第5話
私立
各学年十五クラスを揃え、多くの生徒を迎えている。
正方形の広大な中庭を、清潔感溢れる真っ白な校舎が四角に囲うように建てられている。
さらには、二つの広いグラウンド、千人を超える生徒を楽々収容できる体育館。膨大な土地をふんだんに使って、他にも様々な施設が建てられていた。
県内屈指のマンモス校。
特徴はそれだけではなかった。
独特な校風「主張の押しつけを認めず、多様性への寛容を認める」というタタカブ文化に真っ向から反対するもので、校則で校内でのタタカブを禁止する徹底ぶり。
人から頭を叩かれず、静かで平和な学校を送りたい美咲にとって最高の学校。
──のはずだった。
「セーフ!!」
引き戸を勢いよく開け、一年五組の教室へ晴香と美咲は飛び込む。
「アウトですよ!」
教壇に立つ担任の
既に始まっているホームルーム。間に合っていなかったようだ。
「え!? 嘘ぉ!」
「ぜぇ……ホントに……はぁ……ごめん、なさい」
落胆し肩を落とす晴香の後ろで、息も絶え絶えで謝る美咲。
「遅刻の理由は?」
「え? いや……色々ありまして……」
どう説明すればいいのか分からず美咲は曖昧に言葉をぼかす。
「色々じゃわかんねぇよド貧乳! 言葉も胸も足りてねぇぜ!」
男子生徒から茶化しが飛んできた。
紙を擦るような笑いが、いくつか湧く。
コンプレックスをバッチリ刺激された美咲の鼻息が荒くなる。
(誰が貧乳だゴラァ!!)
心の内で憤慨する美咲の代わりに、先生の注意が生徒へ飛ぶ。
「
牙狼と呼ばれた生徒は、灰色のオールバックを掻きながら、口を覆うマスクの裏で「は〜い」と適当な返事をする。
先生の注意に同調するように、イケイケな女子グループからも声が上がる。
「そうだよ男子ぃ。事実を言って傷つけるのやめなよぉ」
チャラそうな女子生徒は、そう言いながら自分の豊満な胸を、見せつけるように両腕で寄せた。
クスクスと笑い声が聞こえる。
(殺す!今殺す!)
この凡愚共を薙ぎ払うべく、美咲は草薙剣(ハリセン)に手をかける。
突然、肩に手を置かれた。見ると晴香が親指を立てていた。
「大丈夫! ミーちゃんが小さいお胸でも、私は気にしないから!」
「アタシが気にするんだよなぁ……」
「理由は後で聞くから、とりあえず座りなさい」
先生に言われ、自分の席に向かう。
一番後ろのど真ん中。教室を一望できるここが、美咲の席だ。その左斜め前に晴香が腰を下ろす。
二人が座ったところでホームルームが再開する。
今日の注意事項や報告が、先生の口から告げられていく。
美咲はぼんやりとそれを聞いていた。
「今日は六時限目に部活動紹介があるから、五時限目が終わったらすぐに体育館に行って並んでいるように! 分かりましたか?」
「ハーイ!」
晴香の元気な返事だけが教室に響く。
他の生徒達はスマホいじったり、化粧したり、本読んだり、各々したいことをしていた。
「この教室には晴香さんしかいないのかな?……返事!」
先生がそこまで言ってやっと、まばらにダルそうな反応があがる。
こうしてホームルームは幕を閉じ、授業が始まるのだった。
1時限目 地理。
「はい。じゃあね、今日もね、始めていきますからね」
おじいちゃん先生が地球儀と教科書を持って教室に入ってくる。なんてことない出来事だが、一人の女子が突然騒ぎ出す。
「な、な、な、なんですかそれわぁぁああ!!」
「き、急にどうしたのかね、平塚さん。そんな絶叫して」
平塚はづかづかと先生に近づくと、地球儀を奪い取った。
「地球が丸いわけないじゃないですかぁぁああ!」
「平塚さん!?」
2時限目 英語
「Hello everyone!」
若くフレッシュな女性の新見先生の流暢な英語。この挨拶から英語は始まる。
「それじゃあみんな、教科書を開──」
ガタッ!
先生が話している最中だというのに、一人の男子生徒が勢いよく立ち上がり、教室を後にしようとする。
「ちょっと
急いで止める先生。菩武は引き戸に手をかけたまま、チラリと先生を見る。
「英語などという低IQ専用言語を習うつもりは毛頭ない! 耳が腐る」
3時限目 数学
脂ギッシュでふくよかな油木先生が教壇に立つ。
「それでは、えー、授業を始めて──」
「センセ~」
先生の話を遮るようにイケイケ女子グループの一人が手を挙げる。
「ど、どうしました? えー、ミレイさん」
頬杖をついてミレイは答える。
「センセってぇ。どぉしてそんなにキモイんですかぁ?」
4時限 古文
とても古文が担当とは思えない肉体派の敦盛先生が教壇につく。
「さぁ! 今日も授業やってくからな! じゃあ、教科──」
「先生~」
机に足を乗せた牙狼が手を挙げた。
「ん? どうした牙狼くん!」
「先生って結婚してたッスよね?」
「そうだが?」
「指輪、今日付けてないんスね」
牙狼の言う通り、先生の指に指輪が確認できない。
「あぁ……今日はつけ忘れてしまってな! ハハ!」
乾いた笑い声をだす先生。
牙狼はマスクを喉まで下げ、ティッシュで鼻をかんだ後、大きく息を吸った。
「スうぅぅぅはぁぁぁあ……香るなぁ」
「な、何してるだ?」
マスクを戻し、牙狼は話し始める。
「先生から香るんスよ。新見先生がつけてた香水と同じ匂いが」
「……さっきまで話してたらかそれが移ったのかな! ハハ!ハ……ハ……」
下手くそな作り笑いを浮かべる先生を、牙狼はじっと見つめ口を開いた。
「先生からする他の匂いも、皆に説明した方がいいスか?」
あれだけ元気だった先生の表情に陰りが差す。
「……何が目的だ」
「今日の授業は自習にしようぜ。勉強よりゲームの気分なんだわ俺」
「……今日は自習にします」
そう言って出ていく先生。
牙狼はSwit○hを鞄から取り出しながら、先生の背中に声を掛ける。
「来週もよろしく頼むぜぇ、先生!」
「今日まだ一回もまともに授業受けれてない!!」
昼食を食べるためにきた屋上に、晴香の声が木霊する。
「そういえばそうだね」
美咲は弁当を広げながらそう言った。どこか投げやりな印象を受ける。
晴香は、弁当そっちのけで喋り続ける。
「そういえばそうだよ! 1時間目は平塚さんが地球儀壊そうと暴れ回るし!」
「まさか平塚さんが地球平面説信者だったなんてね。アタシも驚いたよ」
「英語なんて一単語も習えなかったし!」
「菩武くん隠れるの上手かったよね」
「数学の油木先生は泣いちゃうし!」
「ミレイさんの暴言エグかったしね。"手足の生えた公害"とか言ってたもん」
「古文の敦盛先生は浮気してるし!」
「あれは先生が悪い」
鼻息を荒くして、立ち上がる晴香。どうやら彼女の正義が刺激され、興奮しているようだ。
「 学校は勉強する場所なのに、みんなが何かにつけて授業を妨害する! 本当に良くないよ! ミーちゃんもそう思うでしょ!?」
晴香の質問に、美咲は目を見開いた。
「そう思うに決まってるでしょうがぁ!」
「わわっ! 急に怒り出した!」
今度は美咲の鼻息が荒くなる番だった。
「袋叩木高校ならタタカブから離れたフツーの、学校生活が遅れると思ったのに!」
右手に二を左手に五を作って、晴香に見せつける。
「二十五! これなんの数字かわかる?」
「えっとぉ……新見先生の歳?」
「今日見たタタカブの回数だよ!」
教室で九回、廊下で十六回。学校全体を練り歩けば、この三倍は見れるだろう。
「タタカブ禁止のはずなのに起こりまくり、やりまくり! 先生も無関心! なんなら生徒のいいなりになってるし!」
「てことは、みんな学校のルールを無視してるってこと? 良くないよ、それは! 」
再び正義の火を灯す晴香。
このままでは良くないのだ。今は穏便に過ごせているからタタカブを吹っかけられることは少ないが、いつこちらに飛び火してくるか分からない。
「そうだ! ハルちゃんさ、セイギマンに変身して校則破ってるヤツらとっちめて回ってきてよ!」
晴香程の強さなら、ほとんどの人に勝てるだろう。
そして"学校ではタタカブをしない"という枷をつけてやれば、平穏な学校生活にグッと近くなるだろう。
しかし晴香が縦に頷くことはなかった。
「それはダメだよ!」
「なんで?」
「だってそれ、私が校則を破ることになっちゃうじゃん!」
「あっ……」
そうだったと頭を抱える美咲。晴香はこういうことにとことん潔癖だった。ルールを重んじ、ルールを破らない。悪い意味で本当に頑固だった。
「ミーちゃんは大丈夫だと思うけど……しないよね? タタカブ」
「絶対にしないよ、アタシ弱いからどうせ負けるし」
「嘘つき! 私、ミーちゃんに勝てたことないよ!」
「それはハルちゃんだけだよ」
(だってハルちゃん、表情豊かすぎなんだもんなぁ。次に出す手が丸わかりだもん)
それは晴香が
そんなことを思いながら、唐揚げを口に含む。
学校がここまでおかしくなったのには、必ず原因があるはず。
問題の根本を叩ければ、平和な学校に戻るかもしれない。そのためにはその原因を知らなければ。
幸い今日は部活動紹介がある。先輩との交流が多少はあるだろう。そこで詳しく聞ければ……。
そんなことを考える美咲を、春の日差しが照らすのだった。
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