第24話▼クロネコヤマトと不可解な荷台
物語の舞台となるシェアハウスは喜連瓜破にあり、大阪市の南部に位置する。
一方私は電車代片道330円を払って、大阪市北部にある天神橋筋商店街まで職を求めにやってきた。
アルバイト初日から制服と自転車を支給され、クロネコヤマトの荷台を引きながら界隈を駆け抜けていく。
シェアハウスの近くで募集されていたスーパーの品出しのパートの求人を断られてから、すぐに始めた。
貯金が十万円を切りそうだったので、あれこれ悩んでいる暇もなかったからだ。
本来ならこの仕事はスーパーの仕事とダブルワークで行う予定だった。
だけどマイナンバーによる弊害で問題が噴出したのならば、背に腹は代えられない。
元々狙っていた求人の枠は、午後3時から7時頃までの時間帯であった。採用地域も居住地と同じ区内だったと記憶している。
だけどダブルワークを諦めてフルタイムで入るとなると、同営業所には求人の枠がなかった。
だからわざわざ大阪市を南から北に移動してまで出張らなければならなかった。
ちなみに交通費は支給されず、自腹である。
天神橋筋商店街は日本で一番長い(全長2.6km)と謳われている、全国的に有名な商店街である。
ゆえに荷物の取扱量も多いのか、その営業所ではフルタイムでのアルバイトが募集されていた。
私は荷台のついた自転車をこぎつつ、商店街から離れた団地エリアへと向かう。
荷物を満載にした荷台を重いと感じることもあったが、電動アシスト機能がついていたので運転には大した支障がなかった。
私はサイクリングが好きだった。
中学3年生の夏休みに長距離の自転車旅行をしたこともある。実家がある滋賀県から静岡市まで一週間かけて走破した。
当時、旅をテーマにしたラノベにはまっていたことと、受験に対するプレッシャーから逃れるため。
また、他の人がやっていないことを成し遂げてみたいという動機で始めたことだった。
中学生の頃の私は今よりももっとイタい人間だったので、『自分は特別な人間である』というのを、どこかで示したかったのだろう。
誰もが躊躇するようなことをやってみたいという衝動に駆られていた。ようするに、『悪目立ち』が好きなのであった。
そして高校を中退してから引きこもりとなるも、回復するに従ってサイクリング熱が再燃。
以降、東海道、しまなみ海道、琵琶湖一周、台湾自転車一人旅など、小規模ながら数々のチャレンジを成し遂げていったのだった。
なので自転車の運転なんてお手の物。
おまけに団地エリアは賑やかな商店街とは異なって、昼間はとても落ち着いた雰囲気。
淀川という大きな河川が近くに通っていたので爽やかな風が通る。
慣れた頃には街路樹の木々が蒼く色づき、春の訪れを感じさせてくれた。
「やっぱりそうだ。俺はこの仕事に合ってる」
そんな想いを馳せつつ、団地が林立する地帯をひた走り、一軒一軒の門戸の前へと訪ねまわる日々が続いていった。
だが、いつまで経っても慣れないこともあった。
まずは『荷台がすぐ脱臼する問題』
私の使っていた自転車は普通の電動アシスト自転車そのもので、その後ろに後付けの荷台を連結させる代物だった。
上手く説明できないが、取り外しが楽になるような連結器具が後部についている。
その連結器具が、とにかく外れやすい。
なんたって太いU字型のパイプに、マリオが当たったら死ぬような『トゲ』が一個だけポツンと点いているだけだから。
自転車側にはそのトゲ、荷台側にはトゲに覆いかぶせるようなカップが取り付けられているだけ……
ちょっとでもカップがトゲから浮いたらたちまち外れてしまい、荷台が路上に置き去りとなってしまう。
私はその現象を『脱臼』と呼んでいた。
膝が間接から外れるのって、こういう感じなんだろうなと思ったからだ。
「ああっ、また脱臼してる!」
脱臼はよく起こる。トゲにカップが被さっているだけなのだから、ちょっとした縦揺れの振動でも油断はできない。
車道から歩道に乗り上げるときは特に注意だ。ペダルが軽くなったらすぐに後ろを振り返るようになった。
荷台には四隅に車輪がついている。脱臼したとしても横転することはないし、荷物が傷つくこともない。
だけど脱臼した関節をもとに戻す作業は大変だ。なんたって荷物満載の荷台なのだから、腕づくで引っ張っても一筋縄ではいかない。
再びトゲにカップを被せるのに、どうしても1,2分はかかってしまう。
この作業がメインストリートの交差点で起こると、冷や汗が出てくる。
営業所から団地エリアへ向かうにはどうしても渡らなければならない交差点があり、そこは6車線と4車線の道路がぶつかる結構大きな交差点なのだ。
実はこの交差点も要注意の脱臼ポイント。
路面が古いからか、いたるところにヒビや段差が入っているので、スピードを出して渡ると脱臼の可能性は大。
もちろん脱臼を直している際にも信号はお構いなしに変わるので、一度道路の真ん中で立ち往生して車の邪魔をしていたこともあった。
修理を直して渡り終える頃には、私の顔はたこ焼きのようにアツアツの真っ赤っか。
クロネコさん。どうしてもうちょっとマシな荷台を使わせてくれなかったんですか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます