第23話▼緊急事態! ダブルワークとマイナンバーの罠

 作中の時間を2016年の1月に巻き戻す。私がシェアハウスに引っ越してきたばかりの頃だ。

 2015年は私にとって精神的に不安定な時期で、「とにかく将来のために何かをしなくちゃ」と焦っていた時期であった。自分のやりたいこと、興味のあることには漏れなく首を突っ込みまくったが、その代償として250万円程あった口座の預金は十数万円にまで目減りしてしまっていた。

 それでもすぐにアルバイトをすれば何とか生きてはいけるだろうとタカをくくっていた。2015年は全くと言っていいほど働いていなかったので、フルタイムで働くぐらいは『よい気分転換になる』ぐらいに思っていた。

 私は早速、シェアハウスの近くにあるスーパーマーケットの求人に応募した。品出しのパートで、午前中のみの5時間勤務であった。

 もちろんそれだけでは生活費を賄うことは出来ないので、求人広告サイトで見つけたクロネコヤマトにも応募をした。こちらは午後から4時間程度の勤務であった。

 計9時間の労働時間、時給はどちらも900円以上。一か月に必要な出費は12万円程だったので、15日間も働けば事足りる。これなら週4日勤務でも事足りるかもしれないな……

 そんな甘っちょろいことを考えていた。


「えっ……ダブルワークが出来ないんですか?」


 私は素っ頓狂な声をあげつつ、スーパーマーケットの面接担当者に尋ねた。


「だって、ウチの方で働く時間の方が長いんでしょ?」


 この直前に、私は面接官から、「パートだけで生活できるの?」と尋ねられたので、「バイトを掛け持ちするから大丈夫です」と答えていた。


「従業員がダブルワークをしたとした場合、支払い給与の多い会社が、その人の社会保障費とかを払わないといけない仕組みになっているんだ。もし君がフルタイムで働いてくれるんならウチも快く支払ってあげられるんだけど、残念ながら今のところ、フルタイムで募集していないしねぇ~」


「で、でも、大学生とかのアルバイトで掛け持ちってよく聞くと思うんですけど……」


「ああ、法律が変わって"マイナンバー"の提出が義務化されるようになってから、その人がダブルワークしているかとかが簡単に分かるようになっちゃったから、そういう抜け穴みたいなことは出来なくなっちゃったんだ」

「だから午前中だけ来てくれるパートの人に社会保障を支払うってなると問題があるんだよね」

「もしダブルワークしないって約束してくれるんなら、午前中だけでも入ってくれるとありがたいな~って思っているんだけど……どうする? 入る? 辞めとく? 生活は出来そう? ……聞こえてる?」


 頭の中が真っ白になるとはこのことだ。迫っ苦しい事務室はただでさえ息がつまりそうなのに、私は呼吸もつかえるほど混乱していた。

 当然のことながら、午前中のパートだけでは生活なんてできない。かといってこのスーパーにはフルタイムで入れるシフトもない。

 徒歩圏内にあり、利便性がとても良く、時間に融通を利かせることができる。そして何より、高卒認定試験には合格したものの、それ以後は漆塗りの仕事しかしてこなかった、他の仕事に活かしようのないスキルしか持っていない自分にも出来そうな仕事だと思っていた。だからこのスーパーには期待をしていたのに……まさかマイナンバーカード普及が足枷になるとは思いもしなかった。


「悪い事言わないないから、他の場所に面接受けに行った方がいいと思うよ~」


「……そうします」


 マイナンバーがあるからダブルワークはうんぬんかんぬんという話は事実のなのか、未だに分からない。

 だけどその場での私は、大人しく引き下がるほかに選択肢はなかった。

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