第20話〇大阪は絶景スポットのハブなのであ~る
シェアハウスで頻繁に話題の種となる事柄とは何か?
私たちのシェアハウスの場合であれば、お互いの国のことや今まで訪ねた旅行先などが鉄板だった。
特に外国人相手であれば、大阪近郊でまだ訪れたことのない場所を尋ねるのは一種の社交辞令のようなものだ。それに会話に困ったときにとりあえずこのことを聞いておけば、しばらく話は続くわけだし。
ところで大阪の観光事情についてなのだが、私見だがもしかしたら東京よりも恵まれているのではないかと思っている。
東京は東京自体が最強の観光スポットであり、大阪の街自体には東京を超えるほど魅力的なスポットにやや欠けるように思う。(新世界、道頓堀界隈、スカイビル、ハルカス……などがあるが)
しかし大阪の近郊には京都、奈良、神戸があり、文化的観光資源には事欠かない。東京であれば鎌倉、川越、日光があるか……しかしながら東京自体がデカすぎるために、東京郊外のスポットへ行こうとすると、大阪の郊外へと向かうよりも時間がかかるような気がしてくる。日本に滞在する外国人の大半が伝統的な街並みの中を散策したり、一度は特別な体験をしたいと思っているので、その欠落は如何ともしがたい。
また実のことろ大阪はアウトドアを楽しむのにそこそこ好立地に位置する街でもある。
高速道路を使って車を飛ばすとものの一時間ほどで奈良県の東側の山脈にたどり着くことができる。そこには大台ケ原、大峰山などのメジャーなハイキングスポットが点在している。また奈良県南部の吉野川ではアウトドアメーカー・モンベルが展開するカヌー教室やショップが存在し、キャンプも盛んな地域だ。
もっと手近なところで山登りを楽しみたければ、梅田や天王寺から電車で小一時間ほどで大阪と奈良県の県境の山脈へとたどり着け、生駒山や葛城山、金剛山などへとアクセスできる。また神戸方面にも六甲山がそびえたち、南から北へと峠を乗り越えればそのまま有馬温泉でひとっ風呂浴びてから爽やかな気分で街へと帰ることも可能だ。
海を楽しもうと思えば須磨海岸があり、おそらく東京の都心から湘南に向かうよりもお手軽かと思われる。少し頑張れば和歌山県の白浜まで日帰りで足を伸ばすことも出来る。言わずと知れた温泉と海水浴とサーフィンの楽園である。
一方東京は主要なアウトドアスポットは軒並み電車で1時間以上時間をかけねばたどり着くことができない。一時間かけたとしても湘南や高尾山がせいぜいな気がする。これも東京という都市が大きすぎるが故の弊害のような気がする。
こんな具合に大阪から景観の良いアウトドアスポットへのアクセスは抜群なのだ。
そしてよほど行動的な人ではない限り、単身で日本のアウトドアスポットへくり出そうとする外国人はいない。なぜならただ単純に言葉の通じない場所で慣れない場所で慣れないことをするのが怖いからだと思われる。私だって例えば中国に滞在していたとして、現地で知った山を自分一人だけで登りに行くのは尻込みする。
なので日本人から誘われて山に行こうだとか海に行こう、ちょっと珍しいところに行こうという話題となると、喰いついてくる外国人は多い。みんな、日本に滞在している限られた期間のうちに、出来るだけ特別な体験をしたいと思っているのだ。
「淡路島いくぞ~!」
事の発端はオラ先生だったと思う。出身地のポーランドの国立大学で日本の神道について研究していた才女だ。新米の女性の先生のような初々しさとしっかり者という雰囲気を常に醸し出していたので、私は勝手に『先生』と敬称を付けていた。本人はときどき、「先生じゃない」と怒っていたが。
「淡路島には何があるの?」
日本語勉強中の中国系カナダ人であるインが尋ねてくる。
「日本の神話では淡路島がまず先に出来て、それから他の日本の土地や世界が出来上がったんだよ」
それを聞いてインは鼻で笑った。彼女はわりとお堅いクリスチャンである。
「淡路島には伊弉冉神社(イザナミジンジャ)というところがあって、日本の神々を生み出した偉い夫婦の神様が祀られているんだよ。オラが日本に来たからには絶対にそこに行ってみたいってさ」
「……淡路島ってどこにあるの?」
「大阪からすぐ近くの島。車で二時間ぐらいかな?」
「ふ~ん。めんどくさそうね」
さすがレイジーレディ。君は車に乗っているだけでいいのに、それすらも面倒くさいのか。
「それに淡路島っていったら、牛肉や玉ねぎ。それを使ったハンバーガーが超有名らしいよ! 見てよ、ネットで検索したこのジューシーそうなバーガーを」
「めっちゃおいしそう! 行く」
彼女には花より団子なのかもしれない。
参加メンバーは私とイン、オラ、ユリさん、そして何度か言語交流会にまざった口数の少ない神秘的なフランス人、フレデリックを交えた5人で向かうことになった。
日本人は私とユリさんの2人だったのだが、終始私が運転していたことを思うと、もしかしたらユリさんはペーパードライバーだったのかもしれない。
淡路島へは神戸から明石海峡大橋を渡って行く。日本有数の巨大な橋を渡った際は皆が漏れなくはしゃいでいた。当日は抜けるような青空だったような気がする。薄い空の青と濃い海の青の境界線が印象的だった記憶がよみがえる。
淡路島に着くとすぐに『道の駅あわじ』へと立ち寄った。淡路島の北の端に位置、大橋のたもとにある。そこでは生シラス丼が有名で、そこでお昼を取ることは初めから決まっていた。生シラス丼にどうしても抵抗のあるメンバーは、海鮮丼かなにかを食べていた。
伊弉冉神社へと立ち寄った後、(あまり印象に残ってなかったけど、たしか立ち寄ったよね?)車を淡路島の南端まで走らせて渦潮見学へとくり出す。『鳴門のうずしお』には二通りの見物方法があり、船から間近で眺める方法と、鳴門海峡を渡す鳴門大橋から眺める方法だ。
鳴門大橋には車道の下に歩道が設置されており、鳴門のうずしおが眺められるポイント直上では床がガラス張りとなっていて、真上からうずしおを見物することが可能である。入場料は500円ほどで、船の1/5の値段だ。
「……今日はうずしお、出来ていないみたいだね~」
渦の出来やすい時間帯を狙って訪れても、こういうことがある。
※ちなみに近くには『大原美術館』という名所もあるので、そこもおススメだぞ!
おすすめのバーガー店へと行脚した後は、(岬の先端にポツンとあるような、変わった立地の店だった)まだ大阪に帰るのは早いとばかりに、淡路島の中心地である洲本にある洲本城跡を訪ねた。これもオラ先生のリクエストだっただろうか?
洲本城跡は高台にあり、海の向こうには大阪の街並みも見渡せそうであった。
歴史好きだった私はネットで確かめながら洲本城の由来などを説明しようとした。日本語だとフレデリックやインがチンプンカンプンなので、たどたどしい英語で長々と解説を行う。
するとオラ先生が突如、ネイティブのように英語で質問をしてきた。
「……Sorry」
「……こちらこそゴメン」
多少は英語が上手くなったと思っていたが、勘違いだったようだ。耳が全然ついていかない。
日がとっぷり暮れてから神戸へと渡り、レンタカーを返してシェアハウスへと舞い戻った。ハンバーガーを食べたはずなのに夕食として近場のラーメン屋へとなだれ込んだのはなぜだったのだろう? でもあの系列店を他の場所で見つけると、今でも懐かしい気持ちが溢れてくる。
淡路島を縦断したうえに渦潮のタイミングもあるから終始時計をにらめっこしながらの慌ただしい旅程だったが、自分でも立派に外国人の友達を楽しませることが出来る、案内できるんだと自信をつけることができた意義ある旅であった。しかし誰も気づかないところで、車で事故りかけたのは内緒だ。
× × ×
友人を巻き込んで旅行に行く楽しみを得た私は、舌の根も乾かないうちに次なる日帰り旅行プランを練った。季節は11月上旬。奈良県の東側の山にある曽爾高原というススキの名所へと赴くことにした。どういう流れでそうなったのかはもう覚えていないが……私かユリさんが曽爾高原のニュースを見て、どちらかが発案したような気がする。
「曽爾高原って山なんでしょ? ハイキングは疲れるから今回はパスするね」
インは相変わらずの怠惰っぷりである。今回は淡路島バーガーのような彼女を惹きつけられるグルメはなかった。
「オラ先生は行く?」
「ごめん。その日はアルバイトが入ってるの」
「アルバイトしてたんだ。どんなバイトなの?」
「イングリッシュカフェっていう、英語で日本人のお客さんとお喋りするところ」
世の中には色んなお店があるものである。
「英語の上達が出来るなら、オレも通ってみようかな?」
「高いよ~。一時間で2000円ほど取るし」
「あ、そりゃキツイわ」
「それに週に3回、イングリッシュカフェみたいなことしてるじゃない」
そう考えると私はかなりお得な立場なのかもしれない。
ということで言語交流会からはユリさんとフレデリックが参加することとなった。
もう一人ぐらいメンバーが欲しいねということで、私はカズさんを巻き込むことにした。カズさんとはリミやコウさん、サル……当時はもうジョーもシェアハウスを去っていただろうか。九州を一緒に旅行したメンバーが散り散りになった後は何となく疎遠となっていたので、何となく寂しくなってお声がけしたのだった。
「いいよ。たまにはハイキングで身体を動かすのも悪くないかも!」
私からの急なお誘いにも二つ返事でOKしてくれるカズさんのこういうところが兄貴分として慕われる所以なのかもしれない。
ススキを眺めるベストのタイミングは夕方とのことで、それまで赤目四十八滝などを巡ってから曽爾高原へと赴いた。(たしかそうだったよね?)
ただでさえ高度が大阪より高いうえに夕暮れ時だったのでウィンドブレイカーや温かい飲み物が恋しくなるほどの肌寒さだった。そんな中でも観光客はごまんといて、最良の景観を拝める地点まで数珠つなぎの行列ができるほどだった。(そこからの光景がどんなものか知りたければ、検索でもしてくださいな)
身体を動かしていないと寒かった私は、時折カズさんと聖闘士星矢ごっこをしてふざけ合っていた。当時私が聖闘士星矢にハマっていて、カズさんもファンだったらしく、たまたまそのときそんな小中学生のようなノリへと発展したのだった。
フレデリックはポカンとしているし、ユリさんは男子ってしょうがねぇなぁみたいな感じになっていた。
ユリさんは元々ハイキングが好きだったらしく、曽爾高原行きも乗り気であった。普段からは想像できない山ガールファッションで今回の旅行に挑み、20分ほどの上り下りも難なくこなしていた。
その約1年後にユリさんはシェアハウスを出て、ワーキングホリデーを活用し、ニュージーランドへと長期滞在することとなる。
ある年、年始の挨拶をSNSでしていたら、「しょっちゅう海や川や山に行ってる!」と楽しそうにしていたので、こんなにアクティブな女性だったんだなぁ~と一人感心していた。線の細い人だっただけに驚きだった。
今はどうしているか分からないが、いつかまた赤目四十八滝でも行きたいものだなな。ユリさんはなぜかあそこの名物にツボっていたようだったし……意外と小学生みたいなことで笑うんやなぁと、キョトンとしてしまったのを覚えている。いい意味での意外性の多い人であった。
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