第10話〇4・16地震の日②~初めての飲酒運転

 まるで下から突き上げられるような感覚だった。

 酒も手伝って眠りの浅かった私は、初期微動を察知し違和感を感じていた。だけどそれ以前から身体はゆらゆら揺れていたので、明らかに異常だと分かりつつもそれが大地震の前触れだとはすぐさま受け止めることが出来なかった。

 一緒に寝ていたみんなが起き出して、これは自分だけが体験している揺れではないとやっと確信が持てた。その刹那、下から突き上げられるような縦揺れで身体が浮き上がり、地滑りを起こしたかのような横揺れを受け、私は一瞬、正気を失いそうになった。不思議なもので、これは建物が揺れているのではなく、どうやら大地全体が揺れているらしいと本能的に察知した。私は短く雄たけびを上げ、それで正気に戻った。同様に同じロフトで横並びに眠っていたリミとコウさんから戸惑いまじりの震えるような悲鳴が聞こえてきた。

 下で眠るカズさん、サル、ジョーの3人は無事だろうか? 私は様子を伺おうとロフトの丈の短い桟から身を乗り出そうとしたが、あまりの暗がりのため視認するのは不可能だった。そのうえ揺れはいまだ継続していたので、下手すればロフトから転げ落ちてしまう危険があり、私はロフトの桟にしがみついた体制のまま、布団を頭の上に被せた。酔いなど、この一瞬で醒めてしまった。

 その刹那、何か大きなものが落下して砕け散る音や、ガラスが砕け散る音がかすかに響いた。かすかにというのは、あまりに地響きが大きすぎたせいだ。大地全体がうなるような音が組み上げられたロッジの丸太を揺らしつつ室内に響き渡っている。まるで航空機が建物の上すれすれを航行しているかのような騒音だった。そんな反響音で耳が潰れそうな中、わずかな室内の異常音が耳に入り、その直後、下で眠る三人の小さな雄たけびが聞こえてきた。ロフトで眠る私と女子は、異口同音に叫んだ。「大丈夫か!?」と。すると口々に下の男子三人は、「大丈夫だ!」と生気に満ちた声が返ってきた。私はホッと胸を撫で下ろした。その間、揺れはずっと続いていた。おそらく2分ぐらいは揺れていたのではなかろうか?


 揺れが小康状態に落ち着くと、下の階の誰かが立ち上がり灯りを点けようとした。しかしすぐさま次の第二振動が襲いかかってきた。皆、自分の身近にある最も安全そうなところに潜り込むなりしがみつくなりして、ただ安全を祈った。しかしながらこの建物自体が安全ではないことにすぐさま気がついた。なにせ丸太を組み上げたコテージである。どのような工法で建設されたか知らないが、壁中の丸太と丸太の継ぎ目からギシギシと音が立っているのを聞くと、いつ倒壊してもおかしくはなさそうだった。

 どこからの情報か忘れてしまったが、倒壊しそうな建物にいるときは建物の中央にいるよりも、柱や屋内の隅にいる方が瓦礫の下敷きにならずにすむみたいな話を聞いたのを思い出した。(良い子はよく情報源を確かめてから実践してね) 私はとっさにコテージの隅に逃れようとした。第一、しがみついているロフトの桟はポキッと折れてしまいそうで何とも心もとなかった。しかし、リミとコウさんが身を寄せ合いながら、その桟にしがみついていることに気がついて足を止めた。二人に注意しようと思ったが、地響きのおかげで耳元で怒鳴るように語りかけるしか伝わりようがないと思えた。しかしそんなことをしては余計にパニックになるだろうと思った。かといって無理矢理腕を引いてコテージの隅まで連行してもパニックになるのは必至だった。逡巡した末に私は、桟が折れないことを天に祈りつつ、せめて倒壊した際に二人が致命傷を負わないようにと、ヘルメットがわりに私が使っていた枕を頭の上に乗せてあげることにした。その結果、一瞬で払いのけられてしまった。なぜだ!!?

 何となく傷つきつつ、私は払いのけられた枕を頭に乗せてコテージの倒壊に備えた。揺れはまたも数十秒ほど継続して続いた。ただ揺れるというよりは、強弱を変えて何度も襲いかかる波のようなもので、強い振動が来るたびに脳裏へと鮮明な死のイメージが浮かび上がった。雪山の雪崩の上にこのコテージが乗っているかのように、大地が滑り落ちてバラバラに砕かれ、埋もれて土に還るのだとネガティブな光景が何度もフラッシュバックした。くり返しの臨死体験により、揺れが収まった頃には頭の中でファンファーレが鳴り響き、自分自身がレベルアップしてステータス画面で何のパラメータを上げるか選択する画面が脳裏に描かれた。私の頭は相当にゲームに毒されているのを実感した。


 大きく長い揺れの襲来がようやく収まった。しばらくは皆、無言でうずくまっていたが、2,3分ほど経っても次の揺れが来ないことが分かると、お互いの無事を確かめ合った。皆がこのコテージに留まるのは危険だと気付いていた。暗がりの中、皆は恐る恐る立ち上がって出口を目指した。ドアが開け放たれると、そこから月光が漏れてきたので皆が目指すべき目標を視認できて救われた気になれた。下の男子が口々に、ガラスの破片が散らばっていたり、家具が倒れているから十分に足元を注意するよう促した。靴を履いて外に出るまで、一切気が抜けなかった。


 元々自然豊かな田園地帯にコテージは佇んでいたのだが、不思議なもので室外へと出ただけで肺の奥底から洗われるような新鮮な空気を取り込み、思わず背筋が伸びた。同時に身体の表面がパリパリと突っ張るような感覚に身体をブルルと震わせる。ここは標高1000m近い阿蘇カルデラの内部にある村。時期は三月。おそらく気温は5℃ほどだったと思う。霜が降りるほどの寒さである。夜目でも吐く息が白いことは自明だった。


 私たちがコテージから脱出した直後に、離れに住んでいるオーナー夫妻がやってきた。案の定、このコテージは崩壊する可能性があるとのこと、安全を保障できないから近くの避難所まで移動してくれ、とのことだった。


「旅行客の僕らでも、受け入れてくれるんですか!?」


 オーナー夫妻は、恐らく大丈夫だと答えた。さすがに困っている人を追い出したりはしないはず。だけどもしかしたら施設に入れず車中泊になるかもしれないから、車で移動した方がいいとのことだった。


「それって、飲酒運転じゃねえか!」


 そんなことでざわつくのは私だけだった。カズさんやジョーがどのように思っていたのかは分からない。

 だがこんな緊急事態に、そんな細かいことを気にしていても仕方がない。私の敬愛する名作『七人の侍』の劇中の言葉を借りるなら、「首が飛ぶというのにヒゲの心配をしてどうする?」というやつだ。

 ともかく鍵を持っていた私が運転することとなり、オーナーからよく道を聞いて直ちに出発することにした。


「あ、みんな。先に車に乗っておいて。もう一度、オーナーに確認したいことがあるから」


 と言いつつ、私は皆を車中に残して駐車場の裏の杉林へと向かった。

 酒は分解されると水と二酸化炭素になる。昨夜……といっても2時間程前は浴びるほど酒を飲んだ。さらにこの外気温の冷たさに晒されて、私の膀胱はにわかにシクシクと痛みだしていた。


 じょぼぼぼ……

「ふぅっ、スッキリ♪」


 これでやっと生きた心地がした。私は再び車内に戻って、不思議そうな顔をした面々に迎えられつつ、ハンドルを握った。

 もちろん手は洗っていなかった。

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