第2話 愛人生活を満喫
愛人様になった訳だが、王太子様は毎日毎晩私の所にお出でになるわけでは無かった。
王太子様が帰宅されると私の所に連絡があり、しばらくすると「今日はお出でになります」「なりません」と連絡があるのだ。お出でになれば、お食事をご一緒して同衾。お出でにならなければ、一人で食事をして一人で就寝だ。一応は毎日、いつ来ても良いように用意をしておくのは最低限のお仕事だろうと、キチンと身を清めて身支度してはいた。
最初は週に一度、王太子様はお見えになった。つまり、週に6日は来なかったのだ。屋敷にはお帰りになるのに愛人の所には来ない。まぁ、来ない日は他の女を自室に連れ込んでるのだろうと私は理解していた。私は別に王太子様に何の拘りも無かったから、嫉妬もしなかった。楽で良いわ、くらいに思っていたのだ。
何せ楽だったのだ。愛人生活。忙しい下級侍女生活から一変、王太子様と寝るだけが明確なお仕事という愛人生活はマジで極楽だった。三食昼寝付きってこういう事を言うのね。
朝はいつ起きても良い。起きれば顔を洗うお湯が用意され、食事も遅滞無く出され、ちゃんと仕立ててもらったドレスに身を包み、昼間は庭園を散歩するなり、部屋で読書するなり、お裁縫をするなり、お茶をするなり。お屋敷から出なければ自由。夕方、お風呂に入るとコルメリアが肌や髪の手入れをしてくれて、マッサージもしてくれる。食事は朝昼晩。望むだけ出してくれるし、ケーキでさえ食べ放題だ。
私は忙しい生活も嫌いじゃ無かったが、流石にこの至れり尽くせりの極楽生活には負けた。完敗だ。すっかり堕落してゴロゴロ怠惰に暮らし始めてしまった。それというのも王太子様が滅多に来ないからで、私はこれはてっきり王太子様は間違えて私を愛人にしてしまい、いつクビにしようか迷っているのだと思い込んだのだ。だからこのお部屋を追い出されるまでは怠惰に暮らしても良いんじゃない?と思ったのである。
そう思い込んだのは私だけでなく、私の専属侍女になったコルメリアも同じで「こんなに来ないんじゃ早々にクビ確定ね」と二人して頷き合い、愛人を流石に下級侍女には戻さないから多分上級侍女になるんじゃない?とか勝手に予想し、私はコルメリアから上級侍女の仕事について学んだり、マナーや所作の復習に付き合ってもらったり、二人で仲良くお茶したりして過ごしていた。
週に一度いらっしゃる王太子様はなんだか凄く疲れた顔だった。お食事の時も言葉少なな程だ。大丈夫かしら?と思ってお話を聞くと、王太子としての職務の量がかなり多いらしい事が分かった。その上、夜会にも顔を出したりしなければならないらしい。それは大変だ。
そんなにお疲れなら私の所になんて来なくても良いのに?と思うのだが、うっかり愛人になんかしたものだから、そうもいかないのだろう。お優しい方だから私に義理を立てているに違いない。私は来た時はせめて寛いで頂こうと、疲れがとれるというハーブティーや、アロマを取り寄せたり、お花を部屋に飾ったりした。ちなみに愛人様にはかなり潤沢な予算が与えられているらしく、侍女長に購入をお願いして断られる事は無かった。
それどころか、私は愛人様になって早々にドレスを作らされ、装飾品も揃えさせられたのだが、その時に「あんまり豪華なドレス作ったり、高い宝石買ったら、調子に乗ってると思われてクビになった時大変」とか思って、かなり抑えた価格の物を購入したのだが、侍女長に逆に怒られた。
「あなたはご愛人様なのですよ。あなたがあまりみすぼらしい格好をしていたら王太子様の恥になるではありませんか」
そして豪華なドレスや装飾品を勝手に注文された。それらはクローゼットにごっそり詰まっているが、夜会に出るわけでは無いのだから使う当てが無い。仕舞いっぱなしだ。もっぱら普段着に使える軽いドレスしか着ていない。
何だかな。すぐにもクビになるだろう私にこんな服作っても使い道が無いのに。装飾品は兎も角、私は小さいからドレスなんか使い回しがきかないと思うのだ。クビになった時にくれたとしても、こんな豪華生地使っていては普段着に出来ない。クローゼットで虫に喰わせるだけだろう。
などと色々疑問に思いながら1ヶ月程が経った。その間、王太子様は週一でしか来なかったのだ。私はこのまま来なくなるんだろうな、と思っていた。私はコルメリアとすっかり仲良くなり、楽しくおしゃべり出来たので寂しいということも無く。怠惰にノンビリ、ダラダラと愛人生活を満喫していたわけだ。
・・・ところが、あに図らんや、ある頃から逆にお出でが増え始めた。週一が3日に一度になり、その次の週には2日に一度になり、愛人生活が始まって3ヶ月後にはなんと毎日いらっしゃるようになった。え~!?
ちょっと待って欲しい。クビになる話はどこに行ったのか。いや、それは勝手に私が思い込んでただけではあるが。こうなると私も流石に呑気にしているわけにはいかなくなった。なにしろ毎日ではお出でではなくお帰りだ。いつの間にか王太子様の身の回りの物は私の部屋に運び込まれ、王太子様付きの上級侍女3人も私の部屋に控えるようになった。そうなるとコルメリアも私とダラダラしている訳にはいかなくなってしまう。
王太子様は最初の頃の疲れた様子はどこへやら。毎日元気に帰って来るようになっていた。
「ただいま。イール」
私の名前カムライールの愛称を呼ぶと私をガバッと包容する。身長差があるので私は王太子様の胸に飲み込まれたようになってしまう。
「お帰りなさいませ。お疲れ様でございます」
私は為されるがままだ。抱き締め合うのはちょっと馴れ馴れしいかな?と遠慮している。王太子様は私を抱き締めたまま髪を撫でて下さったり、背中を撫でて下さったり、髪や頬にキスして下さったりして、ひとしきり私をかまった後、部屋着に着替える。
着替えといっても大体上着を脱いでネクタイを外すだけだ。お帰りの時間が早ければズボンも履き替えシャツも替える。王太子様はあまり服装には拘らないタイプである。美男子だからどんな格好でもカッコいいのはずるい。
食事はテーブルで対面で摂る。王太子様のお部屋のテーブルより小さいテーブルなので、王太子様は目の前だ。いつもご機嫌にニコニコ麗しく微笑みながらお食事をされる。この方は少なくとも私の前で機嫌が悪かった事が無い。コルメリア曰わく機嫌が悪い時も以前はたまにあったらしいが。
食事が終わると、時間があればソファーで寛ぐ。最初は対面で座っていたのだが、その内「来なさい」と呼ばれて横に座らされるようになった。なぜだ。ぴったり横に座らされ、お話をしながら肩を抱かれたり髪をいじられたり、頬を撫でられたり、軽くキスされたりする。・・・侍女達が見てるんですけど。絶対侍女達の間で噂話のネタにされてるわね。
そして、時間が来たら王太子様はお風呂に入り、私はガウンを脱いでベッドに入り、王太子様を待つ。灯りが落とされ、王太子様がベッドに入って就寝、だ。
・・・実はある時から王太子様はあまり私に房事をお求めにならなくなった。最初、お出でが週一とか三日に一度とかの頃は毎回必ず求められてシタ。愛人だもの。それがお仕事ですよ。ま、まぁ、こうも何回もサレれば私も慣れたし、色々その、良くなってきてですね、精神的な負担では無くなっていたんだけど。
ただ、私は小柄で体力が無い。アレはなかなかに体力を使う。なのでペースが2日に一回になった頃に体力的に音を上げた。キツい。私はご機嫌伺いに来た侍女長にそれとなく訴えた。
「愛人が文句を言うな」と怒られるかと思ったのだが、侍女長はなる程と頷き、王太子様に伝えて下さったようだった。その日来た王太子様は私に申し訳なさそうに言った。
「君に負担を掛ける気は無かったのだ。すまない」
どうやら同衾するなら房事はしないと女性に失礼になると思っていたらしい。いえいえ。
私は「別に王太子様との房事が嫌な訳ではない」と強調(嫌だなんて言ったら愛人をクビになってしまうだろう)してから、体力的に厳しいからペースを落としてくれればありがたいと遠まわしに言った。これには暗に「女抱きたければ他の女のとこ行って良いですよ。私のとこには前みたいに週一くらいで来て下さい」という意味が込められていたのだが、王太子様には分からなかったようだ。
「じゃあ、ただ一緒に寝るだけでも良いのか?」
「・・・王太子様が大丈夫なのであれば・・・」
私が言うと、王太子様は目に見えて表情が輝いた。
「分かった。そうしよう」
王太子様はその日から毎日私の部屋に帰ってくるようになったのである。
王太子様は必ず私を抱き締めて眠る。シテ無い日は私も王太子様も夜着のままでだが。しかし王太子様の全面的な暖かさや麗しいお顔や意外に筋肉があってゴツゴツした腕とか足なんかを間近にいるせいで意識せざるを得なくて、私は寝ている場合では無い。いや、最初は一杯一杯だったので意識していなかったのが、流石に愛人生活も3ヶ月を越えて慣れたせいで逆に意識するようになってしまったのだ。
王太子様は爆睡だ。私をぎゅっと抱き締めるなり直ぐに寝てしまう。これが不思議な事に私がそ~っと王太子様の腕の中から抜け出すと起きてしまわれるのだ。なので私は抜け出せない。ちなみに、房事をお求めの時は抱き締めた後、私に許可を求め、私が良いと言うと服を脱がせに掛かる。
一体これはどうした事だろう。私は王太子様の寝息を耳元で聞きながら考える。
どうやら王太子様が私の事を愛して(愛玩?)必要とされているのは確かなようだ。それくらいは男女関係に鈍く、うとい私にも分かる。流石に愛しても必要としてもいない女の所に毎日は通うまい。
そして、その必要性はどうやら肉欲では無い。いや、完全に無いわけでは無いが、ペースが週一だもの。私の望みを聞き入れて下さっているのかも知れないが、処女喰い王子と名高いこの人には物足りないだろうと思うのだ。それが他の女の所に行く事も無く、私の所に毎日帰ってくるのだから、どうも肉欲以外の何がが王太子様のお気に召したのだと思うしかない。
ただ、それが何だかさっぱり分からない。私は別に普通の事しかやっていないし、出来ないからだ。ただ唯一思い当たるのは、今正にされている私を抱き締めて寝る癖で、私と寝る前は王太子様はかなり不眠症気味だったと聞いた。それが私と寝始めた途端快眠に変わり、侍女長が大変喜んでいたのだ。
うーむ。抱き枕替わりか。女性としてはやや気分的に微妙だが、元々自分に女性としての魅力があるとは思って無いから、そんなもんか、という気もする。そんな程度にでもこの人の役に立てているなら嬉しいとも思う。
何だかんだ言って毎日抱き合って眠っているのだ。流石に情も移る。最近は王太子様のお帰りを待ちわびている気分もある。王太子様がお忙しかったり、夜会が長引いて帰れなかったりして「先に寝ているように」と連絡が来るとガッカリするのだ。ちょっと前まで何とも思わなかった一人の食事が寂しい。そんな日でも朝起きると王太子様は必ず私を抱き締めて寝ていらっしゃるのだ。私の所に毎日帰ってくるようになってから、彼の周りに他の女性の影を感じる事は無かった。
何というか、不思議な気分だった。これのどこが女たらしの処女喰い王子なのだろうか?たかが愛人をこんなに大事にしてくれるのだから、実は物凄く誠実に女性を愛して下さる方なのだとしか思えない。噂が間違っていたのか、私を愛人にしてから変わったのだろうか?
そんな風にして穏やかに過ごしていたある日、朝食の席で王太子様が言った。
「イールはダンスは大丈夫か?」
は?ダンス?私はスプーンを下ろして少し考える。ダンスは実家が破産する直前に少し習っていた。裕福な商人は下位貴族の夜会に招かれる事もあったから、そういう時に恥をかかないためだ。両親としては私を貴族に嫁入りさせて貴族界復帰の心積もりもあったのだろう。そう言えば私がご愛人様になった事は実家には言っていないわね。元気かしら両親。
「一応、踊れるとは思いますが・・・」
練習しないと思い出せないけど。すると王太子様は満足そうに笑って言った。
「では、来週の王宮の夜会に君も出よう。君のお披露目だ」
・・・はい?
「王宮の夜会と聞こえましたが?」
「そうだ。週末に毎週開かれている王宮主催の舞踏会だ。そこで君が私の愛人である事をお披露目し、私の両親にも会ってもらう」
・・・え!
「お披露目⁉ご両親に会う⁉」
王太子様のご両親ってそれはあなた、王様と王妃様なのでは?
「そうだ。ドレスと宝飾品は大丈夫か?」
「用意してあります」
愕然とする私の代わりに控えていた侍女長が答える。うん。ありますよ。確かに一杯買いましたよ。侍女長が勝手に。まさかそんな機会があろうと思っていなかったから碌に見てもいないけど。
「では、準備をしておくように。ダンスの先生が必要なら呼んで良い。ドレスや宝飾品も追加で買うなら買って良いぞ。私には分からぬからな」
王太子様は侍女長にそう言うと、私に向かって甘い笑みを向けた。
「君が着飾ったらさぞかし美しかろう。楽しみにしているよ」
王太子様がご出仕して行かれると私は慌てて侍女長に言った。
「ど、どうして私が王宮の夜会に出るのですか?私、夜会になんて出た事ありません。いきなりそんな所行くのは無理ですよ!」
侍女長はハーマウェイという四十代程の金髪をしっかり結い上げているきつめの美人で、王太子様の遠縁にあたる方で幼い頃から王太子様をお世話している姉替わりの人だそうだ。王太子様が全面的に頼っておられる方で、お屋敷の内向きの事は全てこの侍女長が取り仕切っている。何も分からない私も全面的に頼らせて頂いている。
「落ち着きなさいませ。ご愛人様なのだから遅かれ早かれ出なければいけない所ですよ。むしろあなたが状況に慣れるまで殿下が待っていらっしゃったのですよ」
「あ、愛人が人前に出ても良いのですか?ましてご両親にご挨拶など」
「何を言っているのですか?ご愛人様なのですからしっかりお披露目して、王様王妃様ほか貴族社会にも認知してもらわねば」
「は?」
「?」
どうも話が食い違う。
「私、愛人なんですよね」
「ご愛人様でございますよ」
どうも私がご愛人様について良く分かっていないことを察した侍女長は説明してくれた。
愛人と言うと、私は貴人や裕福な男がいわゆるお金を払ってこっそり「囲い者」にしている女性を思い浮かべる。なのでご愛人様もてっきりそういう存在だと思いこんでいた。
しかし、考えてみれば分かるが、王族のご愛人様は、もしかしたら子供を産んでその子供が王様になってしまうかも知れない存在だ。そんないい加減な存在にしておくことは出来ない。故に王族が妻以外に愛する女性が出来た場合は公的身分「ご愛人様」を与えるのだ。もしかして国母になっても問題が無いように。
王族にとって結婚は重要な政治的カードである。王太子ともなれば恐らく隣国のお姫様との結婚が想定されるところだという。しかしながら、王族にとって子孫を残すのは義務である。もしもそのお姫様と上手く行かなかったり、肉体的な相性が悪かったりすると大変なので、自分が愛している人や自分の子供を産んだ女性をご愛人様として事実上の妻にして子孫繁栄に努めるのである。
事実上の妻。つまり他国で制度化されているという側室や第二夫人と同じという事だ。神様の前で唯一無二と誓い合わないだけで、国も貴族社会も世の中もその王族の妻として扱う存在。それがご愛人様なのである。
最初に言ってよ!
私は唖然とした。ご愛人様がそんな大それた存在だと知っていたら私はご愛人様になどなりませんでしたよ!何だよ事実上の妻って!公的に認められているとは聞いていたけど、王様王妃様、貴族社会公認の事実上の妻だとは聞いて無いよ!私はかなり涙目だ。
侍女長は呆れたように言った。
「だから拒否権があると言ったではありませんか」
「分かりませんよそんなの!」
道理でお屋敷の二番目に良いお部屋を与えられて、超豪華なドレスや装飾品を揃えてもらえる訳ですよ。扱いにようやく納得だ。そしてご愛人様は事実上の妻なので、もしも王太子様の寵が衰えてもそう簡単にクビになる存在でも無いらしい。
「恐らく今度の夜会のお披露目で、あなた様には爵位が与えられると思います。前例に照らし合わせれば伯爵夫人くらいの」
「伯爵?」
「子供が生まれれば公爵夫人になる可能性もありますよ。当然それに伴った領地が与えられますから、御親族をして経営に当たらせなさいませ」
「領地?」
「この身分はあなた様が殿下のご愛人様を外されても残ります」
クビにされた後の心配をする必要は無いという事だ。というか、ご愛人様を外すというのは事実上の離婚なので、どちらかに大きな落ち度でも無ければそう簡単なものでは無いのだという。
爵位とか領地とか、とんでもない話だった。のんびり愛人生活満喫している場合じゃ無かった。こんな重要な話なのに、あんな軽い感じの打診で、私がOK出したら即決定したのおかしくない?あの時私に詳しく説明して翻意を促す事案だったと思いますよ侍女長!ガクブルしている私に侍女長はどこか嬉しそうに言った。
「あなた様は5代前に王族の姫が降嫁なさるくらいの家柄の出ですから、血筋的にも問題ありません。この数ヶ月でずいぶん仲睦まじくなりましたし、もう問題無いでしょう、ということでお披露目する事になったのですよ」
つまりお披露目前の今はまだ試用期間中という事では?今ならまだ逃げられるのでは?私が思わず期待の眼差しで侍女長を見ると、侍女長は生暖かい微笑みで言った。
「それまで女たらしと言われていた王太子様が、あなたを愛人にした途端、毎日あなたの所にしか通わなくなったという噂は社交界に知れ渡っておりますよ。王様もお妃さまもどんな女性が殿下を改心させたかとお会いするのを楽しみにしているそうですよ」
あ、これもう逃げられない奴だ。私は頭を抱えた。
夜会の日まで私は先生を呼んで必死にダンスを復習し、コルメリアに頼んでマナーや立ち振る舞いを入念に復習した。コルメリアもご愛人様の正確な身分を知って愕然とし、でもご愛人様の一番のお気に入り侍女というのは結婚に有利になるわよね、と考えたらしく改めて私にしっかり仕えると言ってくれた。
ドレスも着てみて直したり、装飾品も改めて見て当日のコーディネートを考える。他にも貴族名簿で主な貴族の名前と身分、そのご家族を覚える。当日の会場である王宮の広間の一つの位置と間取りを覚えて迷子にならないようにするなどの準備に追われた。一週間じゃ足りませんよ。再来週のにしましょうよ。と言いたかったのだが、王太子様がどうやらとっても楽しみにしているようだったので諦めた。
しかもどうやら王様王妃様との顔合わせや爵位の授与などがあるから夜会の前に大謁見室での御披露目があるらしい事が判明した。それが分かったのは三日前という有り様だ。そういえば、みたいに告げられて私が思わず王太子様を恨みがましい目で見てしまったのも無理からぬ事だと思って頂きたい。この人、私が庶民だと忘れてるんじゃ無いでしょうね?
国王様に謁見なぞ考えてもみない身分なのだ。そのために必要な事など何も分からない。そのため、侍女長とコルメリアに全面的にお任せするしか無かった。私無能なのでは?そう思ってガックリしていると、コルメリアが私の頭を撫でながら言った。
「これから覚えていけば良いんじゃないですか?どう考えてもこれが最初で最後な筈はありませんし」
嫌な事言うわね。そう。私が一生ご愛人様でご愛人様が日陰の存在じゃ無いのなら、こうした公の場の催しはこれからも何度もあるだろう。慣れるしか無いのだ。
しかし、私はそこでふと思った。事実上の妻だとか言われているが、私は所詮神の前での宣誓をしていない身。正式なお妃様が決まれば私は日陰の身になるんじゃない?そうすれば公の場に出ずにまたお屋敷でゴロゴロ出来るんじゃない?
などと考えて、私は侍女長に「王太子様のお妃選びはどうなっているのですか?」と尋ねた。すると侍女長はあからさまに顔をしかめ、私に注意した。
「カムライール様、お妃様選びについては殿下に絶対に聞いてはなりませんよ」
迫力ある表情で言われたので圧倒された私は頷いたのだが、納得はいかない。すると仕方無さそうに侍女長は説明してくれた。
当たり前だが、王太子様にはお妃様候補が子供の頃から沢山いた。複数の隣国の王女様から国内の有力貴族令嬢に至るまで、何十人もだ。選り取り見取りという奴だ。
王太子様のお妃様になれば将来は王妃様だ。国の女性の代表だ。私などはあまりに恐れ多くてごめん被るが、高貴な方々にとっては憧れ、目指すべき地位らしい。そのため、王太子妃を目指して女性達の熾烈なバトルが始まってしまったのだとか。
女の戦いだから表に裏に大変な戦いが繰り広げられたらしい。王太子様の面前でお妃様候補同士のつかみ合いの引っ掻き合いが始まった事もあるんだとか。こえ~。特に王太子様を困らせたのは、お妃様候補が王太子と自分が近しい事を声高にアピールする事だったそうな。
一時期、王太子様はお妃様候補の一人と関係が深まり、彼女と寝たらしい。するとそのお妃様候補が誇らしげにそれを社交界で言いふらし、王太子妃は私だとばかりに振る舞った。王太子様はそれに怒り、即座に彼女との関係を切ったのだとか。そしてお妃様候補と言われる女性と片っ端から関係を持つようになったのだそうだ。
何十人もいるお妃候補、言い寄って来る女性、お屋敷に王太子様と関係を持つ事を期待して侍女として送り込んで来られた貴族令嬢など。これを全員、特別扱い無しで一回だけ寝る事で、自分には特別な女性はいない事を示していた。それがどうやら処女喰い王子の真実らしい。
・・・やり方が不器用過ぎるでしょう。聞いていて私は頭が痛くなった。だが分かる。王太子様はそういう人だ。そもそもは女性を誠実に愛するタイプなのだ。よっぽど最初の一人を愛していて、それだけに失望したのだろう。余計な事をしてくれたものだ。
故に王太子様の周囲ではお妃様選びについては禁句になっているらしい。ご本人は実に投げやりに「誰でも良い」とおっしゃっているのだとか。寝た女性で妊娠した方がいればその方で良いんじゃないか、とかロシアンルーレットみたいな事まで言っていたらしい。
「そんな女性について歪んでいた殿下が突然、お妃候補でも自分に言い寄ってくる女性でもなかったカムライール様をお求めになったのですよ」
そう言う侍女長は実に嬉しそうだ。この人は幼い頃から王太子様をお育てしていた方だから、処女喰い王子になっちまった王太子様には心を痛めていたのだろう。
「しかも、もう一度お召しになりたいとまでおっしゃったのです。周囲の者がどれほどあなたに期待したか分かりますか?」
なので騙すようにして私をご愛人様にしたわけですね分かります。恐らく私は王太子様を更生させるために、藁にも縋るような感じで王太子様にあてがわれたのだろう。察して、じとっとした目で見た私を物ともせずに侍女長は言った。
「結果は予想以上でした。王太子様があのように女性を大事にするなぞ誰も考えませんでしたからね。王様も王妃様もあなた様には大感謝しております。本当にお会いするのを楽しみにしているそうですよ」
・・・ガンガンハードルが上がった気がするんですが。処女喰い王子を更生させたって、私ずいぶん凄い人だと思われてない?私何にもしていないのに?こんなちんちくりんの庶民女が出て行って大丈夫なの?王様王妃様がっかりしない?
私が頭を抱えて慄いている内に日々は過ぎ、ついにお披露目の当日がやって来たのだった。
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