第3話〇お安い理由3連発

 私が暮らし始めたシェアハウスは光熱費水道代共益費込み一人部屋約6畳で月々4万5000円だった。ちなみに敷金礼金なしである。

 ちなみに立地は大阪市平野区喜連瓜破という大阪の中心部まで電車で約30分の立地である。

 正直、好立地とはいえないので探せばもっと安い部屋があったかもしれない。しかしほぼ即日入居可で、敷金など多額の預り金が発生しない物件はここぐらいしかなかっただろう。

 ではなぜそれほど安いのか……それは住みだしてものの3日ほどで見当がついてしまった。


①洗濯機・乾燥機

 シェアハウスは4階建ての物件であった。元々美術の専門学校の寮として使われていた建物らしく、壁に絵が掛けられていたりしてオシャンティーだった。廊下、部屋共に内装は質素だが、外観やダイニングキッチンはそれなりに独特で凝った仕様になっていた。

 洗濯機・乾燥機は各階ごとに3台備え付けられていた。水回り専用の小部屋設置されており、部屋の入って左側を洗面台、右側を洗濯機・乾燥機が占めている。ドラム式ではない、ちょっと古い型の洗濯機であったが、タダで使っていいのであればそんなことどうでもよかった。

 そう、タダで使えたなら……


「ええっ、金かかるんかいっ!?」


 洗濯機にはコイン投入口が備わっていた。今となっては金額はうろ覚えだが、たしか100円投入しなくてはいけなかっただろうか?


「これは毎日洗濯は出来ないな……」


 洗濯を毎日したなら、実質家賃は3000円プラスである。

 ちなみに私が引っ越した当時は冬だったので、出来れば乾燥も利用したかった。乾燥機は洗濯機とは別になっていた。そしてそこにもコイン投入口があり、同様のお値段であった。


「……………………」


 仕方がなく部屋に暖房をかけて、部屋干しでしのぐことにした。

 それまで私は毎日洗濯をしていた。冬であっても一度でも袖を通したら着回しせずに着替えて洗濯に出すということを当たり前のようにやっていた。

 しかしシェアハウスでの生活を境に私は洗濯をためる習慣がついた。おおよそ3日ほど洗濯をためて、洗濯槽の限界まで詰め込み、利用する。それによって月々の洗濯回数を限界まで減らして節約した。乾燥機は極力使わなかった。

 その弊害からかシェアハウスから出て、洗濯を自由に出来るようになった今となっても服を着回す癖がついてしまっている。お恥ずかしいことを申し上げるが、今、パソコンのキーを叩いている私が着ているパジャマは、もう一週間ほど洗濯していない……まぁ、私は体臭キツくないし、冬だしね。



②くるぶしまで浸かれるシャワー

 私が引っ越してきた当日、玄関の前で泣いている女の子がいた。


「こんな不潔な場所だと思わなかった! 写真に騙された……!」


 ウアウアないているところを友達らしき人に慰められている。外国人の女の子だったので、内覧とか出来なかっただろうから、仕方のないことだろう。

 しかし、この物件は言うほど不潔か……? と私は思った。確かに清潔とは言い難いが、まあ住めないほどではないし、ちょっと我慢すれば直に気にならない程度のものに思える。私は家業の漆塗りの仕事をしていて、ある時期に全国の神社仏閣を修繕するためのたらい回しの刑に遭っていた際に、宿泊先に宛がわれた一軒家のトイレが汲み取り式だったり、工務店の天井裏のタコ部屋に備え付けられていたシンクの下の収納棚を開けたらゴキブリホイホイ的なトラップにかかったどデカいネズミが干からびて死んでいるようなヒドイ物件に住まわせられていたこともあり、多少汚いぐらいは屁の河童であった。

 くだんの女の子を見かけた際も、「ふっ、今どきの若いもんは修業が足りんな……」ぐらいに思っていた。

 しかしそんな私でもたまりかねたのが、くるぶしまで浸かれるシャワーである。

 そのシェアハウスの一階には、男女別で各6室ほどのシャワールームが用意されていた。簡単な仕切りに、半畳ほどの脱衣スペースと、シャワーだけのユニットという簡素な設備である。

 シェアハウスは4階建てで、1フロアごとに約20室。ところどころ2人部屋があり、常時満室らしかったので、住人の入れ代わり立ち代わりは激しくともおよそ100人が常に一つ屋根の下に住んでいた。ということは、たった10個程のシャワーで100人の汗と垢を洗い流さなければならないことになる。

 なにが汚かったって、汗と垢であればまだいい。水に溶けるので、ボディーソープやシャンプーで瞬時に排水管の向こうへと追いやることが出来る。しかし容易に排水管へと流れていかないものがある。それは髪の毛である。


 シェアハウス暮らしの初日、私はシャワーを利用していた私はすぐに異変に気がついた。足元が段々と温まり、とてもいい気分だったのだ。コタツに足の先っぽを入れた感覚というか、床暖房でじんわり温まる感覚というが、そのような心地良さに微睡む最中、なぜそのような現象が起こるのか疑問に思い、目線を下に向けた。

 すると排水されなかったシャワーからのお湯が段々と溜まっていって、私のくるぶしを完全に覆ってしまっていたのだ。このままではシャワールームの扉の向こうへ浸水しそうだったので、慌ててシャワーを止めて原因を探った。

 なんと排水管にビッシリと住人たちの体毛がこびりついていて、毛むくじゃらの排水溝の蓋を眺めて思わず悲鳴を上げそうになった。当然そのままにしておけず、我慢して絡みついた毛をはがし、水はけ能力を復活させて事なきを得た。取り除いた毛は、腹が立ったので脱衣所の片隅に丸めて放置してやった。

 その日は大みそかだったのが余計にそのような事態になってしまったのかもしれない。週に3度来てくれる清掃のおばちゃんが長期休暇に入っていたのだろう。その日以外にシャワーによる浸水が起こったことは稀である。(それでもお盆の時期など、年に数度は味わった)

 汚い水に浸かった足を後ほど念入りに洗いはしたが、その数日後に水虫を発症した。


③便器にこってり

 この節はダイレクトに汚い下の話になるので要注意である。そして手短に済ませよう。

 シェアハウスのトイレは各階ごとに備えられていた。元学生寮らしく、個室のトイレではなく公共施設にあるようものである。そして驚くべきことに男女兼用であった。

 おまけに男性用小便器が備えられているので、入居した当初は利用する際に女性が入ってこないことを願いつつ用を足していた。だが人間の適応力とはすさまじいもので、そのことを気にする住人はほとんどいなかったし、日が経つにつれ私自身も慣れてしまった。(もしかしたら一定数の女性はプライバシーを守れるどこか特定の階のトイレを使っていたのかもしれない)

 女性に配慮して小便器なんか使うなよという意見があるかもしれないが、シェアハウスの大便器はあまり好き好んで使いたくなかった。というのも……常にどこかしら汚れているのだ。便が落ちるところにチョコレートのようなこってりしたものが日常的についていて、それが無い状態なんていうのは、清掃のおばちゃんなどが掃除してくれた直後以外はあまりお目にかかれなかった。

 それも当初は驚愕したものだが、数日経つうちにやはりそれも慣れてしまったし、何なら時折自ら掃除したりもした。だが一日経つと、やはり元通りの状態、便器にこってりしたものが付着しているのである。このシェアハウスだけの特殊な状況鴨しれないが、便器が常にキレイなシェアハウスは、恐らく民度の高さは上位である。



 ……ここまで書き連ねて今さらだが、①以外は直接的に安さに繋がっていなかったように思う。20年程使用されていそうな洗濯機に年間1万円近くも払わなくてはならなかったのは業腹だが、かといって汚いことが直接値段に響くわけでもなし……だが、あのような不潔な環境に長く住み続けてきた経験というのもなかなか貴重だったので、この場を借りてご紹介したいと思ったからこのまま書き残すことにした。

 私の暮らしていたシェアハウスはおそらく大阪でも10本の指に入るほど汚い場所だったと思う。他の施設が全て同じだとは思わないでいただきたい。

 例え施設自体がキレイでも、住民の民度が低ければあっという間に地獄絵図と化することはよくある。私は後年、この物件以外のシェアハウスにも住むことになるのだが、そこは改装させて間もない非常に清潔な物件だった。

 しかし日によって精神状態にムラがある住人の一人が、夜に密かに自らの便をトイレ中に塗りたくるという蛮行を犯し、管理人が、「私、こんなことするためにこの仕事に就いたんじゃないのに……」と半泣きで掃除していたこともあるぐらい、シェアハウスは物件自体の魅力よりも一緒になる住人の方が大事なのである。

 そして大阪で指折りの不潔な物件にいた私だったが、今となっては住人に恵まれて楽しく過ごせた日々を非常に有難く思っている。


 前回までは私の置かれていた状況、鬱々とした展開にお付き合いさせてしまって、読者の方々には申し訳なく思っている。

 ここからは私が緩やかに再生していくまでの過程を描いていく。

 このシェアハウスの不潔さに慄いた2017年の年頭から、次の物語を開始していく。

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