第5話 終

「なんで?どうせあずさのことがわからないわよ」

「いいよ。いい子になれなかった亜紀あきちゃんに今の私を自慢してやるだけだから」

「まあ、それならいいわ。でも少しだけね」

 梓は母から離れ、生臭なまぐさ肉塊にくかいに近づいた。

 あずさ亜紀あきの紫色の顔をのぞきこむ。

 亜紀のうつろな黒目がわずかに梓の方に動いた。

 梓は握りしめていた小瓶こびんを亜紀に見せる。

 亜紀がかすかに笑った気がした。

 梓はうなずき、びんふたを開けた。

「梓、何をしているの?」

 あせった声の母が梓にけよる。

 梓は瓶の中の液体を勢いよく箱の中の金色きんいろの目にぶちまけた。

 肉塊は激しく動き、異臭いしゅうけむりき出た。

 梓は肉塊に向かって叫んだ。

「お母さんを返して!」

「いや、やめて!いやああ」

 母が頭を抱え絶叫ぜっきょうする。蛇が苦しそうに母から離れると、母は倒れた。

 よかった。亜紀ちゃん、ちゃんと効いたよ。

 心の中でそう言うと、とける肉塊の中で、虚ろな亜紀の目がゆっくりと閉ざされた。

 棺の中に肉塊は残骸ざんがいすら残っておらず、ただびん欠片かけらと黒いシミだけが広がっていた。

 梓は箱の中に干からびた蛇とオムライスを皿ごと放りこみ、ふためた。

「う、ん」

 母が起き上がる。

「あ、お母さん」

「あれ?ここどこ?」

「図書館の地下一階。古代のお墓のレプリカを展示してるんだって。私がじっくり見てたらお母さん飽きて寝ちゃったんだよ」

「そうだったの?私何も覚えてないんだけど。 あら?梓、なんで泣いてるの?」

「何でもない」

 言葉とは裏腹うらはらに梓は声を上げて泣く。

 母は梓を抱きしめようとするが、梓は母を押しのけた。一人泣き続ける梓に、母は困っておろおろとしていた。

「どうしたのよ、梓」

「お母さん、もういいから」

「何?本当にどうしたの?」

「何でもないってば。それより早く帰ろ。今日は私が夕飯作るね」

「え?」

「お風呂も歯磨きも言われなくてもするし、掃除や洗濯も自分でする。私もう中学生だから。お母さんなしでもちゃんとできるから」

 母はそれを聞くと戸惑とまどったように、そしてどこかさびし気に笑って答えた。

「どうしたの?本当に変よ」

 梓は苦笑いする母の背を押し、いつの間にか再び現れた木のドアから、さっさと部屋を出て行った。

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ヘビと毒とお母さん Meg @MegMiki34

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