第6話 廃墟の旅館
「麗奈行こう! 琉衣子さんが危険だ!」
「分かってる! あんな姿の琉衣子さんは初めて見るわ! 何か目的があったのよ!」
横を走る麗奈が何か目的があるのかもしれないと言うが、出会って日が浅いので分からない。琉衣子は研究熱心という印象であるが、実験体という言葉から察するに、白銀の翼が何か人体実験をしていることは確かだ。
「人体実験をするなんて酷すぎる! 白銀の翼は何を考えているんだ!」
「私だって知らないわ。ただ世界を手中に収めようとしているってことだけは知っているわ!」
やはり麗奈も全てを知っているわけではないようだ。
出雲自身が知っていることだけなようで、近いうちに琉衣子に知っていることを全て聞き出したい。
「聞けることは聞きたいけど、今は早く琉衣子さんに会わないと!」
今にも崩れそうな階段を上り二階に到着をすると、そこは外観や一階とは違いすぎる光景が広がっていた。
「整えられていて凄い綺麗な場所だ……ここに白銀の翼構成員がいるのは間違いないみたいだな」
「そうね。たくさんの機械の配線が奥の部屋に集約されているわね。そこに琉衣子さんもいるのかな? どうお兄ちゃん?」
「そうだな。この階が綺麗になっていて配線があそこに集まっているということは、あの奥の部屋に構成員がいるってことだよな」
「そうよね。早く行こう!」
先に奥の部屋に向かった麗奈は、扉を開けた瞬間に悲鳴を上げてしまう。一体何が起きたのか分からないまま駆け出すと、部屋の中心部で黒いローブに身を包んだ謎の人物に首を掴まれている琉衣子がいた。
麗奈はどう動こうか悩んで動けないでいるようだが、出雲はすぐさま桜花を出現させて助け出そうとするが、どうやっても出せない。
「桜花を出したいのに出せない!? 麗奈! どうすればいい!」
「え、あ、指輪を掴んで念じればいいわ! それで出るよ!」
「分かった!」
言われた通りにすると指輪が光って出現した。
宙に浮かぶ桜花を握り、黒いローブに向かって水平に振るう。
「琉衣子さんを放せ!」
勢いよく振ると琉衣子を離した黒いローブは後方に飛んで攻撃を避けた。
しかしそれで攻撃の手を止めることはなく、続けて何度も振るって追い詰めていく。
「お前は誰だ! 白銀の翼の構成員なのか!?」
「――」
何かを話しているようだが言葉は聞き取れない。いや、口が動いているかは見えないので話しているかすら分からない。
「倒して聞き出す!」
商店街で握った時よりも軽く振るえているので、狭い部屋の隅に追い詰めることができた。
「麗奈、追い詰めたぞ!」
「さ、さすがお兄ちゃんね、ありがとう」
床に座って咳き込んでいる琉衣子の背中を撫でていた麗奈が、横目で黒いローブの方を向いた。
「琉衣子さん、あれが構成員なんですか?」
「ゲホゲホッ……そ、そうよ。白銀の翼の化学部隊であの黒いローブは、人体実験によって強制的に特殊能力を発現させられて失敗した人よ」
「強制的に!? そんなことができるんですか!?」
「それは分からないわ、だけど部屋の右側を見て。白色で横長のカプセルがあるでしょ? そこに入っている何かを世話するためにここに配置されたようね」
指を差された先を見ると、そこには戦いで気が付かなかったが確かに白色で横長のカプセルがあった。何が入っているのか気になるが、気を抜いたら黒いローブに反撃を受ける可能性があるために下手に動けない。
「ちょっと見るわね。麗奈っちは出雲っちを支援してあげてね」
「分かりました」
なぜかテンションが落ちている麗奈だが、静かに出雲の横に移動をした。
「テンションが低いけど大丈夫か?」
「平気だよ。琉衣子さんの姿を見てすぐに動けなかった自分を責めているだけだよ」
「そうか、驚いて動けないのは無理ないさ。俺は無我夢中だっただけだ。麗奈は俺より冷静だからさ、そこを活かせば大丈夫さ」
麗奈を慰めていると、それに触るなと黒いローブが声を上げていた。
視線を戻すとローブを外しており、自身より若干年上と見える男性の顔がそこにあった。
「上からの命令だ、それに触るな。どのようなことが起きるか保証はできないぞ」
人が一人入れる大きさで横長のカプセルを操作している琉衣子に向けられた言葉だが、そんなことは百も承知なのだろう。今は忙しいからと言いながら機械を操作し続けている。
「これをこうして……白銀の翼も似た機械を使っているようね……ここを押せば!」
カチッと音をさせると、カプセルが重い機械音を上げながら静かに開いていく。
そこに何が入っているのか、何が出てくるのか三人は心臓の鼓動を早くしながら固唾を飲んで見守っていた。
「出てくるわよ! 構えて!」
今までとは違う琉衣子の反応に出雲は目を見開いて驚く。
もっと飄々としているイメージだったのだが、口調を変えてまで注意をしてくる。どれほどのモノが出てくるのか分からないが、ヴァイスのように強い人が出てきたら対処ができない。
「姿が見えるわよ!」
琉衣子が言葉を発した瞬間、カプセルから何から飛び出てきた。
一体何がと思った瞬間、構えていた桜花に何かが衝突して部屋の奥に吹き飛ばされてしまう。どうにか床に着地をすることができたが、飛び出てきた『モノ』の姿を見て驚愕をしてしまった。
「に、人間!? それも俺達より年下の女の子!?」
出雲に攻撃をしたのは人間の少女であった。
黒髪で腰を超える程の長髪で、前髪は鼻当たりまで伸びており顔をハッキリと見ることはできない。また、線が細い体には布を巻きつけているようで胸から太ももまでが隠されている。
「逃げてお兄ちゃん! なんでか狙われているよ!」
「そ、そんなことを言われても!」
少女は右手を伸ばすとそこから青白い刃のようなものを出現させ、切先を出雲に向ける。様にならない構えをすると勢いよく雄叫びを上げながら斬り込んできた。
「どうして俺を狙うんだ!? 俺は何もしていないぞ!」
「うがあー!」
言葉が話せないのか、雄叫びを上げたまま謎の刃で連続で斬りかかってくる。
「力が弱いからまだ捌けるけど、ギリギリだ!」
縦横無尽に攻撃をしてくるので捌くので精一杯であるが、一定の間隔で攻撃をしてくるので攻撃を受けることはない。
「琉衣子さん大丈夫ですか!?」
未だに地面に座っている琉衣子を心配するが、服の中から注射器を取り出して何やら準備をしていた。
「その子を眠らせるからどうにかして押さえつけて!」
「そ、そんな!? どうやって!?」
突然の注文に驚いてどうすればいいのか悩んでいると、ドゴンという大きな音が聞こえたと共に麗奈が少女を羽交い絞めにしていた。
「れ、麗奈!? あの男は!?」
「腹部を殴って気絶をさせたわ! 琉衣子さん早く!」
「分かったわ!」
麗奈と協力をして琉衣子は少女の首筋に注射をし、眠らせることに成功をした。
これで一件落着かと思うが、謎が増えるばかりで聞きたいことが積もるばかりである。
「これで捕獲完了ね。本部に戻ってこの子のことを調べないと」
「本部って日本騎士団のことですか?」
「そうよ。もう少ししたら出雲っちも本部に呼ばれるんじゃないかしら?」
本部ってどこにあるのだろうか。
秘密の組織であるので公にはされていないと思うけど、一目で見て分かるところには置かないだろうし、どこにあるんだろうか。
「麗奈は本部の場所知ってる?」
隣にいて外を見ていた麗奈に話しかけると、知ってるという返答が来た。
「知ってるの!? あ、一年もやっていれば行く機会もあるか。場所って教えてもらいないよね?」
「お兄ちゃんごめんね。規則でまだ教えられないの。いずれ琉衣子さんから教えてもらえると思うわ」
「そっか、分かったよ」
麗奈はやっぱり知っていたのか……でも規則で教えられないと。研修はこれで終わりだろうし、そろそろ色々教えてもらいたいな。
どこかに電話をして作業をしている琉衣子を見ながら心の中で考えていると、ドタバタと廊下を誰かが走っている音が聞こえてきた。
「ただいま参りました」
「遅いわー! 連絡したらすぐに来てよー!」
頬を膨らませてぷんすかと怒っている琉衣子であったが、部屋に入って来た十人の黒いスーツを着ている男女に的確に指示を出して、機械を含めて男性と少女を連れ出していく。
「男性はどうでもいいけど、女の子の方は慎重に連れ出してよ! もしかしたら第一号かもしれないんだからねー!」
第一号って、もしかしてさっき言っていた特殊能力を人工的に発現させたってことか? 男性の方よりあの女の子の方が成功しているってことなのか?
答えが分からない問題を考えて頭痛がしてくる。なのでこれ以上考えるのを止めて、とりあえずこれからどうすればいいのか琉衣子に聞くことに決めた。
「あ、あの、俺達はこれからどうしたらいいですか?」
鬼の形相で指示をしている琉衣子に怯えながら話しかけると、二人は帰っていいよとの指示を受けた。
「研修はまだ続くけど、今日はこれで終わりよ。またこちらから連絡をするから、出雲っちは家で待機をしてて!」
「わ、分かりました! 麗奈と一緒に帰ります! お疲れさまでした!」
頭を下げた出雲は麗奈と旅館から出ると、出入り口前に車が三台停車していた。
その中の一台に少女をちょうど乗せようとしている最中であるようで、目が覚めないように慎重に運んでいるようだ。
「あまり見ない方がいいよ。お兄ちゃんは私の関わっている範囲だけの人と関わればいいから」
「そうなの?」
「うん。日本騎士団には良い人が多いけど、そうじゃない人もいるからね。暴力的な人や、人を人と見ていない自分だけが良ければいいって人もいるから――」
麗奈はどれだけ人の悪を見てきたのだろうか。
大人の社会でしかも非公開組織の中で騎士として平和のために戦っていた。ストレスも多いだろうし、その中で良い人と出会えていたのは兄として嬉しい限りだ。
「さ、今日は帰ろう。疲れただろう」
「凄い疲れたー。何か食べて帰ろうよー」
右腕に抱き着いてきた麗奈は、仕事の顔ではなく普段よく見ている顔をしていた。
いつかこの顔を毎日できるようにしてやらないといけない。出雲はそう思いながら、千円のアイスを買って麗奈にプレゼントしたのであった。
「アイス美味しいね! ありがとう!」
「喜んでくれてよかった。あ、腕に垂らして付けないでよ?」
「そんなことしませーん。口を拭くだけでーす」
クスクスと笑いながら麗奈はアイスを食べ続けている。
出雲は自身の分は買わず、ペットボトルのお茶を飲んでいた。二人は駅前に移動をして帰りの電車が来る時間を待っていた。
「お兄ちゃん、研修どうだった? まだあるみたいだけど、やっていけそう?」
「どうだろう。まだ分からないけど、麗奈がいるから大丈夫かな? いてくれて助かるよ」
「それはよかった。ずっとお兄ちゃんの側にいるからね! お兄ちゃんもずっと側にいてよね?」
下から覗き込んでくる麗奈の顔を見て、兄であるがとても可愛いと思ってしまう。
空いている左手で麗奈の頭を撫でようとした瞬間、触っちゃダメですとどこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
「お兄様でもお姉様の頭は撫でちゃダメです! そこは私も触っていないんですから!」
どうやら声の主は美桜であるようで、両手に持っている大きめのビニール袋にはお土産と思わしきモノがたくさん入っていた。
「近くで任務があって、お姉様達がいると聞いて来ました! お土産もあるので是非食べてください!」
そう言いながら両手に持つビニール袋が出雲に手渡された。
お菓子や飲み物、それにおでんが入っているようで、すぐには食べ終わりそうにない。
「美桜ちゃんありがとう! 嬉しいわ!」
右腕から離れた麗奈が美桜に抱き着く。
その姿はとても仲が良い姉妹に見えた出雲は、微笑ましい気持ちになっていた。
「姉妹みたいだな。仲良くしてくれてありがとう」
「そ、そんな私の方がいつもお姉様に良くしてもらっています! お兄様とも出会えましたし、嬉しいです!」
突然息を荒くさせながら美桜は嬉しいですと何度も連呼をしている。
その姿を見た麗奈は落ち着いてと言うが、鼻血が出そうですと鼻を抑えて天を仰ぎ始めてしまった。
「ティッシュティッシュ!」
出雲はポケットを探すがティッシュはなかった。
「まだ出ていないので平気です……すみません……」
近くにあった椅子に座って美桜は、息を整え始める。
「お二人は帰るところだったんですよね? 一緒に帰っていいですか?」
「もちろんだよ。一緒に帰ろう」
「やったー! お二人と電車に乗れて嬉しいです!」
「ちょ、ちょっと興奮したら鼻血が!」
麗奈が鼻血と声を発した瞬間、美桜は鼻から勢いよく血を吹き出して咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫!? しっかりして!」
「大変だ大変だ!」
二人は慌てながら駅に駆け込んでティッシュをもらいに行ったのである。
研修よりも大変な介抱をしながら、鼻血を吹き出して泣き叫ぶ美桜を連れて電車に乗って帰ったのである。
最弱の騎士は最強の妹を守りたい 天羽睦月 @abc2509228
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