1話「ヒーローだって聞いてほしい」
【戦隊ブルーは聞いてほしい】
今日は少しだけ気分が良かった。
赤井のバカでかい声で起こされる事もなかったし、桃原も彼氏にプレゼントを貰ったらしく機嫌が良かった。
こういう日はあまりないから非常に嬉しい。
アースブルーこと青山界人は珍しく眉間にシワを寄せず登校した。
友人はあまりいない。
秘密のヒーロー活動がある為放課後は人と会っている余裕はない。
家も他のレンジャー達とシェアハウスをしている関係で人を呼びづらい。
そのため学校では特に誰ともツルまず一人で過ごしていた。
しかし性格のせいか普段シェアハウスしているせいか一人の時間は意外と重宝していた。
授業を静かに聞きながら青山はノートに黒板の内容を書き写す。
普段欠席や遅刻が多い為時間のある時は集中して勉強をするようにしているのだ。
テスト前もそうでない時も勉強は必要以上にこなす。
その為学業成績は割と良い部類に入る。
しかし遅刻と欠席が単位や評価に大きく響いてしまう。
先生達からも「遅刻と欠席さえ無ければなぁ……。」と常々言われている。
だがしかしヒーロー活動を明かす訳にもいかないし、サボる訳にもいかない。
ヒーローは顔を明かしてはいけないのだ。
それは別にその方がカッコいいからとかそういう理由ではない。
ヒーローとは万人にとってのヒーローで在り続けなければならない。
そこに生活感や苦しさが垣間見えてはいけない。
ナチュラルな存在でなければならないのだ。
『ツーツー……聞こえるか?』
そんな折、アースレンジャー所有の秘匿通信キットに通信が入った。
青山はすぐに耳に手を当てて通信に入った。
(どうしました?色野さん。怪人ですか?)
秘匿通信は脳内で考えるだけでテレパスのような通信を取ることのできる優れた通信機器。
学校でもバレることなく通信を介す事ができる。
そしてその秘匿通信を作った男こそが今通信を入れた男、
色野は通信越しに答える。
『ああ。東地区で怪人が出た。コンクリートジャングルを本物のジャングルにしようとしてるらしい。だがこの程度なら全員である必要は無さそうだ。誰か向かえるか?』
青山としては最近出欠席が危ない為全員出動でないなら誰かに任せたい。
そう考えていると他のレンジャーに先手を取られた。
『ゴメン私今彼氏と講義受けてるからムリ。最近いないこと多すぎて浮気してるんじゃって噂されてるらしいから絶対ムリ。』
早口で桃原は早々に離脱。
すると流れる様に緑川と黄瀬が通信を入れた。
『スマン!俺も今大事な商談相手と会議中なんだ!これ逃すとこの会社は潰れるかもしれん!スマン!』
『ゴメンわたしもムリ。毎回だけどウチの女子校早退とか余程の理由がない限りムリだから。』
またしても二人離脱して青山は頭を抱えて通信を繋ぐ。
(赤井さんは……?)
『スマン!今向かおうとしているんだがここがどこだかまるで判らん!俺は西地区にいた筈なんだが!』
青山は授業中にバレない様に大きなため息をついた。
『………俺行きましょうか?』
色々察した黒澤が通信に入るが青山は首を横に振る。
(駄目だ。中学は義務教育だ。ちゃんと通え。)
『………りょーかいッス。』
黒澤としては一日二日休むくらいはどうという事はないのだが。
青山はやはり損するタイプだなと黒澤は一人中学校の授業中うんうんと頷いた。
(俺が出ます!)
青山は勢い良く席を立った。
「すみません!腹が痛いので早退します!」
有無を言わさぬ勢いで青山は高校を後にした。
「モリャアアアアアアア!」
全身で非文明をアピールする怪人は人一人分の爆発で消えていった。
「ありがとう!アースブルー!」
「アースブルー格好いい!」
「東地区の英雄!」
人々の歓声がこだまする中アースブルーは手を振ってそそくさと路地裏に姿を消した。
「………もう授業は終わりか……。」
意味はないと分かっていつつも時計を確認して落胆する。
十の歓声と十の欠席が頭を惑わせる。
青山はとぼとぼとレンジャー基地、〈純喫茶・
帰ると既に学校を終えて戻った黒澤がカウンターで色野の手伝いをしていた。
喫茶店の制服でコトコトとコーヒーを沸かしている。
ここはレンジャーの基地であり資金源でもある喫茶店。
手伝いは一応持ち回りですることになっている。
といっても最近は青山と黒澤以外していないが。
青山は大きなため息をついて端っこの席についた。
ゴン。と頭を机に突っ伏して動きを静止する。
疲れてる時はこうして動かないでいるのが楽なのだ。
「……コーヒーッス。」
黒澤はコトンと机にコーヒーを置いてカウンターへと戻っていく。
「すまん……。」
聞こえたかは分からない細々とした礼を返して青山は尚も突っ伏した。
大人はこういう時酒を飲んだりしてストレスを癒やすという。
しかしまだ高校生の自分は酒で癒やされるわけにもいかない。
未成年のストレス解消といえばやはり遊びに行く事だろう。
しかしながら友達など殆どおらずそもそも遊ぶような時間もない。
ならばせめて誰かに聞いてほしいのだが唯一話せる奴らがストレスの原因なのだからどうしようもない。
黒澤ばかりに愚痴を聞かせる訳にもいかない。
青山はまたしても大きなため息を吐いた。
「誰か聞いてくれ………。」
そんな青山を遠目に黒澤は小さく合掌した。
【魔法少女は聞いてほしい】
月野はグイッとビールを飲み干した。
男顔負けの力強い飲みっぷりは周りの客も小さく「おお。」と称えるほどだ。
既に何杯も飲んでいるが全く酔う気配はなく、ナンパしようとしていた男達の方が早々に潰れてしまった。
いわゆる
そこらの酒豪よりもよっぽど強い酒豪。
強過ぎるせいで誰も一緒に飲んでくれない程に。
酔っ払ってしまえばストレスを吐き出したりハメを外したり出来るかもしれない。
しかしそれができない。
何せ丸一日飲んでも理性を保つことができてしまうのだから救えない。
今日も仕事が終わってすぐに西地区に怪人が出た。
ヒーローとして最善の判断をして敵を倒したと思う。
しかしネットではあまり高評価を貰えない。
『オバサンが痛々しい。』
『魔法少女とか時代遅れ。』
『倒すのに時間掛かり過ぎ。』
『若さがないから応援できない。』
月野は大きなため息をついた。
若さがない事がバレ始めてる。
それもそうだ。
魔法少女を名乗って早十七年。
その年に生まれた子供が高二になる程戦っている。
逆算すれば年齢などすぐわかる。
しかし仕方ないじゃないか。
私もあの妖精もここまで魔法少女を続ける事になるとは思ってなかった。
ここまで来ると最早絶対バレない自信すらある。
経験値が絶対の自信をくれるのだ。
月野はまたも勢い良くビールを飲み干した。
あまりの豪快な飲みっぷりに周りの男性客が少し距離を空けてしまったのを本人は知らない。
「ハァアァァァァ…。愚痴りたい……。」
月野はもう一杯ビールを注文した。
【仮面のヒーローは聞いてほしい】
ドオオオン!
人一人分の爆発で怪物が霧散した。
歓声が湧き上がる中スーパー仮面は一人静かに肩を落とした。
(また会話出来ないタイプだった……。)
しかしヒーローとして落ち込みを市民に見せてはいけない。
スーパー仮面はすぐさま顔を上げて親指を立ててみせた。
「スーパー仮面がいる限り街の平和は守られる!」
彼の言葉が街に平和と安堵を与える。
スーパー仮面はその場を後にした。
相も変わらず何もない部屋にポツンと寝転ぶ。
「ハァ……。」
本郷は小さくため息をついた。
それなりに長くヒーロー活動をしているがやはり話し相手がいないとどうにも自分がわからなくなってくる。
せめて怪人だけでも話をできればいいのだが何故か口の聞けない奴ばかり出現する。
飲み屋にでも行ってみれば少しは愚痴を言えるかも知れないがその金が無い。
最近はようやく近場のコンビニでバイトが決まったが怪人や怪物の出現を考えるといつクビになるかは分からない。
常に家に居られる訳でもない為ペットを飼うわけにもいかない。
せめて一人でも事情を理解してくれる協力者がいればいいのだが。
これがどういう訳かスーパー仮面はあまりにも強い為協力者の必要性がないのだ。
誰かに今すぐ話を聞いてほしい。というか基本的に常に誰かに話を聞いてほしい。
「ハァアァァァァ…。」
本郷は大きなため息をついて目を瞑った。
「仲間が欲しい…………。」
本郷は眠りについた。
青山界人。アースレンジャーのブルー。
腹痛での早退が多い為最近クラスで「実は女」説がまことしやかに囁かれているが本人はそれを知らない。知らない方がいい。
月野奈々。魔法少女ナナナ。
会社の飲み会は沢山飲めない為面白くない。
しかし友人は月野が酒が強すぎるせいであまり一緒に飲んでくれない。
大学時代あまりに酒豪過ぎて学内の男性陣から「実は特殊部隊で訓練していた」と噂され距離を置かれていた。これは本人も知っていて割と落ち込んだ。
本郷智和。スーパー仮面。
新しく始めたバイトはコンビニ。
みんなとなるべく早く仲良くなろうと頑張っているが肉体が仕上がり過ぎていて逆に恐れられている。
「それだけの肉体やスペックがあって就職出来ていないのは内面がヤバい奴なのでは」とバイト仲間達に噂されていて初っ端から距離を置かれている。
実はこう見えて京都大学卒のエリート。
ヒーローだって聞いてほしい。
ヒーローだって休みたい アチャレッド @AchaRed
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヒーローだって休みたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます