフォーム、柔道着、サッカーのユニフォーム。それぞれの部活着を来た人達がぞろぞろと入ってくる。間違いない、二年三年の先輩達だ。

 そして一年生を取り囲むように、円を作っていく。


「弱者は過剰に権利を要求するくせに、ろくな成果を出さない!!」


 金剛寺の演説の最中も、一年を囲む人数はドンドン増えていく。


「弱者は権利を貪る害虫だ!!」


 そう言い金剛寺は、大きい拳で演台を叩く。


「権利ってのは降ってくるものじゃない!! もがき! あがき! 自分の力で手に入れるものだ!!」


 金剛寺の太い指が、混乱し怯える一年生を指す。


「お前ら凡愚どもには、"部活動を自由に選ぶ権利"を賭けて、今日一日もがいてもらう!!!」


「これがオレたちの、部活動紹介(物理)だ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る