直前の時間

 「右足をこちらに。.....次は左腕をここに。」


 私は今、春の訪れを祝う宴に出席するための準備をしている。

 つい先ほど湯浴みを終え、今は服を着ているところだ。

 足を一切出さないようにしている長い靴下。ひらひらと袖の長い貴族らしい衣装。

 それらを、下着の上から身に着けている。

 私を着替えさせているのは、筆頭側仕えのベネディクタだ。


「とてもお綺麗です。アインゾーネ様。」

「ええ。衣装がアインゾーネ様の元からお有りだった美しさをより引き立たせていますわ。」


 今日の宴に着ていく衣装は、普段着よりもお金も時間もかけられている、一張羅。私が似合う色の青に染められた美しい晴れ着だ。 

 季節が関係している行事や場には、それぞれの季節を象徴する色の服を纏わなくてはいけない。

 季節を象徴する色は世界樹、ウェルトバウンの木の葉の色だ。

 春は青。夏は赤。秋は黄。冬は白。

 それらの色に変化するのは、神々たちが悪戯しているからだと言われている。

 天上にいる6柱の神。夜を司る、すべてを包み込み吸収する万物の父、闇の神、フィンスケルナハト。昼を司る、辺りを照らし反射させる万物の母、光の女神、フレクスィヒト。春夏秋冬、それぞれの季節を司る、闇の神と光の女神の子供である4柱の神。

 その6柱の神が元は小さかったウェルトバウンを大きくし、そこにいる人々に魔力を与えたとされている。

 4柱の神々たちは最初、自分たちも育てたウェルトバウンの木の葉の色を自分の色に染めたくて争っていた。

 そこに4柱たちの親である、闇の神と光の女神が仲裁に入り、それぞれが司る季節は自分の色に染めたらいいと言う。

 それからウェルトバウンの木の葉の色は、春は水の女神、ブラウァッサーディーネの色である青。夏は火の神、ローフランメンダーの色である赤。秋は風の女神、ゲルヴィントルフの色である黄。冬は土の神、シュバエールデノームの色である白。というように変化するようになった。

 この世界の季節の移り変わりは、ウェルトバウンの木の葉の色によって変わるらしい。

 ・・・なんか、魔術を使うにあたって覚えておいたほうがいいとフェシュナインドに言われたから、すっごい長い名前を覚えたんだよね。ほんと、大変だった。

 私がその時のことを思い出して、うんざりした顔をしていると護衛騎士のエリザベートが何かを伝えに私の前にやってきた。


「アインゾーネ様。フェシュナインド様がいらっしゃいました。」

「教えてくれてありがとう、エリザベート。お通しして。」

「は、はい。」


 私が感謝の心を伝えるとエリザベートは面食らった。

 ・・・目上の人は感謝しないのかな?もしかして貴族らしくなかった?

 私は優雅に微笑みながらも心の中であわてる。

 ・・・まあ、普通は感謝しなくても私は違うしね。きちんと言わないんとなんだかもやもやするし。

 心の中でそう完結させると、冷たい無表情という人前での仮面をかぶったフェシュナインドが現れた。

 ・・・この姿を見て、冷酷とか冷淡とか。そんな言葉を投げかけたんだろうな。


「アインゾーネ、行きましょう。」

「はい。エスコート、お願いします。」

「わかりました。」


 宴の行われる大広間に向かう道で私は歩きながら、ついこの間習ったばかりの魔術を使うために、小さな声で詠唱を始める。


「秋を司る風の女神ゲルヴィントルフの御力の一つ。言の葉の力を我に与え給え。」


 この魔術は、話すことに関する魔術だ。

 自分が選んだ人にしか声が聞こえないようにしたり、自分の話す声を大きくしてたくさんの人に聞かせる‘‘マイク‘‘のような役割をする。声を小さくしたり、声が響かないようにすることもできるそうだ。

 それらの効果を想像しながら祝詞を詠唱すると、魔術を使えるようになる。

 またその魔術の対象者は、脳裏に使用者の属性の色をした、風の女神の言の葉の力の記号が浮かぶ。


「どうした。」


 フェシュナインドは前に人がいないことを確認したら、後ろの人たちに口元が見えない向きで私に話しかけた。


「ごめんなさい。突然魔術をかけて。」

「いや、君ならいい。」

「そっか。ありがと。」


 エスコートされながら長い廊下を歩く。


「衣装ありがとう。服を買うお金がないから困ってたの。」

「そうか。私は役に立てたようだな。」

「それはそうと、似合ってる?綺麗?」


 私は少しふざけて、綺麗かどうか彼に問いかける。

 すると彼はまるで花が綻ぶように笑った。


「ああ。とても綺麗だ。私の見立てがあっていたようでよかった。」

「っ。」


 顔が熱い。頬や耳が赤くなっているのが分かる。

 ・・・揶揄おうと思ったのに返り討ちにされたよ。

 唇を尖らせて顔の赤みを紛らわす。

 皮肉なことに、耳には私の心を乱した犯人の忍び笑いが届いた。


「もう切るからね。」

「少し待ってくれ。」


 先ほどの笑顔がまるで嘘だったかのように思わせるほど真剣な顔をしてフェシュナインドが止める。

 ・・・何かな?


「この間渡した資料の内容は覚えているか?」

「もちろん覚えているよ。」


 資料とは、春の訪れを祝う宴の内容と、

 ・・・‘‘ブラックリスト‘‘。

 この宴には領地中の貴族が集まるみたいで、当然警戒が必要な貴族だってたくさんいる、だそうだ。

 覚えるのが大変だったことを思い出し、遠い目になっていると一つの扉が見えた。

 確かここは、大広間の近くにある領主一族の控室だったはず。

 扉の前には騎士が二人立っている。

 それを視界にとらえると、フェシュナインドはすぐに無表情という仮面をつける。

 私もそれに倣って、貴族の仮面をつけた。


「アインス。魔術を切れ。」

「あ、うん。」


 フェシュナインドが口を動かさずに指示する。

 私は袖で口元を隠し返事をした。

 指輪に魔力を流すのをやめて、魔術を切る。


「通してください。」

「はっ。」


 フェシュナインドの一言に騎士が扉を開ける。

 入っていく彼に私も続く。

 部屋の中には、もうすでに私たち以外の社交ができる領主一族がそろっていた。

 ・・・キャロライン達は、まだ社交界に出れる年齢じゃないもんね。

 ショフテンが私たちが全員そろったことを確認し、私たちに座るように言った。

 

「そろそろいかなくてはいけないが、それまでは椅子に座って休んでいなさい。」

「ありがとうございます。養父様。」


 貴族らしく優雅に微笑んで、感謝の言葉を伝える。

 確かにもうそろそろ行かなくてはいけないだろう。

 最後に宴の進め方をショフテンは皆に伝え終わると立ち上がった。

 

「では、行くとするか。」


 大広間へと続く扉があけられ、私たち。領主一族の入場を告げる声が響いた。



 

 

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闇に消えた真実~過去のあなたへ~ 宵空 月 @lunabook

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