第16話〇サルとの別れとビデオ編集
リミとの別れよりも一足先に、サルとの別れがあった。
サルとはこれまでの話にも出てきた、20代前半の韓国人男性のことである。もちろんサルとはあだ名であり、猿のようにパーティーで盛り上がると辺りを飛び跳ねたりするお調子者だからそのように呼ばれていたし、本人も気に入っていた。
熊本の地震から逃げかえって数日後、旅行の最中に撮った思い出を編集して、旅行に参加した全員の手元に残したいとサルが提案した。当時はクラウドサービスなどが十分に普及していなかったので、ネットを通じて大容量のデータを配布するという発想は一般的ではなかったのだ。肝心なところ以外はカットして、DVDに収めたいと考えていた。
カバ「俺のパソコンだったらDVDを焼けるし、編集用のソフトも入っているから、任せてくれない?」
実は私は大阪に移り住むまでは地元にある、インターネットにて地域の情報を放送を行うNPO法人のボランティアスタッフとして在籍していた。自ら企画、取材をして1コーナーを手掛けた経験もあり、かつオンラインスクールにてオフライン編集を一通り学習したので、その手のものはお茶の子さいさいだった。
ともかくそのデータをサルから引き取った私。
サルがこのシェアハウスを立ち去る日まで1,2週間程度しかなかったので、当初は簡単に編集して済ますつもりだった。
しかし当時の私ののっぴりならぬ事情により、その動画に私のこれまで培ってきた技術を全てを費やして、おもしろ演出のオープニングを制作することに決めた。その演出とは、マーベル作品の映画のパロディーで、コミックのイラストがパラパラと流れてだんだんと赤みを帯び、最終的に『MARVEL』と文字が浮かび上がるアレのことである。サルから引き渡されたデータの中に、サルがふざけてしたスーパーマンの格好を見つけたので、その素材を用いて、『MARVEL』の文字を突き破ってスーパーマンの姿をしたサルが現れるという30秒程度のオープニング映像だ。
なぜそのようなものを作ろうと決めたのかというと、当時の私は日雇いの肉体労働に身をやつしており、いい加減に嫌気がさしていたからであった。日当7000円前後で働いていたのだが、過酷な上に交通費までもらえないのは受け入れがたかった。これから夏にかけて段々と肉体的に厳しくなるのは分かりきっていたので、簡単なビデオ編集の仕事でもいいから、その手のアルバイトの口を得るためにサンプル映像を手掛けたいと思っていたのだった。
そんな思惑の中、サルとの別れの日までコツコツと映像編集に取り組んでいたら、いつしか彼との別れの日の前日になっていた。というのも、あの『MARVEL』演出の作り方をイチから勉強するに時間がかかったからだった。おまけに「映画みたいなオープニングが終わったなら、その後にチャプター画面がないと締まりが悪いだろう」ということで、オリジナルのチャプター画面まで制作していたら、思いのほか時間がかかってしまっていたという訳だった。
……肝心のビデオの編集には全然手が回っていなかった。
さすがにこのままでは引き渡せないと、私は必死になって撮影された動画を編集することとなった。その日の晩は、サルのお別れパーティーが開かれていたが、それに参加するどころではなかった。当時私は3階に住んでいたのだが、トイレのために部屋から出ると1階での賑やかしい様子をうかがい知れるほど、パーティは盛り上がっていた。
ようやく完成の目途が立ち、パソコンの前から解放された頃には午前2時を過ぎていた。腹が減ってリビングダイニングへ降りるも、さすがにパーティーはお開きになっていて、人っ子一人いなかった。
その光景を目の当たりにして、さすがに私は自責の念に駆られた。きっとサルは、私が別れのパーティーに出席しなかったことに不信感を抱いたはずである。彼との友情もこれで終わりかな、と私は思った。
なんだかんだでレンダリング(編集データを映像データに変換する行程)等が3,4時間かかったので、DVDが焼き上がる頃には午前4時頃になっていた。それを見届けたのちに2時間ほど仮眠を取り、サルが本当にシェアハウスを立ち去るところを住民一同で見送る際に、やっと私は彼にDVDを手渡した。
後ほど、韓国に帰ったサルから感謝のLINEが届いた。「こんなヤベーの作ってたなんて知らなかった! 本当にありがとう」と。
その際に私は、お別れのパーティーに出れなかったことを改めて謝罪した。しかしサルは、「これだけの物を作っていたなら仕方がない!」と割り切ってくれた。
……私はパーティーというものが苦手である。基本的にコミュニケーションや会話が苦手なので、だいたいの場合、壁の花のようにポツンと一人過ごすことなり、いずれ痺れを切らして途中で退席してしまう。そしてそれが主賓に対して失礼なことであるとは重々承知していた。だけどそうせざるを得ない程、私は賑やかしい場が苦手なのだった。
だけども自分の事情を察して、許してくれる人がいる。そのような得難い存在こそが友人なのだと、この出来事によって気づかされた。
そして自分は自分なりに別れを惜しむ気持ちを表現すれば、快く受け止めてもらえるということも。
サルは韓国へと帰国した約1年後、カナダへと渡って日本同様の海外暮らしを満喫した。私と彼とは年に1,2回ほどSNSによってメッセージを交わし、近況を尋ねあう仲だった。その際に、「2020年の東京オリンピックの頃には、九州で旅行に行ったみんなで集まって、またバカ騒ぎしようぜ」だとか、「子供の出来たリミが日本に行くのは大変だから、台湾まで迎えに行こう。ついでに台湾で一番大きな玉山に登ろう!」などと、ノリで約束した。
残念ながらその頃にはコロナによるパンデミックが起きていたということ、お互いの経済的な事情が厳しかったことなどによって、雲散霧消となってしまった。
お互いに当時のようなエネルギーを発揮できるか……自信はないが、出来るなら一生のうちにもう一度顔を会わせて、面白可笑しいく過ごしたいものだと思っている。
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