私の好きなものと秘密の花園

 「ねえ。この近くに川ってない?」


 私がこの世界の歴史のついて勉強しているときに問いかけた言葉だ。


「川ならあるが、いったいなぜ?」


 私の言葉を聞き不思議そうに首を傾げるのは、人ならざる者のような美しさを持つ少年。フェシュナインドだ。


「う~ん。聞いても変だって言わないでね。私、川が好きなの。なんだか見ていると安心するっていうか、懐かしくなるというか。私にもよくわからないけど、とにかく落ち着くの。」


 ・・・これは私が物心ついたときからなんだよな。

 私は幼いころから川が好きだ。神の箱庭にも川があった。私は毎日のように川に通っていたし、あの日も、私がこの世界に来てしまった日も行くはずだった。

 フェシュナインドは何かを考えるように、腕を組み、右手は口に当てて黙っている。

 ドキドキしながらそれを見守る。

 ・・・どうかな。

 そして、考え終わったのか、手を下ろし優しく笑った。


「わかった。では、明日の朝に行こう。」

「ほんと!?いいの?」

「ああ。もちろんだ。しかし、私から離れていはいけないからな。」

「うん!ありがとう!!嬉しい。」


 ・・・やった!!

 小さく‘‘ガッツポーズ‘‘すれば、フェシュナインドは、何か眩しいものを見るような顔をした。

 しかし、ふと思う。そんな勝手に外に出てもいいのかと。それと、何度も行ってもいいかと。


「そういえば、どこの川に行くの?外に勝手に出てもいいの?あと、何回も行ける?」


 私が半ば乗り出すように勢いよく、頭に浮かぶ疑問をそのまま口に出すと、手を軽く上げて困ったように眉を下げ笑う。


「落ち着きなさい。君が望むなら、何度でも行こう。どこの川かは行くまで内緒。外へは勝手に出てはいけないため、これはお忍びだ。」


 彼はまるで悪戯っ子のように目を輝かせた。

 ・・・お忍び!?楽しそう。

 私の機嫌は、急上昇している。


「明日の朝、いつも通りここ、私の部屋に来なさい。ここで準備してから行こう。」


 そういうとフェシュナインドは、私に今日のうちに勉強しておく範囲をしておくようにと伝えると、扉へと向かって歩き始めた。


「どこに行くの?」


 私が問うと、こちらを振り向き普段とは違う笑みを浮かべた。

 ・・・ん?この笑顔、いつもと違う。こう、なにか隠してるような。


「少し父上のところに用事があるのだ。勉強が終わっても帰ってこなければ、先に帰ってくれてもかまわない。」

「....分かったよ。」


 私はフェシュナインドを笑って見送った。


 ――――――


 どこかで鐘の音が鳴っている。おそらく8の鐘だろう。

 昨日フェシュナインドと約束した通り、今日は川に行くのだ。

 そのために私はフェシュナインドの部屋にいる。

 でも彼はいなかった。


「遅いなぁ~。」


 ・・・どうしちゃったのかな。昨日から戻ってきた様子はないし。

 フェシュナインドの部屋は私の部屋の隣にある。音は聞こえないとはいえ、人の気配を壁越しに感じるときがあるのだ。でも、昨日は全く感じなかった。


「何かあったのかな。」


 私が心配になってきたら、扉が開いた。

 ・・・あっ。帰ってきた。


「すまない。遅くなった。」


 フェシュナインドが焦ったように走って隣の部屋のタンスを開けに行く。


「ねえ。フェシュナインド。」

「どうした。」


 少し大きな声が、扉の空いた隣の部屋から聞こえてくる。


「大丈夫?昨日、結局戻らなかったけど。」

「あ、ああ。大丈夫だ。少し用事が増えてな。」

「そっか。」


 ・・・ふう~ん。ま、いっか。

 フェシュナインドは、一つの袋を私に差し出した。


「そこの部屋で着替えなさい。今日の服は一人でも脱ぎ着できるはずだ。」


 ・・・うん。そうだね。

 私は袋を受け取り、言われた部屋に入る。

 そして中身を出す。それは、今着ている服に比べれば、とても質素な服だった。


「これってもしかして平民の服?まさか、平民に変装して行くの?ということは、川があるのは下町。」 


 ・・・うふふ。なんだか悪いことしてるみたいでドキドキしてきちゃった。

 今着ている服を脱ぎ、成人用の足首丈のスカートをはく。そして白いブラウスに腕を通す。縛られたところから広がる袖がひらひらしていて可愛い。その上から少し凝った"デザイン"の黒のような、しかし碧のようにも見えるボディスをキツく絞めずに付ける。

 ・・・うん。いい感じ。それにしても天才さんはセンスもいいとは。本当に完璧。


「着替え終わったか?」 

「うん。入ってもいいよ。」


 扉の外から声が聞こえたためそれに答える。すると、フェシュナインドが私の姿を捉えたかと思ったら、普段見たことがないくらいに目を見開いた。でも、私はそれに気づくことはなかった。なぜなら、私も彼に見惚れていたからだ。

 ・・・すごい。似合ってる。 

 フェシュナインドの衣装はシンプルなものだった。白いブラウスに黒いズボン。それに、私のボディスと同色のベストを着ている。そのシンプルさが余計にフェシュナインドの、彼の美しさを際立たせていた。その佇まいはまるで一本の線のように、儚くも凛としている。

 黙ってお互いのことを穴が開くくらいに見つめていると、先に彼が我に返った。


「っ。ごほん。では行こうか。」

「あ、うん。」


 フェシュナインドは、すぐそこにある窓へと向かっていく。そして窓を開け外に出て行ってしまった。

 ・・・どうしたのかな?なんだか気に障ることでもしちゃったかな?

 少々不安になってはいたが、私も窓の外に出る。

 次の瞬間、そんな不安は吹き飛んでしまった。


「うわあ!すごい!!とってもきれい。」

 

 そこは美しい花園だった。大きいとは言えない空間だったが、周りは薔薇とそっくりな木が植えられていて、上を見上げると藤の花の天井があった。春の風に運ばれて、藤の匂いがほかに香る。


「このお花、なんていうの?」

「名前はない。」

「えっ。そうなの。」

「ああ。この国の中では唯一ここで咲いている。」


 ・・・そうなんだ。なんだか特別感があって素敵。

 私は昔から、薔薇と藤の花が大好きなのだ。だから余計に気分が高揚する。


「紫の花は、秋以外は一年中咲いていて、春は紫、夏は白、冬は薄紅とそれぞれ違う色になる。あまりないが、青色になる時もある。周りを囲む木は、秋になると白や赤など様々な色の花を咲かす。この空間の周りは別の種類の木が植えられているため、この二つの花が見られるのは、私と君だけだ。」

「へえ~。あっ、そうだ。ねえ、フェシュナインド。この花の名前私が決めてもいい?」

「名前?ああ、もちろんだ。君がつけたほうが花たちも喜ぶだろう。」


 ・・・やった!!う~ん。名前はどうしよう。

 私が真剣に名前を考えているのを、フェシュナインドは微笑ましいものを見るような目で私を見る。                  

 ・・・藤だと、この世界では馴染みにくそうだし、せっかくだから薔薇も変えようかな。あっ。だったら他の国の言葉に直して.....。


「紫の花が『ウィステリア』。周りの花は『ローゼ』、なんてどうかな。」

「きれいな響きの名前ではないか。素敵だと思う。」

「うふふ。ありがとう。」


 ・・・ああ~。なんか一目惚れしちゃった。また来たいなぁ。

 そんな私の心を読み取ったのか、フェシュナインドは穏やかな顔で私に話しかける。


「私が部屋にいない時でも、今日までに君が入ったことのある調理室と残りの二つの部屋には勝手に入ってくれてもかまわない。」

「いいの!?」


 飛び上がって私が喜ぶと、フェシュナインドは静かに頷いた。

 ・・・よし!!

 私は思わず、小さく‘‘ガッツポーズ‘‘をしてしまった。


「ふふっ。では行こう。」


 ・・・うん。やっと川に行けるのね。

 そんなことを思っているとフェシュナインドは薔薇、いや、ローゼの生垣のある部分に右手をかざし、指輪に魔力を込める。そうしたら、生垣に狭い道ができた。


「道が現れて...。」

「ああ、私が庭に細工をしたのだ。このまま道なりに進めば、領主一族の館の裏口に出る。ついてきなさい。」


 フェシュナインドが狭い道へと入っていくのに続いて、私も道へ入る。

 すると、不思議なことが起きた。なんと、私たちが通ったあとの道がどんどん元の生垣に戻っていくのだ。

 ・・・なんだか、面白い。いったいどういう仕組みなのかな。

 彼の後ろを歩いていると目の前に小さな扉が現れた。おそらくこれが、領主一族と許された者のみが通ることのできる外へとつながる扉。


「さあ、行くぞ。」

「うん。」


 そうして私は、この世界に来てから初めて外の世界へと足を踏み入れた。

 

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