小説の無い世界 2

ぬまちゃん

第1話 ファミレスの朝

「うっふーん、もっと、ハ、ゲ、シ、ク、してー。あっはーん」


 そう言いながら、マキはアリサの着ているブラウスの袖口から手を入れて、彼女の若々しい肉体をその細い指で柔らかに触る。


 ☆ ☆ ☆


「ウーン、この場合は手がここから入るからオッパイ触るのは無理があるなぁ。ここはやっぱりブラウスの下から手を突っ込んでだな。で、ブラジャーを無理やり上に上げて……」


 私はそう言いながら、自分の手をブラウスの下から入れて、さらに手を伸ばす事でブラジャーを上げて自分のオッパイの先っちょに触れる。


「良し、コッチの方が自然だな」


 ふと、誰かからの艶かしい視線を感じて我に帰る。横には、オーダーしたデザートのチョコパフェを乗せたトレーを持ちながら、胸の膨らみを強調したデザインの制服を着たウエイトレスが不思議そうな顔をして立っていた。


「あ、ゴメンなさい。チョットオッパイが痒かったので……」


 私はそう言いながら、ショートボブのクルリと跳ねた髪の毛をクシャクシャと触って、テヘ笑いをする。


 ウエイトレスは頭の上に大きなクエスチョンマークを点滅させながら、プロらしい笑顔でパフェをテーブルの空いた場所にソッと置く。そして狭くなったテーブルをじっと見つめながら一声かけてくる。


「こちらのお皿は片付けても宜しいでしょうか?」

「あ、はい。お願いします。持ってっちゃって下さい」

 私は、意識して明るい笑顔で答える。


 テーブルには、A4フルサイズのノートパソコンがドーンと出ているので、テーブルの上は通勤時間帯の新宿駅のような過密状態だった。

 ランチセットの青椒肉絲で使った中華皿と大盛ごはんが入っていたお椀、さらに飲み放題のスープのカップにサラダセット用のガラスのお皿。とどめは、水のみ用のコップと水差し。これらが都心の住宅街のように密集しながらも自分の存在をそれぞれ主張していたのだ。こりゃあ狭いわ。


 でもさ、ここの労働者ランチを食べる時は、水差しとコップは必須なんだよね。だって働くおじさん御用達の労働者ランチは、美味しくてコストパフォーマンスが良いんだけど、食べた後無性に喉が渇くんだものね。

 女性にはちょっと味が濃いからかなぁ、それともそろそろ生理が来るからかしらん。私の場合は、わりと正しい周期で来てくれるから余裕があるんだ。

 そういえば、友達の中には周期が不安定な子がいて、非常用ナプキンセットを手放せないー、っていつも叫んでいたわ。オホン。


 お皿とお椀と、カップが無くなると、ノートパソコンの前に手を置くスペースが出来た。ここにチョコパフェを移動して、先ずはスプーンで一番上に乗っているチョコクリームをペロリとすくって口に運ぶ。


「ぷはー」


 やはりチョコクリームは美味しいわあ。私の脳細胞が糖分を欲しがっていたから、これで一息つけるかな。小説を書くのは『農作業』あ違った『脳作業』だからね。とにかく糖分が必要なのだよ。


「さあーって、もう少し書くかな」


 私は、いつも5000文字まで書く。それから一度推敲して、それで、一回寝かせるんだ。そうすると、夜中に小説の神様が現れて私にご神託を与えてくれるの。そして、もう一度修正したら、公開するの。


 おっとー、これは、すべて秘密だよ。


 だって今の世は小説を書いても・読んでもダメなんだ。だから、小説を公開するのは闇のWebサイト。公開するのは約10分間だけ。それ以上公開すると私達の天敵である小説禁止委員会の検索にひっかかっちゃうんだって。


 ネットに詳しい友人から聞いた話だと、長時間同じ場所からネットに接続しているとIPアドレスとか言うネットワーク上のアドレスが特定出来ちゃうんだってさ。

 そうするとインターネットの接続事業者であるプロバイダーにIPアドレスを問い合わせる事で、ネットワークに接続している場所が特定できるんだそうだよ。

 コレって個人情報だから普通の人は出来ないけど、裁判所の承認さえ取れれば簡単に出来るから、弁護士や警察なら簡単なんだってさ。小説禁止委員会は当然国の特別機関だから余裕でIPアドレスから接続してる場所の特定が可能なんだってさ。なにそれ? とか思っちゃうよね。


 私の前の彼氏も、IPアドレスの事をなんか偉そうに語ってたから、別れちった。だってエッチだって自分の都合でやろうとするんだもの。女の子には女の子なりの都合があるのにさぁ。そりゃ、最初の何回かはガマンしてエッチしたけどさ。女にだって堪忍袋はあるんだゼィ。だから私は悪くない。うんうん。


 話がそれちゃったけど、だからPVなんか殆どないんだ。昔Web投稿サイトが自由に作れた時は、何百PVとか何千PV行きましたー、っていうのがトレンドだったって聞いたことあるけど、まじー? とか思っちゃった。


 後は『よみせん』の交換会用に、闇の書店アンダーワールドにデータを提供するぐらいかなあ。


 なんか、先月の交換会、手入れが入ったみたいで、かなりの『よみせん』達が捕縛されて洗脳されたらしい。


 私は参加してなかったから、ほんと助かったわ。でもほんとは行きたかったんだよね、なんかレア物の小説データが公開されるとかウワサ飛んでたし。

 その日は生理がひどくてさ、鎮痛剤飲んでもぜーんぜんダメ。結局そのおかげで摘発されなかったんだから、生理、サマサマかな。


 一応、ローファンタジー書きなんだけど、現代風恋愛ものも書くんだよ、時々ね。

 今書いてるのは女の子二人の恋愛物。ここに男が乱入して三角関係全開のシナリオなんだけど、その前の女の子二人で盛り上がってる所でスランプ。エッチの経験が少ないから、ここら辺の描写がへたなんよね。でもだからと言って、積極的にエッチする度胸もないし。ふふん。


 さーて、チョコパフェのエネルギー充填が終わったから、残りを一気に書き上げるかー。エッチ部分はまた推敲の時に修正する前提でいいや。


 私が眉を寄せて唇を尖らせながらペチペチとキーボードに向かって書いていると、


「おはよ! お疲れ様。相変わらず、唇尖らせて書いてるわね。可愛い顔が台無しよ」


 小声で私に挨拶する人が……


「あ、おはよ! 集中すると唇が出ちゃうのは癖だから仕方ないのぉ。でもどうしたの、今日は? 夜型の貴女がお昼のこんな時間にファミレスにいるなんて」

「うん、チョット面白い闇Web投稿サイトがあってさ、昨日の夜からチェックしてたらこの時間になっちゃった。もう眠くてたまらないから、コレからアパートに帰って一眠りするの」


 彼女は、手で口元を隠して、さらに小さな声で私に耳打ちする様に話しかけて来る。なんか、ガールズな恋人同士の会話に見られたら、困るかも……。私も一応、ボーイの恋人を絶賛募集中の年齢不詳の乙女ですものね。ウム。


「ん。じゃあ『おはよう』じゃなくて『おやすみ』だね」

「ああ、おやすみぃ……」


 そう言って、彼女はタブレットを持っていない手を上げて左右に振りながら出口に向かう。最後の「みぃ……」の3点リーダーの中に『眠い』の文字が10個ぐらい入ってる感じだった。ウフフ。


 彼女もここのファミレスの常連で、彼女は『よみせん』らしい。私の小説を何回かレビューしてくれて知り合った仲間。でもお互いに素性は明かさない。だから名前も住所も知らないの。だって自分が捕まった時に迷惑かけちゃうからね。こうやって声をかけるだけのお友達。えへん。


 それでも「生の読者がいる」というのは本当に嬉しいんだよね。ヤッパリ書き手としたらさ、読んで欲しいもの。読んでコメントやレビューもらえると「神様ありがとうー」とか思ってお空に向かって叫びたくなるんだよ。あれ? それって変かな。


 さてと、あと少し頑張るかな……、と思ってたら下腹部に突然鋭い差し込みが来た。

 ほらほら、時代劇でカッコいいお侍様の前で町娘が突然お腹を抑えて座り込んじゃうヤツ、アレね。


 おっかしいなぁ、まだ来ないハズなのに? と思ってノートPCを閉じてリュックにしまってから慌ててトイレに向かう。確か予備のナプキンはリュックの中のポーチにあるので大丈ブイ。


 * * *

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