第16話:“Happy” → “Surprise”/“Raid”


 


 ーー鯉沼がいいーー




 そのたった一言が、わたしを一気に熱くさせた。あんなに面と向かってそう言ってくれる人は初めてだったから、ホントにびっくりした。






 ーー“まとい”、その服、似合っている。可愛らしい雰囲気がいいなーー




 はじめて名前で呼ばれたときは、とっても嬉しかった。服もそうだし、自分の名前が宝物のように感じた。








 たくさんの喜びを、つばさくんはわたしにくれた。今までの人生が楽しくなかったとか、そういうわけじゃない。さーやちゃんやバスケ部、クラスのみんな、ほかにもいっぱいの友だちがいて、先生方もいい先生が多くて。十分に恵まれていると思う。


 だけど、自分が同世代の子たちの中でも小柄で、だいたいの男性は、わたしみたいなちんちくりんよりも、もっとこう、ボンッって感じの、『女性らしい女性』が好きだってことは知ってた。だから自分は、あんまり恋人が出来るチャンスはないと思ってた。そこに現れたのがつばさくん。


 かっこいい男の子で、でも女性が苦手そうだったから、諦めるとかそれ以前に、『ありえない』と思ってた人。


 女の子なら一度は夢見る、「素敵な人と出会って、恋をする」というシチュエーション。叶えるのは難しいと思ってたのに、それをつばさくんは叶えてくれた。足りないものはないってくらい、今の私は幸せだ。








 ……でも。でもね。


 一度欲しかったものを手に入れちゃうと、今度はーー








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 映画館を出た俺たちは、その足で施設内にある観覧車乗り場に来た。建設当初は、「まちなかにできた観覧車」ということもあり、行列も出来ていたそうだが、今では「まちの景観」という意味合いが強くなり、直接乗る人は少ないようだ(乗る人はもちろんいる)。


 それもあってか、夕暮れ時という絶景ポイントだというのに、すぐにゴンドラへと案内された。






「それではどうぞごゆっくりお楽しみ下さい♪」



 スタッフの方から従業スマイルで見送られ、俺たちの乗ったゴンドラは回り出した。直径およそ60メートル、最高到達点では地上90メートルを超え、14分ほどかけて一周する。その間ゴンドラ内は俺とまといの二人きりとなるのだが、



「……」


「……」



 まといもそうなのだろうか。緊張して、会話が発生しない。もうゴンドラは頂点を過ぎ、全体の4分の3を超えたところだ。もうすぐ降りることになる。


 ゴンドラを支配する静寂。せっかくの初デート、そして観覧車という、これでもかというお膳立てがあるにもかかわらずこのていたらく。『女泣かせの竜ヶ水』と揶揄されることもあるが、いよいよ反論する余地がなくなってしまう。自分が情けなくなってしまう…。



「……はぁ」


「あ、ごめんねつばさくん。やっぱり退屈だったりする?」



 俺のため息を不満から来るものだと思ったようで、まといがもうしわけなさそうな顔をする。これはいけない。ますますよくない。



「すまない、そういうことじゃないんだ。ただ」


「ただ…?」



 不思議そうに顔をかしげるまとい。これは言わない方が不誠実な気がしてくる。



「……せっかくの初デートで、観覧車にも乗っているのに、話題のひとつも出せない自分がふがいなくて、だな。えー、その」


「……つまりつばさくんは、わたしになんて話しかけるか、考えてくれていた、ってこと?」


「あ、ああ」


「………」



 目をつむり、片手をあごに当てるまとい。なにやら考えているようだ。



「その、まt」


「……ふふっ」


「?」


「アハハハハハッ!」


「!?」



 まといが突然声を出して笑い出した。馬鹿笑いというわけでもなく、そもそもまといは普段から明るく元気なイメージはあった。しかし、この場面で笑うとは思っていなかったため、思わず面食らってしまう。



「笑うようなところだっただろうか?」


「ごめんね。実はわたし、窓から景色ばっかり眺めてて、会話してないこと気にしてなかったから」


「そ、そうだったのか…」



 純粋に景色を楽しんでいたのはいいことだ。いいことなのだが、少し肩透かしを食らったような気分だ。



「うん。それに、ちょっと嬉しくなっちゃって」


「嬉しい?」


「だってつばさくん、わたしのために悩んでたんでしょう? 好きな人が自分のことを考えて、ああしようどうしようって。


 すっごく愛されてる、って感じるんだ」



 そう嬉しそうに語りながら、屈託のない笑顔を見せるまとい。それはとても輝いていて、こちらも嬉しい気持ちになれた。










 ーーだから、だろうか。






 乗ったときには向かいの席に座っていたまといが、いつの間にか横に座っていたことも。


 俺とほぼ感覚を空けずに座っていることも。


 顔がほんのり赤く上気していることも。






 気づくのに遅れてしまった。




 その結果、






「でも。でもね、つばさくん」


「?」


「一度幸せそれを受け入れちゃうと、今度はもっと欲しくなっちゃったんだ」


「ん? それはどういういm…!?」










 俺の口は、まといの口に塞がれていた。




 時間は、ものの数秒だと思う。しかし、あまりに急なことだったため、なんの反応もできず、無限に等しい時間を感じた。






「……ふうっ。ふふっ♪」






 唇を離し、微笑みかけるまとい。それは先ほど見せた笑みと似ているようで、どこか含みを感じさせるもので。






「もっとも〜っと、幸せにしてね♪」






 その顔は赤く染まり、今にも破裂しそうなほど。相当な勇気を出してくれたのがわかる。




 なら、俺がすべきはその返答だ。






「ありがとう、まとい」


「つばさく ん゛っ!?」






 先ほどはまといからだったが、今度は俺から。とてもみずみずしく、柔らかな感触が、とても心地よかった。おおとりが結斗にする場面は何度も見ており、そんなにいいものかと思っていたが、これはたしかに癖になるかもしれない。






「え、や、あの///」


「好きだ、まとい」


「!?!?!?!?」






 ボンッ、という音が聞こえたような気がした。そう思ったら。






「きゅうッ」






 まといが力の抜けたようにもたれかかってきた。






「まとい、大丈夫k」


「はぁ〜い1周しました〜」


「「!?」」


「っておっとこれは〜。……?」



 俺とまといは今、もたれかかってきたまといを俺が抱きかかえている状態だ。そして俺とまといの身長差はかなりある。それを他の人が見たら…。






「「!?!?」」


「またのご来館、心よりお待ちしておりま〜す。(……はぁ、タイミングミスるとかプロ失格じゃねぇか。最悪…)」



 何か言いながら去っていく従業員。取り残される俺とまとい。



「……」


「……」


「……帰るか」


「そ、そうだねっ」



 俺とまといは逃げ帰るように、その場を後にしたーー。








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『――え。そこまでいったの』


「はい…」


『……なんか、予想以上の成果を上げてきたから、なんて言ったらいいか分からないんだけど』



 夜。サーヤちゃんにその日の報告をすることになり、乗せられたりカマをかけられたりした結果、今日あったことほぼ全部を話すことになってしまった。恥ずかしい。からかわれると思ってたらちょっと引かれてそうな声色なのがとても恥ずかしい。



『いや〜、まといに先を越されるとは思わなかったな〜。とりあえずおめでとう、まとい』


「サーヤちゃん」


『これでイジるポイントがひとつ増えたね♪』


「さっき感じた感動を返して!!!!!!」


『あはははっ!! ……ねえ、まとい。今幸せ?』



 ひとしきり笑ったと思えば、優しい声色で問いかけるサーヤちゃん。この声を聞くと、ああ、大切にされているんだなあ、って実感する。そして、その答えは決まっている。








「もちろんッ!」









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後書き


ひとまず今作は、ここで一区切りとなります。



ここから二人は本格的に付き合っていきます。

学業に部活に恋愛に、

たくさんのイベントがあることでしょう。


ここまで読んでくださった読者の皆様、

お付き合い下さり、ありがとうございました。


またどこかでお会いしましょう(*`・ω・)ゞ

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女泣かせとみんなのお姉ちゃん【安平高校物語】 ムゲン @hmdy

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