あなたの過去を少しだけ

  ・・・恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。私はフェシュナインドの腕の中で大声で泣いてしまいました。すごく恥ずかしいです。

 いまだフェシュナインドの腕の中にいる私は、顔を真っ赤にして忸怩たる思いに駆られていた。

 その顔を見られたくないから、彼に引っ付いて顔を隠している。

 ・・・声をあげて泣いたのは初めてだな。

 ぽけーっとそんなことを考えてると、何か視線を感じた。上からではなく横から。

 うん?と思って視線の先に顔を向けると、黒い鳥がいた。

 目が赤くて不気味な感じだ。


「あの鳥、なんだか変。」

「鳥?」


 フェシュナインドも私の言葉と目線で鳥に気づく。

 何か変なものを見るように眉を顰め、彼は魔力で威圧する。魔力を持つものは意図的に魔力を開放したり、感情をとてつもなく大きく揺らすことによって、相手を威圧することができる。自分よりも魔力量が大きい場合、相手に‘‘ダメージ‘‘を与えることができるみたいだ。魔力を解放、または魔力をたくさん使うと、瞳の色が自分の魔力の属性の色に変化する。フェシュナインドは全属性だから、瞳の色が虹色に変わった。

 すると、黒い鳥がパキパキと音を立て砕け散った。


「なっ!?魔術具か!!」


 フェシュナインドは厳しい面持ちで、鳥だったものへと走る。

 ・・・なにあれ!?さっきも思ったけど、気持ち悪い。

 彼が魔術具だと言った鳥は原形をとどめておらず、割れたガラスのように散らばっていた。


「魔術具ってことは、これを操っている誰かがいたってことだよね。」

「その通りだ。次からは、最上級の範囲指定の結界を張る魔術具を持ってくるか。」


 ・・・結界を張る魔術具?

 後でフェシュナインドに聞いたところ、その魔術具は使用者に魔力量によっていろいろと効果が違うみたいで、私たちが使うと‘‘エラー‘‘を起こして壊してしまうらしい。だから彼は自分で魔術具を作ったという。効果も既存のものとは段違いに良いが、その分使う魔力量も馬鹿にならないそうだ。そのため、私たち以外には使える人がいないとのこと。

 フェシュナインドは、姿を見えなくすることができる結界を張った。


「あの大きさの魔術具であれば声までは聞こえていないが、姿はとらえていたはずだ。すまない、アインス。これから、君を危険にさらしてしまう。私がもっと周りを見ていたら。.....で...ょ..。」


 最後に何かをぼそっと呟いて俯いた。

 ・・・危険に?どうして。

 体を震わせて、唇を嚙み締めているフェシュナインドを抱きしめる。


「危険ってどうして?前にエルマーロが言っていた、月下の死神っていうのが関係してるの?」


 そう問うと、彼は私の腕の中でピクリと動いた。

 ・・・多分、図星。

 私が目を伏せ、しばらく待っていると、ぽつぽつとフェシュナインドは話始めた。


「私は強くならなくてはいけなかった。」

「どうして。」

「守るためだ。大切なものと、自分の命を。」


 ・・・守るため、か。

 彼は自分の心を静めるためにか、細く、長く息を吐く。

 おそらく、頭の中が感情のせいでぐちゃぐちゃなのだろう。


「領主一族が洗礼式を行う場合、領地中の貴族と他領の貴族が招かれる。私も領主一族だったし、ここは始まりの領地。たくさんの人間が招かれた。」


 始まりの領地。それは、初代王の友人が初代領主となった領地のことを指す。

 初代王の友人は4人。4人とも秀でていた人たちだったそうだ。


「最初は、うまくいっていたのだ。でも、私が能力を調べようと魔術具を握った途端、...」

 

  フェシュナインドは再び息を吐きだすと、拳を握る。ただでさえ白いその手は、さらに白くなっていた。

 彼がどんな表情をしているかはわからない。


「握った途端、空気が凍った。君も経験したことがあると思うが、あの魔術具は能力を調べ、その空間にいるものの脳裏に握った者の能力が浮かばせる。さらに、魔力の量によって、花の大きさが変わる。私はその花を、今ではとても珍しくなってしまった、虹色に輝かせ、花の大きさも見たことがないくらいに大きくしてしまった。君の花より少し大きいくらいに。それだけでも十分に他人から疎まれるのに、皆の頭の中に浮かんだ言葉は、破壊。君の再生とは正反対だな。しばらくしたら、国中にその噂は広がって、私は月したの魔王という不名誉な二つ名をつけられた。月下というのは、昔。洗礼式の前に私に近い者たちが善意から私を月のようだと例えたのだ。月光ように静かで優しく穏やかだからつけられた名だったが、今では月のように冷たく色が、感情がないということでつけられたらしい。死神というのは、破壊の能力と、単に悪い印象を持つからだろう。」


 彼は自嘲気味に、吐き捨てるようにそういう。

 

「それからというもの、このウァッサーングが大きな力を持つことを嫌がった者や、私を恐ろしく思った者。ただただ私のことが気に食わなかった者たちが、私を殺そうとした。他にも、私を利用し用とした者もいたな。殺せない者でも、いやがらせ程度は日常茶飯事。そんな私の特別な人間だと知られてしまうと、君にも危害が及ぶ。だから人の目があるときは冷たく当たっていたのだ。すまない。」


 ・・・フェシュナインドは、大切な人たちを守るためにあんな態度をとっていたんだ。わざと冷たく、表情を消して。

 ショフテンや他の人の前で、感情を表に出さなかったのは大切だから。そして自分を守るためでもあったようだ。

 私はフェシュナインドをぎゅっと少し強めに抱きしめる。


「ありがとう。そんな大切なことを教えてくれて。あなたの過去を少しでも知れてうれしい。それから!!」


 フェシュナインドの肩に手を置いて額を無理やり合わせて、俯いていた彼と視線を交わす。

 ・・・少しおでこが痛い。

 

「私はフェシュナインドの特別な人なんだよね。だったらあなたが守ってよ!!強くなったのは大切な人を守るためなんでしょう!?」


 彼が呆然と私を見つめる。私とフェシュナインドの長い睫毛が絡まって、横から差す光に当たりきらきらと輝いている。

 私は目を瞑る。


「私だって、そんなに弱くないよ。少しは頼ってほしい。」


 しばらくの間、私の耳には川のせせらぎと、木の葉が風に踊らされる音しか届かなかった。

 私は黙ってると、彼の声が聞こえてきた。


「そうだな。君は私の大切な人だ。それに君は頼れる人だった。私は君を守って見せる。」


 そういわれ、私は目を開ける。

 銀とも金ともとれる不思議な色に縁どられた、強い光を放つ、冬の昼空を思わせる美しい色が私の目の前に広がった。

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