いざ川へ、 Let's go!!
降り注ぐ暖かい太陽の光。少し冷たくて心地のよい春の風。活気のある声で埋め尽くされた街並み。
そのどれもがきらきらと輝いていて、私の心は躍る。
・・・うふふ。楽しい。それにたくさんの人が笑ってる。なんだか元気が湧いてくるな。
私の心が躍るのと同じように、私の足も自然と‘‘リズム‘‘を刻んでいる。
「フンフフン。ランララン。」
「ふふっ。そんなにも楽しいか?」
「うん!もちろんだよ。」
フェシュナインドが笑って聞いてきたその言葉に私は即答する。
しばらく歩いていると、風に乗って食べ物の匂いが私たちに届いた。私が思わずその匂いにつられ走って移動すると、そこには市場があった。
・・・うわあ。市場だ!大図書館にある『本』で読んだことはあったけど、実物は初めて見た!!
初めて見る市場に私が興奮していると、私の肩に後ろからフェシュナインドが手を置いた。
「その様子からして市場は初めてだとは思うが、箱庭にはなかったのか?」
彼の質問に対して、私は市場から視線を離さずに頷いて答える。
「そうか。!。こっちに来てくれ。」
「えっ!」
フェシュナインドは私の手を掴んで、小走りに目的の場所へと向かう。ひんやりとした手が気持ちいい。
・・・手が冷たい。もしかして冷え性なのかな。それだったら、体を温める働きのある‘‘ビタミンC‘‘の多い柑橘系の果物とか、体を温めるショウガの料理を教えてあげようかな。
私が料理のレシピを思い出そうとしているうちに、目的の場所についたようだ。
そこは市場の端っこのほうにある一つのお店だった。
「お久しぶりです。ザーラさん。」
「おや。シュナイじゃないか。久しぶりだね。」
・・・シュナイ?下町での名前かな。じゃあ、私も作らないと。
私が偽名を考えているうちにどんどん彼女、ザーラとフェシュナインドの間で話が進む。
「今日はいいツァオベが入ってるよ。買っていくかい?」
「はい。そうですね。4房くれませんか。あとレアートも11個ください。」
「はいよ。」
ザーラは葡萄とそっくりな『ツァオベ』と、苺と似ている『レアート』を紙袋に詰めていく。
「なあ、シュナイ。その隣にいる別嬪さんは、彼女さんか?」
「いいえ!!」
にやにやという表現がぴったりなザーラの問いにフェシュナインドは違うと返した。
私は自己紹介していないことを思い出し、口を開く。
「ゾーネです。シュナイとはお友達なんです。」
「ふう~ん。友達、ね。」
ザーラはフェシュナインドへと同情のこもった視線を向けた。
そんな視線を受けて彼は小さく咳払いする。
・・・どうしたんだろ。
私が‘‘?‘‘を飛ばしているとザーラはことらへと向き直って私に笑いかけた。
「ゾーネね。よろしく。私はザーラだよ。ここで市場を開いているんだ。」
「はい。よろしくお願いします。」
彼女は紙袋に果物を詰め終わると、フェシュナインドに金額を伝える。
「ツァオベは一房1000クラン。レアートは一つ55クラン。はみ出たところに関しては切り捨てるよ。あ、それとレアートを一つおまけしとくから。計算してくれるね。」
「はい。それからありがとうございます。代金は、大銅貨4枚と中銅貨6枚です。」
そういうとフェシュナインドはお金を渡した。
この世界でのお金はクランという単位で、10クランが小銅貨。100クランが中銅貨。1000クランが大銅貨というように、上がっていき銅貨の次は、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、というようになっている。
10クラン未満の数字が出た場合は、切り捨てたり、切り上げたりしてお金のやり取りをしている。小銅貨より小さいお金はないからね。
「いつもありがとうね。ゾーネも今後とも御贔屓に。」
紙袋を受け取り、私たちは再び歩き始めた。
・・・ザーラさんとフェシュナインドは知り合いなんだね。ということは、よく下町に来てるのかな?
「ねえ、シュナイ。ここにはよく来るの?」
私は人の目を気にして、わざと言葉を濁す。それから、フェシュナインドの名前も。
「そうですね。時々でしょうか。」
「へえ~。」
しばらく歩いていると、門の前についた。
この街は、白く高い街壁に囲まれていて、森に行くときはこの門を通らなければいけない。
フェシュナインドによると、門には門番がいて、5の鐘から18の鐘までしか門は開いていないそうだ。
「こんにちは。」
門番の言葉に私たちは軽く頭を下げて答える。
そして、門を通った。
・・・あと、少しで川につくのかな。
私は楽しみで仕方がない。
森の中を進むと少し開けたところに出た。
「うわあ~。綺麗!!」
私の目の前には、それはそれは美しい小川が広がっていた。
川の底がしっかり見えるほどに澄んだ水。そこに元気に泳ぐ川魚たち。
手を入れてみると、春の川はまだ少し冷たかった。
私がしゃがんで川を見ていると、フェシュナインドが私の横にやってくる。
「ここは、あまり人が来ないのだ。だから君も休めるだろうと思う。」
「そこまで考えてくれたの?」
・・・なんだか私、フェシュナインドによくしてもらってばっかり。どうしてここまでしてくれるのかな。
私が思案に暮れていると、フェシュナインドが静かに私を抱きしめた。
「ここでは無理に貴族であろうとしなくていい。悲しいなら、つらいのなら泣け。感情を表に出しなさい。涙を流すということは決して悪いことではない。己の心のわだかまりをといてくれる」
・・・いいの?
フェシュナインドの腕の中で見上げるように彼の顔を見ると、彼は私を安心させるように微笑んだ。
するとなんだか、今まで張りつめていたものが一気に無くなったような安心感に襲われ、涙がこぼれた。
「う、ふっ、うう。」
嗚咽をこぼさないように堪えていると、フェシュナインドの男性らしい大きな手が私の背中を優しくなでる。その優しさに、温かさに私は陥落した。
「う、うわああああ!!」
私は彼の服を掴み、縋るようにしがみつく。
一度壊れてしまった壁は直らず、とどめることを知らないかのように涙がこぼれる。
この世界に来てから考えないようにしていたが、私は怖かった、不安だったのだ。
右も左も分からない世界にいきなり放り込まれて、日常というものが壊された。
怖いと、不安だと分かってしまえば、この世界に立ち向かうことができなくなる、歩けなくなってしまう、そう感じた。
だから笑顔という貴族の仮面を知った時、迷わずその仮面を手に取り身に着けることにしたのだ。
「安心しなさい。ここには、私と君しかいない。それに、私は何があっても君の味方だ。」
私の涙とフェシュナインドの声が、穢れなど知らないかのように美しい清流の中へと溶けていった。
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