第18話〇レイジーレディとリラックマとチャイニーズプディング
夏祭りの最中にカナダ系中国人のインから声をかけられ、日本語の講師をすることになった私。シェアハウスに帰り着くころには最初のレッスンの日取りが決まった。夕食時だったので彼女の分も用意して私は待つことにした。
※英語で書くのは面倒なので、英語で喋っていても全部日本語表記:
「わぉ。それはなんっていう料理? パンケーキみたいな形しているけど」
「お好み焼きっていうんだけど、知ってる? 大阪の名物なんだ」
「へぇ! これがお好み焼き……聞いたことはあるけど、初めて見た!」
「大阪に来たんなら、一度は食べなきゃ」
「試してみたいわ……それにしても、そんなにたくさんの量を1人で食べるの?」
「なに言ってるんだ。君の分もあるんだよ」
皿を覆い隠すほどの大きさのお好み焼きを一枚、インへと差し出した。
「すごい! 日本語まで教えてくれるっていうのに……本当にありがとう」
こんなかんじのあいさつを交わしつつ、夕食兼日本語のレッスンをはじめた。
このシェアハウスにおいて、まったく日本語を話せないと言う人は珍しくない。かといって多数派でもない。
日本語が出来ない外国人の入居人の半数以上は、語学学校へと通うのがセオリーだった。
しかしインは日本語をほとんど話せないうえに、そういった学校に通う気もサラサラないようであった。
それだとバイトをするにも困るだろうと思っていたが、実家が相当な資産家だったらしい。
「私のお父さんは広州で(たしか、家具?)のビジネスをやっていてね。学費に糸目は付けずにカナダに留学へ出してくれたわ」
「もしかしてカナダで暮らしていた期間の方が長い?」
「そうかもね。私も中国人というよりカナダ人っていう自覚があるから」
「なんで日本に来ようと思ったの?」
「実はね……私、リラックマが大好きなの!!」
急に眼を輝かせてサンリオキャラクターへの愛を語り出すイン。外国にもファンが多いとは聞いていたが、実際に目にしたのは初めてだった。
「……サンリオキャラクターのグッズやショップに行きたくて、半年間ここに住むことにしたと?」
「本当はもっと理由はあるけど、動機は完全にそれね」
「それ、大阪じゃなくてよくない?」
なぜ東京じゃなくて大阪だったのか。
どうして観光ではなくて居住することにしたのか。
彼女との感覚のズレに、私は当初やや面食らっていた。
「そういえば、駅前の大通りのローソンでリラックマの旗を見つけたの……あれって何なの? すごく気になる!」
「たしか、ローソンで買い物をしてポイントを貯めるとリラックマのグッズがもらえるとかなんとか……」
「それ本当!? じゃあ、明日からさっそくそこで買い物しないと!」
「コンビニで買い物をするのは高いよ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ!」
当時の私はかなり切り詰めた生活をしていたので、金銭感覚というか……本来、彼女とは住む世界が違うんだなと思い知らされた。
――翌日
「カバ! 聞いて……コンビニで買い物しても、私じゃリラックマグッズをゲットできないって店員から聞いたわ……」
「えっ、それってどういうこと?」
「コンビニで使うポイントカードを作らないといけないって言われたのよ」
「なるほど。じゃあ、作ればいいじゃん?」
「ポイントカードを作るのには住所や名前を書く必要があるらしいんだけど……日本語じゃあ書けないわ! 中国語も、英語も、ダメだって言われたの!!」
よくそれで日本で生活しようと思いましたね、お嬢さん。
「じゃあ、俺のポイントカードをあげるよ」
私は使い古したローソンのポイントカードをインに差し出した。
「でもそれって価値のあるものじゃないの?」
「俺、コンビニで買い物をするのを止めることにしたんだ。この前、ポイントを使い切ったから、価値なんて全然ないし」
「本当に貰っていいんだ……ありがとう! 大切にするね」
なんだかんだいって私は彼女に甘かった。
「でも今、ローソンでポイントカードを作ると、リラックマの特製ポイントカードがもらえるの! だからあなたの使い古しのカードよりは、そっちのカードの方がほしいわ」
「でも、日本語で字が書けないんじゃどうしようもないじゃん」
「ねぇ、お願い。私の代わりに字を書いて?」
「なんで俺がそこまで……!」
なんだかんだいって私は彼女に甘かった。
「……仕方がないな。今、暇だから付き合ってやるよ」
「ありがとう。さっそく行こう!」
私たちはダイニングから出て、わざわざポイントカードを作りに駅前へとくり出した。
断っておくが、ここまで親切にしたのは下心があったとかではない。
長らく孤独な期間が長かったから、人に頼られると弱いのだ。つまり、ちょろい性格をしていた。
インはそんな私の性格を見抜いていたのだろう。この人は押せば折れる人だと。流ちょうな英語を話しても、そこはさすが中国人である。あまり躊躇することなく、押せるだけ押して、私を巧みに誘導することがままあった。
いつしか週に2,3度はインにご飯を作ってあげることが習慣化していた。
「たまにはインも何か作ってくれよ」
「えーっ。面倒くさいよー」
「また『面倒くさい』って……完全に口癖やん」
「えへへ。なんたって私は"レイジー"だからね」
「レイジーってなに?」
「" Lazy "……怠け者っていう意味だよ~。私は『レイジークイーン』♪」
「自慢できることじゃねぇから、それ」
2週間も経つころにはだいぶん会話も砕けてきた。
「別に作ってあげてもいいけど、後悔すると思うよ? それでも食べたい?」
「……そんなにひどいの?」
「ううん。そういうわけじゃないけど……ひさしぶりに料理するから、うまく出来るか分からないってだけ」
「マジっすか……」
するとインは急に思い立ったように目を輝かせ、
「じゃあ、とっておきの『チャイニーズプディング』を作ってあげる!」
「チャイニーズプディング……プリン?」
「そう、プリン!」
「あの、甘いお菓子のこと?」
「ううん。中国のプリンはしょっぱいの!」
「しょっぱいプリン……そんなの初めて聞いたよ!?」
「そう? 中国じゃ、超メジャーなんだけど……ともかく、また今度作ってあげるね」
――数日後
「あっ、カバ。来たわね……もう完成しているわよ!」
インは蒸し器を開けた。
「……って、茶わん蒸しじゃないか!」
「へぇ、日本ではそう呼んでいるの?」
茶わん蒸し……たしかに砂糖の代わりに出汁を入れたプリンと言えなくもない。
「たくさん作ったから、分け合って食べよう!」
彼女は、どこかからかかき集めてきた大小さまざまな器を、大きなバットのうえに乗せてこちらへ運ぼうとしていた。
「おい、気をつけろよ?」
「だいじょうぶだって――あっ!!?」
我がシェアハウスのキッチンの床はタイル製である。水で濡れているとよく滑るのだった。
大小さまざまな器に入った茶わん蒸しが、床一面にぶちまけられた。
……絵に描いたようなドジっ子の所業だった。
「……私、もう二度と料理はしないわ」
「だいじょうぶだって! 無事だった茶わん蒸しを食べようよ」
インと夕食を共にするようになって、最初の一か月間の出来事である。
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