第4話

 砕け散る理善のヘルメット。

 予想外の展開に、ドッ!と歓声が上がり、新たな熱狂がステージを飲み込んでいく。


「黒焦げたコッペパン頭をぶちのめせ!」


「女だろうと関係ねぇ!丸坊主にしちまえ!」


「天皇陛下万歳!」


「どっちが負けてもいいけど、できるだけ可哀想な目にあって欲しい」


 意味のわからない文言が飛び交う中、美咲はぼんやりと考えていた。

 今朝、母に「紙製のハリセンでは頭を割れない」と言ったが、訂正しなきゃなぁ、と。

 そんな彼女の隣では、吉岡が否定するように顔の前で手を振った。


「いやいやいや、 紙製のハリセンじゃ無理でしょ!」


「でも、現にそうなってるじゃん」


「いや、でも壊れちゃダメですよ……。仮にも安全帽という名を冠しているんだから。あれじゃもう非安全帽ですよ」


「ちなみに吉岡くん、また逃げようとしたらアンタの頭蓋がああなるからね」


「ヒェッ…」


 ほど良く吉岡を虐めたところで、美咲は渦中に目を向けた。


 ──────────


 目一杯広げた右掌で顔を覆う理善。

 表情を隠すために咄嗟にとった行動。しかし指の隙間から覗く瞳から、動揺がダダ漏れだった。


「…………不正だ」


 その言葉は、まとまらない思考で彼が出した、目の前の現象への答えだった。


「不正してやがる!このクソアマッ!間違いない、ハリセンに鉄板を仕込んでやがる!でなきゃプラスチック製のヘルメットが壊れる訳ねぇ!」


 指を突き出し、絶叫にも聞こえる大声で騒ぎ立てる。

 セイギマンは否定するように大きく首を振り、ポニーテールを揺らす。


「鉄板なんて仕込んでない。そんなことしたら、ヘルメットを壊すだけでは済まない」


「怖いこと言うな!おいジャッジ!こいつのハリセンをスキャンしろ!」


 理善はカミソリのような視線を、横で飛ぶドローンへ向ける。


『試合開始前、双方のハリセンおよびヘルメットをスキャン、解析した結果、不正の類は発見されませんでした』


「もう一度だ!」


『……チッ』


「おいこいつ舌打ちしたぞ!AIの分際で感情獲得してんじゃねぇよ!さっさとスキャンしろスキャン!」


 荒れる理善。

 見かねた子分の1人が、自分のリーゼントを撫でながら、諭すように声をかける。


「兄貴、落ち着いてください!一緒にリーゼントでも愛でてクールダウンしましょ。ね?」


「黙れやモブが!毛器官愛でてる暇があったら、俺にお前らのヘルメットよこせ!」


 理善は、要求するような手のひらを子分の前に突き出す。

 するとアラームのような警報音をドローンが鳴らし出した。


『試合前に登録したヘルメット及びハリセン以外の使用は違反行為です!違反した場合、即座に敗北扱いになります!』


「ヘルメット無しで戦えってか? クソが!」


 周囲に当たり散らす理善は、駄々をこねる子供のようだった。

 そんな彼に、セイギマンは提案する。


「負けを認めたらどうだ?」


「なんで降参なんかしなきゃなんねぇんだよ!まだ!俺は!負けてない!」


 自分のヘルメットは粉砕され、相手のヘルメットは健在。次にジャンケンで負けたなら敗北が確定する。

 ジャンケンに勝てたとしても、相手の頭を確実に叩ける訳では無い。

 勝ちの目はかなり薄い……普通の人なら。


(ヘルメットは失ったよ……でも俺にはリーゼントこれがある!)


戦艦主砲リーゼント】、彼にはこれがある。ジャンケンに勝ちリーゼント攻撃を決めさえすれば、確実にセイギマンの頭を叩ける。

 実はこの戦い、セイギマン優勢な見えて理善のヘルメットが壊れることでやっと勝敗が五分五分になる。

 先にジャンケンを制したものが勝つシンプルなゲームへとなるのだ。


(ジャンケンに勝てばいい!そうすれば俺は……勝てる!このクソアマゴリラに!)


 さっきまで恐怖で霞んでいた理善の瞳に、闘志の火が灯る。


「見せてやるよ!袋叩木高校の頭髪検査を、リーゼントで十回連続くぐり抜けてきた俺の実力と誇りプライドをよぉ!」


「望むところだ!」


 勝負が決まる……。

 緊張の高まりが伝播し、美咲を含む観衆達は独特な静寂に飲み込まれていく。

 二人が拳を構えた。


『叩いて』


「「被って!」」


「「ジャンケン!」」


「チョキ!」「パー!」


 ジャンケンを制したのは……理善だった。


「か、勝った!第三部~完~!」


 ワックスでガチガチかためられ黒光りするリーゼントが、セイギマンに狙いを定める。


「どらァ!!」


 どす黒い残像を残しながら突撃を仕掛けるリーゼント。1mにも満たない二人の距離を、コンマ数秒で詰め寄る。

 漆黒の影がセイギマンの視界を閉ざす!

 かに思えた。


「遅い!」


 そう言い、セイギマンは上体を右に傾け紙一重でリーゼントを躱す。

 主砲が空を切り、理善の体勢が前方へ崩れる。


「クソッ!」


 目の前の長机に両手つけ、何とか体勢を持ち直す。

 急いでハリセンを握り振るおうとするが、既にセイギマンの頭はヘルメットで守られていた。

 雷光のよう一瞬の攻防に歓声が上がる。

 その歓声をかき消すように理善が叫ぶ。


「よ……よぉ……避けちゃダメでしょォがぁぁああ!」


 その目は虚ろで焦点が合っていなかった。


「振り下ろされるハリセンを避けてはいけないというルールは存在するが、君のリーゼントを避けてはいけないルールはない」


 至極当たり前のことを言うセイギマン。

 あんな頭の悪そうな攻撃を、まともに受けてやる道理などないのだ。


「降参しろ」


 短く低い声で、そう告げた。

 次で決めるという強い意志が滲み出ている。


「黙って拳を握れセイギマン!」


 そう言い、理善は拳を構える。

 それはプライドから生まれた強情な意地だった。

 セイギマンも何も言わずに右手を固める。

 しばらくの凪の後、ドローンが発声する。


『叩いて』


「「被って!」」


「「ジャンケン」」


「チョキ!」「グー!」


 セイギマンの固い拳が、理善のチープな意地を砕いた。

 彼女は焦るわけでも急ぐわけでもなく、ただ淡々と勝利を噛み締めるようにハリセンを持ち上げる。


「お、俺は……負け……はぁ……俺は……」


 理善は朧気な声を出しながら、粉々になった自分のヘルメットの破片を震える手でかき集めては頭に乗せていた。

 破片は彼の頭に留まらず、ポロポロと地面に落ちていく。

 そんな彼の前で、セイギマンは弦を引かれた弓のように、反り返ってハリセンを振りかぶる。

 そして振り下ろされた。

 轟音とともに、強撃が理善の頭を捉える。

 砕けるような鈍い音を発して弾き出された彼の頭は、目の前の長机に衝突し、それを真っ二つに折りながらコンクリートに叩きつけられた。

 理善は倒れて動かなくなり、静まり返る通学路にセイギマンの声が響く。


「正義完了!」


 その声を皮切りに、興奮を湧き上がらせる観衆。

 意味の無い雄叫び達は、次第にセイギマンコールに変化していく。

 セイギマンはそれに応えるように拳を突き上げると、自分の叫ぶ人々をバク宙で飛び越え路地裏に消えていった。




「いやーまさか勝っちゃうなんて……というか身体能力イカれてますね。僕達の頭の上を回転しながら飛び越えて行きましたよ」


 そう言いながら、吉岡は額の汗を拭った。セイギマンコールの熱気にやられたのだろう。

 美咲はニッと誇らしげな笑顔を見せる。


「アタシの言う通り、逃げない方が良かったでしょ?」


「"言う"というより"脅した"ですよね?」


「ちっさいこと言ってないで。ほら、仲直りしてきなよ」


 美咲は顎で前方を指す。

 そこでは反応の無い理善の体を、子分達が揺らし心配そうに声を掛けている。


「動かない相手とどうやって仲直りしろと!?」


「……起きるまで待てば?」


「そんなことしてたら遅刻しちゃいますよ!」


 吉岡の遅刻という言葉に、美咲はハッとする。

 スマホを慌てて取り出し画面をつけると、ホームルームが始まる五分前を時計が刻んでいた。


「やっば!遅刻寸前じゃん!」


 美咲が驚きの声をあげる。気付きは伝わっていき、セイギマンコールに夢中になっている野次馬達の目を覚ましていく。

 一人また一人と校門へかけていく人々。

 あっという間に人間の特設リングは消え去り、晴香を待つ美咲と、理善が起きるのを待つ吉岡と、子分だけになった。


(ハルちゃん遅いなぁ。何かあったのかなぁ)


 焦りが募るのは美咲だけではなかった。


「ちょっと!リーゼント子分さん!理善さんまだ起きないんですか?」


「うっせぇなぁ!ちょっと待ってろ!」


「もっと強く揺らした方がいいんじゃないですか?」


 吉岡の提案に、舌打ちしつつも子分の一人がさっきよりも激しく肩を揺らす。

 それに釣られるように頭も大きく激しく前後する。

 すると奇妙な事が起き始めた。

 頭に雄々しく横たわる理善のリーゼントが、徐々に頭皮から浮き始め、最終的にはズルりと音を立てて髪の毛が丸々地面に落ちたのだ。

 その場にいた全員が驚愕し、目を見開いた。

 子分達は、つるっパゲになった理善と地面に落ちたリーゼントを見比べる。


「「えぇぇぇ!?」」


「カツラじゃねぇか、このリーゼント!というか高二でここまでハゲてるとか終わってるだろ」


「理善はハゲ………ってコト?!」


「……失望しました。グループ抜けます」


「ハゲがリーゼント騙ってんじゃねぇよ!この……ハゲ野郎!」


 思い思いの暴言をぶつけ、子分だった者たちが去っていく。

 そして早朝の通学路は、また静寂を取り戻してく。


「……どうします?」


 吉岡が困ったように聞いてきた。

 美咲はしばらく考え答える。


「……写真でも取れば?あとで脅せるかもだし」


「……そうッスね」


 こうして吉岡と理善の写真撮影が始まったあたりで、待ち望んだ声が後ろから聞こえた。


「おまたせ〜!」


 いつも通りの元気いっぱいハルちゃんだ。


「も〜、遅いよハルちゃん!遅刻確定だよぉ」


「ゴメンゴメン!でも走れば間に合うかも!」


「アタシ足遅いから間に合わないよ」


「じゃあおぶってあげるよ!ささ、私の背中にRide on して!」


「やだよ恥ずかしい」


 張り切る晴香とは対照的に、諦めムードの美咲。


「もう間に合いそうにないしさ、今日サボっちゃおうよ」


 彼女の提案に、晴香は眉根を寄せて首を振った。


「サボるなんてダメだよ!ダメダメ!ほらほら学校行こっ!」


 美咲の手を引き、晴香は駆け出していく。


(……アタシにはちゃんと言えるんだよなぁ、って)


 まだ通い慣れない通学路を、二人は駆け抜けていく。

 奇人変人の集う私立袋叩木高等学校を目指して。

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