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「〈
この
剣をふるって左右の敵を
すると、彼女を止めようと立ちはだかったはずのバーナーム兵たちがおずおずと
一時はバーナーム軍の
おかげでフィオラは、こまごまとした部隊運用をレイタスにゆだね、自分は存分に戦士としての
ところが、そんな
(・・・・・・メルセリオ?)
フィオラはほとんど無意識のまま、そのローブ姿のバーナーム騎士へ乗馬をあおっていた。
相手はフィオラの接近に気づいており、
「メルセリオ・・・・・・」
その名が、フィオラの
なぜ、五年前に姿を消したのか。
なぜ、今になって姿を現したのか。
なぜ、エリンデールを殺し、バーナーム
これらの疑問がフィオラの意識を戦場から遠ざけ、近づきつつあるローブ姿のバーナーム騎士にのみ心をそそがせた。
(どうして、わたしをすてたの・・・・・・)
この
「なにをするのッ、メルセリオ!」
目の前の男はメルセリオなどではなかったのだ。ローブにフード、そして
(ちッ。わたしとしたことがッ・・・・・・)
メルセリオを敵にまわすことを決意したはずなのに、いざ彼の幻影を
一方の相手は、フィオラが誰であるのかをしっかりと認識しているようだった。
「フィオラ・グランゼス! ここで貴様をしとめれば、メルセリオさまもお喜びくださろう!」
ふたたびくりだされた相手の突きを、フィオラは軽く
「貴様、メルセリオを知っているのか!」
フィオラの
「我が名はアドラフ、メルセリオさまの一番弟子よ!
「貴様のことなどきいてはおらぬ!」
フィオラは、ふりおろされてきたアドラフの曲刀を軽々と受けとめ、受けとめた直後、素早く手首をかえして相手の曲刀を
一瞬の出来事に
「メルセリオの一番弟子がきいてあきれる。レイタスなら、こうもやすやすとわたしに
この言葉がアドラフの
「殺しはせぬ。
だがこの時、
この
「逃げるなッ、
遠ざかるアドラフの背なかに
状況を
フィオラはふたたび乗馬をあおり、バーナーム兵たちの間に悲鳴と
右翼の異変はレイタスも
「
レイタス自身は馬上で剣をふりつづけ、遠見の筒を右目にあてているセルネアを守った。
「右翼が
「北の森に兵を
小規模ながらもバーナーム軍はやはり
はめたのは誰か、などと考える必要はない。これほどの
「セルネア! おまえはフィオラのもとに行って兵を借りてこい! 五〇〇もあればじゅうぶんだ!」
そう命じながら
「あ、ちょっと、ひとりでどこ行く気?」
「先に右翼へむかう! おまえも急げ!」
ふりかえらずにそう言い残し、レイタスは
レイタスが右翼に到着すると、副官ルーニ率いる部隊は混乱していた。前面のバーナーム軍騎兵の突撃を必死に食い止めているさなかに、右
そんな乱戦のなかにあっても、右翼が
それをさせまいとして敵が動くとすれば、指揮官であるルーニの首を
「カルカリアの時と同じことをされてたまるか!」
その戦いでは総大将たるエリンデールが討ちとられたことで、
この奇襲部隊を率いている者も、きっと同じことを
「メルセリオォォォ!」
右翼の本陣に到着したレイタスは、今まさにルーニにむかって黒馬をあおり、彼に
その叫びを無視して、
投げた剣は相手のフードをかすめ、フードをまくるだけでおわった。だが、相手の注意をこちらへむけることには成功した。剣によってフードをまくられたバーナーム騎士は
レイタスが見まごうはずのない、かつての師──メルセリオその人である。
メルセリオも、武器をうしなって
ふたりの騎士が正面から激突し、槍と剣をめまぐるしく交差させて
「みごとな
剣を
「
「・・・・・・黙れッ」
一瞬、レイタスの反応がおくれたのは、メルセリオの口からこぼれた「我が弟子」という言葉のせいであった。
かつて、その言葉はレイタスだけのものだった。だが今はちがう。おまけに、今のメルセリオには新たな弟子がいるようだ。
そのことがレイタスに無視できぬ動揺をあたえた。
その
レイタスは
組みあいながら落馬した両者は、地上に落ちたあとも二転三転しながら組みあっていたが、やがて、メルセリオがレイタスの
「わたしが憎いか、レイタス。ローデランの統一と平和を
「・・・・・・・・・」
ただにらみかえすだけのレイタスに、メルセリオが
「おまえはまだ、なにも見えていない。だがいずれ知るだろう。わたしの行いが、真の正義にもとづいたものだということを」
「乱世を好む
レイタスは
それだけに、メルセリオの耳には無視できぬ
「
「教団は平和を
「ふん、
「なんだとッ」
その反応を楽しむかのように、メルセリオが
「言ったはずだ。おまえたちの神は戦いを望んでいると。そうでなければ、このローデランの動乱がどうして三〇〇年もつづくというのだ。アズエルが
「平和は訪れるはずだった。それをあなたが
「ちがう! エリンデールなど
「なにを根拠に──」
反論しようとしてレイタスは言葉を
突然、メルセリオが
「この戦いのささやかな勝利を、しばしの間、味わうがいい、レイタス。だが、わたしの
「負けおしみを!」
レイタスは立ちあがり、周囲の
「この戦いで
「ニアヘイムごとき
負けおしみにしては自信をみなぎらせたメルセリオの
「では、なにが目的だったと?」
「わからぬか?」
「・・・・・・・・・」
「もっとひろい視野で物事をとらえるんだ、レイタス。戦場は、ローデラン全土だということを
「ローデラン全土が、戦場・・・・・・」
不意に、この言葉のやりとりが
だが、そんな
それを見たレイタスは、自分でも意識せず、とっさに叫んでいた。
「フィオラはどうする!」
「・・・・・・・・・」
レイタスも自分の声におどろいたが、ひとたび
「彼女は、今でもあなたを愛しています・・・・・・あなたは・・・・・・あなたはどうなのですか!」
「・・・・・・その女が愛した男は、アディームの砂漠で
バーナーム軍の奇襲部隊も、まるで
セルネアと合流したレイタスは、その増援部隊に
メルセリオがグランゼス軍の右翼を一時的に
実際、バーナーム軍本隊は、メルセリオの奇襲部隊がひらいてくれたグランゼス軍右翼の穴を唯一の
これをレイタスたちが
バーナーム軍はすでに戦意をくじかれている。今は逃げのびることしか考えていない。ならば逃がしてやればよい。勝敗が明確になったのだから、これ以上の犠牲は両軍にとって無意味だった。
それに実のところ、グランゼス軍にも追撃できるような
かくして、二日間にわたってドルト・ルアの丘で行われたグランゼス軍とバーナーム軍の
ニアヘイムを
ドルト・ルアの戦いから一夜が明けた四月二九日──。
レイタスとセルネア、そしてフィオラの三者は
「友にして英雄、
議長ザンヘルからじきじきにこの称号を
つまり本拠地たるシアーデルンの南方に友人ができたわけで、
祝賀会をおえ、馬にまたがって街の東門をでたところで、レイタスの背中にフィオラの声がかかった。
「レイタス」
若き軍師をふりかえらせた赤髪の女将軍は、戦場で会ったという男の存在を告げてきた。
「アドラフという名の男に心あたりはあるか?」
「アドラフ・・・・・・」
レイタスは頭のなかの
「いえ、ございませんが、その男がなにか?」
「メルセリオの弟子だと名乗っていた」
「・・・・・・そう、ですか」
レイタスの表情に暗い
だが、それは単なる
「俺はあの人からとっくに卒業しています。ですから、あの人が新たな弟子をとったとしても不思議ではありません」
「そうか」
気づかわしげな
遠ざかるフィオラの
あるいは正直に伝えたほうが、彼女が
メルセリオはなにかを隠している。それはフィオラへの想いにとどまらず、彼がローデランの統一を
戦神アズエルへの
「レイタス、お師匠さんに勝てたね」
不意に流れた弟子の声が、レイタスの意識を現実へと引きもどした。
レイタスとフィオラの会話に遠慮して後方にひかえていたセルネアが、馬をそろそろと進めてきて横にならぶ。
「ニアヘイムも救えたし、ドルト・ルアでもバーナーム軍を撃退したし、ね?」
セルネアはうれしそうに
彼女なりの
「いや・・・・・・完敗さ」
「え・・・・・・だって──」
「ああ、たしかにバーナーム軍を撃退してニアヘイムを救うことはできた。だが、それはあの人が本気でニアヘイムを
おそらく、ニアヘイムの
もちろん、すべてがアドラフの
もしメルセリオが本気でニアヘイムを欲し、グランゼス軍の
「本気じゃなかったって・・・・・・それじゃあ・・・・・・」
なにが目的だったのか。そんな疑問と不満を
「わからない。だから完敗なのさ」
メルセリオは言っていた。今回の一連の戦いでは勝利に固執していない、と。勝利とは別のところに真の目的がある、と。
それが本当なら、別の目的とはなんなのか。
「ローデラン全土が戦場・・・・・・か」
ふと口をついたのは、メルセリオから指摘された言葉だった。
ローデラン全土をひとつの戦場と考えた時、今回の一連の戦いがもつ意味とはなんだったのか。レイタスはその
ニアヘイムの危機に、フィオラが大軍をもよおして駆けつけた。
その結果、現在、彼女の本拠地であるシアーデルンは
シアーデルンはもともと、軍事上、極めて重要な拠点。
そこが手薄と知った周囲の〈ナインシールズ〉は、これを
すると動いた〈ナインシールズ〉の拠点がまた手薄となり、その奪取をもくろむ別の〈ナインシールズ〉がまた動く。この動きが
「なんてことだ。あの人は本当に乱世を望んでいるのか・・・・・・」
導きだした結論にレイタスは
メルセリオは
メルセリオの目的はわかっても、その
「あきらめたわけじゃないよね、レイタス?」
ふたたびセルネアの声でレイタスは意識を現実へともどした。
「あきらめる?」
なにを、と表情で
「
セルネアの顔は真剣だった。エリンデールという
同じだ、とレイタスは思った。自分もメルセリオという
「智をもって治を招来す・・・・・・そのとおりだ、セルネア」
レイタスは
「ねね、レイタス、ところでさ──」
もじもじと馬上で体をくねらせはじめた弟子を見て、レイタスは遠くの草むらを指さした。
「なんだ、
「そ、そんなんじゃないってッ、もお!」
デリカシーを
「あのね、あたしの〈
「ほお。自分の修行内容を自分で高く評価するとは、なかなかいい
「え・・・・・・じゃあ、あたし、ダメだった?」
しょぼくれるセルネアに、レイタスは無言のまま首を横にふって否定する。
「じゃあ、やっぱりよかったんだ!」
元気をとりもどして笑顔になったセルネアに、レイタスはもう一度、無言のまま首を横にふって否定した。
「どっちなの!」と、じれた様子の弟子に、レイタスはなに食わぬ顔で肩をすくめてみせる。
「すまん。今度の戦いは色々と考えさせられることが多くてな・・・・・・おまえの
「はあ?」
「ま、そういうことだから、おまえの〈修羅場の儀〉はいったん仕切りなおして、次の戦いからはじめることにしよう。うん、それがいい」
うなずいて、ひとり納得しながらレイタスはグランゼス軍の陣地にむかって馬をのんびりと進めた。
すると、後方から
そんなレイタスのわきを、馬にまたがったセルネアが
「
後頭部をさすりながら
「やれるもんならやってみなッ、べーだ!」
弟子の採点を忘れた師と、師に敬意を払わない弟子、このふたつの
だが、乱世の
『戦神のガントレット・Ⅰ』 完
戦神のガントレット おちむ @M_Ochi
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