最終話 人生という大海原

 海賊との一件の直後は慌ただしい毎日を送っていた。厳密に言うと主にフレッドさんとモーリスさんが。


 フレッドさんは今回の件の後始末と仕事を両立していて、島と島とを往復しているため、休みがない状態。モーリスさんも行動の度が過ぎたようで、関係各署へと赴いているようで忙しい。


 セリーナはと言うと、打撲や擦り傷だらけで療養を言い渡されてモーリス宅でお世話になっている最中だった。具合が悪くなった際にレナ島よりもドミニク島の医者に診せるべきとのことでそうなったのだ。


 あの後海賊はモーリスさんの指揮の下、全員拘束されて治安機関が取り調べを行っている。話を聞くと、彼はかなり無茶をしたらしく何らかの罰則が下されるはずだったとのことだったのだが、チェヴェノ王国の王族とコネがあるという狡猾な手段を用いて不問になったらしい。なんだかんだ言って一番恐ろしいのはモーリスさんだった。


 それにしても————


「猟銃で縄を撃ち落とすとか、どんな名人でも無理でしょ」

「職人にできる所業じゃないな、あれは人間やめてる。狩人に転職したら大もうけするよ」

「俺も呆気にとられた」


 クレア、イアバル、キースの三人が思い思いに語り出す。この三人は療養中のセリーナを見舞うために訪れていた。


 しかし、何の拍子かセリーナを救出したときの、モーリスさんの偉業に話が移ってしまったのだ。


「これ!ワシがいなければどうなっていたかわからなかったものを、笑い話にしおって」

「『チッ!海に落としたかったんだが』」

「クレア!」


 笑い声で室内が満たされる。レナ島に戻れるのは当分先になるとしても、クレアたちがこうして訪れてくれるだけで場が華やかに彩られていく。セリーナはこの日常が好きだ。


「でも、間一髪で助けられて本当に良かった」


 イアバルの言葉に一同がうなずく。


「誘拐されたと思えば処刑されそうになってるんだもんな、肝が冷えた」


 ああ、とセリーナは当時の記憶を辿る。


 船内で暴れ回ったセリーナは海賊の頭の逆鱗に触れ、殺されそうになった。ようやく反抗心を折れたと安堵したところで反発したのが頭に血が上る原因となり、その場での処刑が決められた。


 海賊にとってセリーナという稀な容姿の少女は変わりのきく商品に過ぎなかった。いらない商品だったらあっさりと切り捨てる、なんと残酷な商売なのだろうと今でも思う。


 あのときは必死で状況把握なんて不可能だったのだが、キースが叫んでくれた声が耳に入り、縛られたまま海に落ちる決断を下した。だから、彼の声がなければただ呆けていただけでこうして皆と話せていなかったのかもしれない。


「皆、ありがとう」


 こうしていられる今が幸せだった。島の皆が好き、一緒に生きたいと思えるような人たちに出会えて、理由が見つかって良かった。元の国なんて関係ない。セリーナ自身がレナ島で生きる決意をしたのだ。決めるのは自分だ。


「キース、大事な物を貸してくれてありがとう」


 セリーナはホイッスルを差し出した。


「ああ、それ。……持ってたままでいろよ」

「いいの?」

「————戻って、来るんだろ?」


 気付くと全員がこちらを見ていた。そしてセリーナはまだ思いを「言葉」にしていなかったと悟った。


「わたしはレナ島の皆と生きていきたい。まだ頼りないけど、一人前の島民として認めてもらえるように頑張る」


 セリーナは万感の思いを込めて言った。


「セリーナはとっくに〈渡しの部族〉の一員だよ!」


 クレアが元気に手を握ってこたえる。まるではじめて出会ったときみたいに。


「お帰り、セリーナ」


 イアバルが見守るように温かい声色で迎えてくれる。


「戻ったら、また泳ぐ特訓だな」


 キースがぶっきらぼうに、でもやさしく手を差し伸べてくれる。



 セリーナの人生はこれからだ。

 泳ぎ方を知らなくても、教え導いてくれる人たちがいる。


 なら水平線を見上げて前を向いていける。


 この人生という、大海原を。

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海の泳ぎ方を教えて 石蕗千絢 @Chiaya_story

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