第2話 和スイーツ

 『ハヤシまん』との衝撃的な出会いから早1ヶ月。

 俺は来店5秒で「『ハヤシまん』一つ、お願いします」の常連になりつつあった。


 今日で記念すべき10回目の来店を達成する俺には一つ、気になることがある。


 いつも俺を迎えるのは「いーらっしゃいませ」。

 見送るのも「ありがーとうございましーたっ」。

 そう、あのイントネーションが独特な人以外の店員(なんと店長だった)を見かけたことがないのだ。


 俺が来店するのがいつも深夜だからってのも、もちろんあると思う。

 だが、思い立ったら吉日の精神で平日、休日、3日連続と気まぐれに訪れているのだ。

 ……もしかして、深夜帯はあの人のワンオペだったりして。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 どうでもいいっていうか、どうしようもない。

 俺にも仕事があるし、気軽にバイト入ったりできないからな。

 そもそも、ただの取り越し苦労かもしれない。

 つまり、俺にできるのは『ハヤシまん』の売り上げに貢献することくらい、ということだ。


 そう、思っていた。

 昨日まではなかった、店先ののぼりを見るまでは。



『新作! 和スイーツ♪』


 和スイーツ……!

 洋を取り入れた和菓子はコンビニの定番の一つだもんな。

 クリーム入りどら焼き、フルーツたっぷりのあんみつ、抹茶パフェ、etc.


 ……たまには甘い物も悪くない。

 結局『ハヤシまん』に落ちつくと思うけど?

 ちょっとだけ! ちょっっっっとだけ、どんなものか覗いていくくらいなら?


 俺は意気揚々と店に乗り込んだ。



 ピロンピロンpブッ……

「いーらっしゃいませ」


 そういやこの入店音、一向に直る気配がないな。

 あの店長同様、これがデフォルトなんだろうか。


「あーの、お客さん?」


 レジを挟んで向かい合った店長がおろおろと、俺と『ハヤシまん』のケースを交互に見ていた。


「すっすみません!」


 無意識のうちにレジへ並んでいたのか。


「いつもの癖で、つい……」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、そそくさとレジを離れる。


 あ、危なかった。

 もう少しで注文してしまうところだった。

 腹の減り具合的には両方ペロリといけると思うけど、買い忘れでもう一回レジ並ぶの気まずいんだよなあ。

 ……ってなんで和スイーツも買う前提なんだ! 見るだけ! 見るだけだぞ。



 えーっと、スイーツコーナーは……。

 いつもレジ回りで見かけないし、多分店の奥の方だろう。

 おっ、あったあった。


 手のひらサイズに縮小された店先と同じのぼりが、周囲より一段低めの冷蔵棚の上ではためいていた。

 冷蔵棚に並ぶのは、個包装された緑の筒状の何か。

 食べ物に対するたとえとしてなんだが、形状はトイレットペーパーの芯(中身は詰まってる)が一番近い。


 なるほど。

 抹茶のミニロールケーキとみた! ……いや、緑茶の線も捨てがたいな。

 よし買った!

 俺は抹茶ロールケーキ(推定)を手に取る。


 えっ、硬い。

 筒状の何か、じゃなくてまんま筒だ。竹筒。

 ……ってことはこれ、羊羹か? こんな容器に入ってるのなんて、和菓子屋でしか見ないけど。


 半透明のパッケージの下部、控えめに書かれた商品名は、俺の想像のさらに上を行くものだった。



『心太 天突き&ソース付き』


 心太。

 ところてん。

 ……ところてん!?


 何度目をこすっても、『心太』の文字が『羊羹』に変わることはない。

 俺はそっと『心太』を棚に戻した。



 心太に和スイーツ名乗らせてんの!?

 「和」が強すぎる……いや、これ「スイーツ」の部分なくないか?

 関東だと酢とか醤油で食べるものって聞くし、その場合甘さ0だぞ。

 黒蜜を考慮しても、心太が名乗れるのは「甘味」が限界だと思うんだが……。


 というか、棚に並んでいるの、この『心太』一種類だけ……ん?

 コの字型の棚をぐるりと回り込むと、一回り小さなパッケージがあの『ハヤシまん』同様に最上段から下段まで敷き詰められていた。


 なんだ別商品もあるじゃないか。

 もしかして、これはあれか? 心太が「和」でこっちが「スイーツ」ってことか?

 紛らわしいのぼりだな。発注ミスか?


 心太からの落差か、期待値がうなぎ上りに上がっていく。

 俺は商品を手に取り、パッケージを見る。

 さーて、こっちはどんな感じかな?



『詰め替え用心太 ソース付き』


 詰め替え!?

 リピーター意識してんの!? 心太で!?


 ……いやまあ、リピーターはいるっちゃいるとは思うよ。

 心太ってカロリー低いし、ダイエットしてる女性とかね。


 でも、心太だけでスイーツコーナー埋め尽くすって、どう考えてもやり過ぎだろ。

 『ハヤシまん』といい、今回の『心太』といい、この店トガってんなー。

 どんな客層想定してるんだよ。


 俺はまたも手に取った商品をそっと棚に戻した。

 ……。



 ピロンピロンpブッ……

「ありがーとうございましーたっ」


 にやけた顔で店を出る俺の手には、いつもと違ってひんやりとしたエコバックが握られていた。




 『ハヤシまん』を初めて食べたあの日を思い出す光景。

 なんとなくで垂れ流すテレビと、こたつの上の『心太』。

 そう。目の前にあるのは、竹筒付きの方である。


 だってあそこまで推されている心太だぞ!? 気になるじゃないか!

 あとはまあ、安かったし。

 竹筒とソースが付いて税込み280円。安くない? 心太の相場なんて知らんけど。



 さて、御託はここまで。

 とにかく食べてみるか。


 パッケージの頭?を開いて中身を取り出す。

 竹筒と黒蜜っぽいソースの袋、長さ10cmセンチくらいの棒と中央に穴が開いた直径2cm強の円形プレート。

 後半のは……これ、組み合わせるのか。


 棒を円形プレートにはめ込むとカチッと音がした。

 おおー。名前が分からないなんか押し出すやつだ。

 組み立て・分解が簡単で洗いやすそう。……マジでリピーター意識してるんだな。


 じゃあさっそく、うにゅーっと押し出すやつを……あ、皿とフォークがいる。

 俺はスキップもどきで台所に向かう。

 小皿でいいか? いやもっと深めのが食べやすい?

 うーん、茶碗にしておこう。

 茶碗とフォーク、念のためハサミを持ってこたつに戻った。



 気を取り直して、お待ちかねのうにゅータイムだ!

 まずは、竹筒の上下底のセロハンを剥がして。

 うわっ、汁垂れしてきた。茶碗先に持ってきてて正解だったな。


 次に、この押し出すやつでうにゅーっと!

 テレビで見たことは何回かあるけど、自分でするのは初めてだ。

 密かに憧れていたアレが今日叶うのか。

 ふふっ。ちっちゃなことなのに、なんか感慨深いな。


 緊張で若干汗ばむ手に、少しずつ少しずつ力を込めると、丸底の棒で追い立てられた心太が格子から顔を出す。

 だんだん長くなっていくカット済みの心太に合わせて、竹筒も動かしてみる。ソフトクリームを巻くときのコーンのように、まあるく。

 あ、あんまり上手く巻けないな……。ソフトクリームと違って弾力があるからか?


 心太のとぐろ巻きに苦戦しているうちに、棒がコンと竹筒の底の格子に当たった。


 あれ? なんとか押し出せたと思ったら、網目のところに心太が張り付いてる!

 棒を動かしても落ちないし、フォークで削ぐしかないか。

 失敗しちゃったかな……。

 いやいや、初めてにしては上出来だ! そう思っておこう。


 よし、仕上げに黒蜜をかけて……あーやっぱり。

 こういう醤油とかからし系の小袋って、切れ込みあっても千切れないよな。

 そんな時は我らが救世主・ハサミにおまかせ!


 チョキン


 さっすがハサミさん! 今日もいい切れ味だ!

 俺は深夜テンションに身を委ね、ノリノリで心太に黒蜜をかける。


「いっただきまーす」


 パチンと手を鳴らすが早いか、フォークで心太に黒蜜を絡める。

 そしてそのままちょっとお行儀は悪いが、茶碗の縁に口を付けてフォークで運んだ『心太』をちゅるっと啜る。


 うん? なんだこの味?

 黒蜜じゃなくて……チョコレート!?


 まさかの組み合わせに、勢いで飲み込んでしまった『心太』が喉奥へつるり。

 ゴホゴホと数十秒間むせることになった。



 フー、フー。

 ……よし、もう大丈夫だ。


 はー、こんなにびっくりしたのは『ハヤシまん』以来だ。1ヶ月ぶりか?

 でも、『ハヤシまん』と同じならこの驚き以上のおいしさが待っているはず!

 さっきはちゃんと味わえなかったし、二口目。

 ちゅるっと啜った『心太』を今度は少し噛んでから飲み込んだ。


 うーん、心太自体に味は無いのか? もうとにかくチョコレートが全面に出ている。

 ソースからほのかにオレンジの風味がする以外はチョコレートの味しかしない。

 これ心太いらなくないか? そう思って一口、ソースだけを飲んでみた。


 ……いけなくもない。が、しつこすぎるな。

 チョコレートが喉奥から一向に進んでくれない。

 うー、飲み物がほしい。


 飲み物代わりに『心太』を一本。

 さっきのしつこさを絡め取って喉をするんと通り抜けていく。

 ふわりと鼻を抜けるオレンジの香り。


 そのまま俺は茶碗が空になるまで無心で啜り続けた。



「ごちそうさまでした」


 手を合わせて軽く拝んでおく。


 おいしかった。

 多分俺は黒蜜よりも、こっちのチョコレートの方が好きだ。

 ぜひ、リピートさせていただこう。

 心太を押し出すやつ一式は、あとで茶碗と一緒に洗わないとな。


 きっとこの『心太』は、アイスクリームやかき氷ほどではない冷たさを求めてる5月頃なんかに本領を発揮するはずだ。

 ちらりとベランダの方を見る。

 カーテンの隙間から覗く閉め切られたガラス窓の向こうに、雪がちらついていた。

 しばらくは『ハヤシまん』の天下が続くだろう。



 あと3ヶ月半か。品揃え変わってないといいな。

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近所のコンビニがなんか違う 天野太洋 @milk116

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