第2話 謎の男たち

 個室から出て来て、洗面所で手を洗っていたら何やら複数の男の人の押し殺した会話が聞こえて来る。


 男の人ってグループでご飯食べに行く時は、不思議と無口になるんだよね。あれ、なんでなんだろうね? 私達なんか、何食べようか嬉しくてペチャクチャしちゃうのにね。


 だから男の人達の押し殺した会話って、ヤバイ感じが満載なんだよ。洗面所から出ないで、コッソリと聞き耳を立てる……。


「確かにここのファミレスで間違いは無いな?」

「本部からの連絡ではこのファミレスで間違いない」

「全く、馬鹿なヤツだぜ。俺たちが立ち上げた『おとりサイト』に長居しやがって。長時間サイトに接続していればIPアドレスから居場所が特定出来る事を知らないのか?」

「まあ、無駄な会話はそれくらいにしてサッサと捕縛してしまおうか」


 ……


 うへ、コレってさっき『よみせん』の彼女が言ってた闇のWebサイトの事じゃね? おとりだったのか。危なかったなあ、小説禁止委員会の狩猟官チェイサー達とはタッチの差で逃げ切れた事になるじゃん彼女。


 でも、待て待て。私はどーなるの? カバンの中のパソコン没収されたら、私が『書き手』だってバレバレじゃないの。コレって最悪のシチュエーション?


 狩猟官達は表立った行動を避けるようにしてファミレスの客をチェックするようだった。二人一組で見て回る作戦がバッチリ聞こえて来る。馬鹿め。壁に耳あり障子に目あり、女子トイレには聞き耳立てている乙女あり、だぞ。


 私は彼らが客席を回り始めるのと同時に、女子トイレから出て、彼らに見つからないように会計を済ます。そしてなに食わぬ顔でファミレスの出口を開けた。

 と、ファミレス前の道路には、狩猟官達が逃げ出した『よみせん』を捕獲するために待機してる。このまま不用意にファミレスから道路に出たら確実に職質を受けて手荷物検査を受ける事になる。

 そしたら、一発でばれて、私も洗脳教育を受ける事になる。これはヤバイ、ちょーヤバイ。


 せっかくファミレス内部での手荷物検査をパスしたんだもの、このまま逃げたいじゃない。さてどうしよう? 

 ── 私は大きな声で叫んだ。

「しまったー! ファミレスのお得クーポン忘れちゃったぁー、取って来なきゃー」


 そうやって叫んでから一呼吸おいて、ファミレスに入らずに引き返す客の振りをして道路に出る。案の定、サングラスをしてイカツイ兄ちゃんが近づいてきた。兄ちゃんの後ろには「小説禁止委員会」のロゴが貼ってある大型のバンが止まっている。この状態では絶対に逃げられない。


「お嬢さん、どうなさったのですか? 私は怪しい者ではありません、小説禁止委員会の狩猟官です」


 そう言って、身分証を見せる。へー、お金のかかったお洒落な身分証だこと。


「はい、お恥ずかしい話ですけど……。割引のクーポンを持って来るの忘れたので、これから取りに帰るところですの」

「そうであれば、しばらくこのファミレスに来ない方がよろしいですよ。今からこのファミレスは我々小説禁止委員会によって封鎖されますので」

「あら、そうなんですか? お仕事ご苦労様です」


 私は、そうやってファミレスを後にした。


 フーッ、危なかった。もうこのファミレスは使えないわ……。今度ネットで見かけたらさっきの『よみせん』お姉さんにアドバイスしとかないと。私もネットの接続時間をもっと注意しなきゃぁね。うんうん。


 いやあ、でも良かったよあのタイミングでトイレに入ってて。まるで小説みたい。今度私もこのアイディア使ってみよう。でもさ、今回の事も前回の交換会も、全部私の生理のおかげどいう事だよね。コレって自分をほめて良いよね。私は自分の大切な部分を右手でスリスリしながら、左手でサムアップしてチョット大袈裟に自分をホメる。


「よくやったぞ、私。イエーイ」

 そう言って、3cmだけ飛び上がる。うんうん。


 もしかしたら、私って超能力者かな? 小説禁止委員会の捕縛作戦が、私の体を使って検知出来るという事なのかな。う……、でもこの能力って月に一回しか機能しないし、今回のように、抜き打ちで来られてもチョット嫌だなぁ。もっとこう、頭の中にビビンッ! て警報が飛び込んでくる能力が良かったなぁ、異能の神様。


 まあ、でも無事に逃げられたのは素直に喜ぶべき事だと思った。私みたいな書き手でも、誰かが待っててくれる、その人達にコレからも小説を提供し続ける事が出来る、それって本当に小さな事かもだけど、でもさ、ヤッパリ嬉しいよね。


 あれ、なんか帰りの道がボヤけて来ちゃった。目が潤んできてる。


 あーそうか、さっきからすれ違う人が私をチラチラ見てたのは、私が可愛いからじゃなくて、私の目から出てる水がホホを伝って流れてるのを見てたのか。でも今の気分は涙を拭きたくはないな、流れるままでも良いかな、そんな気分だもん。


 小説を書けない、読めない、今すれ違ったそこの貴方や貴女、人生損してるんだよ。小説を読もうよ! そして自分の頭の中の言葉を文字にしようよ! 大きな声で叫びたいくらいだよ。でも叫べないから、嬉し涙を道行く人達に見せつけちゃえ、えへへん、なんか気持ちいいなあクセになりそう。

 

 なんか今日は気分がいいなあ。よし、今日はアリサちゃんを私のアパートに呼び出して、久しぶりにお手製のカレーでも振る舞っちゃおうかな。もちろん食後のデザートは『あ・た・し』だよ、アリサっ……。


 ふふん。

 

(了)

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小説の無い世界 2 ぬまちゃん @numachan

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