如月

 

 鬼は外 福は内

 イワシ

 赤鬼 青鬼


 二月


 豆蒔き

 餅蒔き

 



「おはよう」


 彼女が微笑む。玉杓子を手に持ち。

 俺は眠い目を擦り、起きる。銀に光る、滑らかな丸を見てギョッとした。

 眠気が飛んだ。瞬間、頭を庇う。

 彼女は、笑う。満面の笑みだが、起きないと例の武器が飛ぶので起きた。


「今日、病院だけど、大丈夫」


 彼女が尋ね、俺は頷いた。

 まだ移植手術を受ける、彼女。

 今度は俺の皮膚も試す、皮膚テスト。色素、血液すべてはノーマル。

 後は試すだけだが……


 会社を早退し、約束の場所へ。

 待合室で待つ。時間にはまだ三十分ある。珈琲を飲み、待つことに。

 溜息をつき、缶に口をつていける。隣に子供が座り、笑いかけ。


「お兄さん、赤鬼、青鬼知ってる?」


 絵本を広げ、息巻いて見せる。

 瞳が合うと話しをしだす。絵本の内容を。


「こらっ、すみません」


 母親らしき人物がきて、子供は抱かれて去っていく。手を振り見送った。

 相手をしている内に約束の時間だが来ない。彼女が来ない。

 受け付けにも聞いたが、何もないらしい。気になり、電話を入れるが出ない。

 心配になり、急いで帰る。彼女は部屋の真ん中で座っていた。

 「居た」ことに安心し、息を飲むと彼女の横へ。

 彼女の前に座ると写真が目にはいる。あのオプション写真だ。


「……頭が痛い」


 いつからこうして居たのだろう。

 とりあえず、座る。


「これは誰? 私に似てる。だけのようで、ようでも……」


 写真を見て、こちらを見る彼女。

 泣いている。彼女の頬をぽろぽろと雫が伝う。

 似ている癖。おかしな癖。

 すぐ蹴る、叩く彼女。

 ここまでは同じ。

 

 今回の彼女の癖。


 玉杓子ははなかった。

 抱きつく癖もなかった。

 図々しいところもはなかった。


 でも……似てるんだ。

 話し癖。

 物別の呼称癖。

 足癖。動作。指。

 仕草の一つ、一つ。


 俺の中で。

 気のせいだと、蓋をしたはずのピースが繋がる。


 彼女キミはたぶん幼なじみだ。



 記憶が無いだけでキミは。

 黙って彼女を見つめる。

 隣からか、どこから声がする豆蒔きの声がする。


「頭も痛いけど……」


 俺は追い打ちをかけるように、色々な写真を出した。

 燃やすか、返すか。

 考え、まとめて置いた幼なじみとの思い出。


「? なぁに?」


 一つ、一つ、説明をして見せた。

 彼女は怒る。

 比べていたのかと、慰みの為一緒に……いたのかと。

 罵声を浴びた。 

 叩かれ、色々な物が飛んできたが……

 避けずに全部受けた。違うと言ったところで全てが言い訳に聞こえるだろう。似てるのだからいや……

 

「……違う。ごめん……なさい。たぶんごめんで。あっ……て」


 彼女が謝る。

 息を整え、落ち着いたのか。彼女は写真を手でなぞる。写真は高校生辺りから飛行機事故前まで。結婚式の準備のために用意していた写真。

 数十枚程度。

 ウェディングボードに貼り付ける予定だった。

 ドレスのものは、仏壇の隙間に挟まっていたらしく。

 花を生ける時に見つけたと……


 彼女は言う。

 なぜ残して置いたの?……と


 黙る二人がふと、目にした一枚。

 写真の中の一枚。去年の節分の写真だ。彼女は着物を着飾り、豆袋と餅の袋とイワシを持った写真。


「イワシ? ねぇ、イワシ」


 イワシに食い付く彼女。

 何度も写真を指で突き、真顔で尋ねる彼女。餅蒔きと豆蒔きはこの間ニュースで流していたから、大凡おおよそピンときたのだろう。でもイワシが謎のようだ。イワシは貰ったのだ。厄除けに。

 

「イワシ!」 


 子供のように尋ねる姿に、少し吹き笑った。

 彼女が、俺の瞼に触れた。

 柔らかく撫でられた彼女の指が、頬を撫でる。

 何かを、拭うように触れる指。

 俺は気がつき、自分の頬を触る。


 俺も泣いていた。


 二人静かに。

 初めて、指を絡め肌を合わした。

 彼女も泣き、俺も泣く。

 

 気が付くと、彼女はいない。


 冷蔵庫の酒を取ると、イワシの丸焼きと恵方巻きの具が入っていた。

 たぶん、晩ごはんに用意されたものだろう。こっちのイワシはいてあった。

 「泣いた赤鬼」

 最後は、みんな仲良く大団円って落ちだったか……

 の両親から電話が掛かってきた。彼女は家にいると。なにがあったのかと。電話の内容から、彼女は塞ぎこんでいるだろう事が窺える。


 数日が経ち、普通の日常を送るが隣に彼女はいない。

 彼女からの連絡はない。


 


 


 

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