第5話 研修開始
退院してから数日後、休日に琉衣子から「麗奈っちと一緒に研修をするからね」との突然の呼び出しにより、麗奈を含めた三人で郊外にある観光地域に来ていた。
ここは一時期の温泉ブームによって作られた海沿いにある想望郷という温泉街で、現在は人が少ない寂れた温泉街だ。なぜここに来たかというと、白銀の翼の構成員がいるとの情報が入ったからだそうで、研修を兼ねて任務に当たると琉衣子は言っていた。ちなみに出雲は学校の制服を、麗奈は日本騎士団の制服を着ている。
「休みの日にすまないね~。だけど、麗奈っちも一緒だから文句はないかな?」
「そうですね、麗奈と一緒でよかったです。ありがとうございます」
三人は想望郷駅に到着をした電車から降りて話している。
温泉街といえば平日休日問わずに人が多くいると思われるが、ここは違う。駅前には誰もおらず、隣接している商店街はシャッターを下ろしている店が目立っている。
「お兄ちゃんと一緒に任務を出来るなんて思わなかったなー。そういえば桜花はどうしたの? ここ数日持っていなかったけど」
「入院している時に回収されたみたいで、まだもらってないんだよね」
自身の腰を触りながら持っていないとジェスチャーをすると、相変わらず白衣を着ている琉衣子が欠伸をしながら待ってねと言ってくる。
待っている間に出雲は想望郷の周囲を見ることにした。駅目には車一つ停まっていない小さなローターリーに、改札側にある売店には補充がされていない商品が目立っている。また、右側にはシャッターが下りている商店街が、左側には海が見えるが人の姿は見えない。
「昔は大盛況だったんだろうけど、今は見る影が無いな……」
一人で想望郷の現在を見ていると、琉衣子が何かを探しているかのように左側の海の方を見ているようだ。
「そろそろ来ると思うから待っててね!」
まだかと言いながら周囲を見渡している琉衣子は、駅前にある売店を見ながら誰かを待っているようだ。
「来るって誰がですか?」
「それはね~」
含み笑いを浮かべている琉衣子は黒いスーツを着ている男性が小さなスーツケースを手に持って歩いて来たのを見て、やっと来たのねと声を上げて近づいていた。
「遅いわよー! 待ちくたびれたわ!」
「す、すみません……小型化に手間取りまして……」
「私の指示した通りにできなかったの?」
「間違えた職員がおりまして……」
琉衣子に怒られている男性は平謝りで少し可哀そうに思える。
しかし耳に入ってきた小型化というのはどういう意味だろうか? 武器を持っているはずの麗奈が持っているように見えないことと関係があるのか。
「受け取るから、すぐに研究に戻ってね。それに白銀の翼の情報を得たらすぐに連絡をちょうだいねー」
「は、はい! 失礼します!」
男性は冷や汗を飛び散らせながら、遠くにある駐車場に停めている車に急いで乗り込んだようだ。
「さて、ついに届いたわね。これが出雲っちの桜花だよ」
「こ、これがですか!?」
手渡された桜花は小さな指輪になっていた。
小指に付けるタイプであるようで、琉衣子が早く付けてと急かしてくる。
「これを付ければいいんですか?」
「そうよ~麗奈っちも付けているでしょ?」
「麗奈も?」
そう言われて麗奈の右手の小指を見ると、そこには小さな指輪が付けられていた。
今まで気が付かなかったのがおかしいくらいに、ハッキリと小指に指輪が付けられているのが見える。
「私も付けているよー。剣を携帯していたら不審がられるし、警察に捕まっちゃうわ。組織が公表されたらまた別だと思うけどね」
「そうだよね。普通に持っていたら捕まるよね」
琉衣子からもらった指輪を小指に付け、これからどこに行くのか麗奈達に話しかけた。
「側にある商店街を通って、先行った半壊している廃墟の旅館に構成員が潜伏しているとの情報が日本騎士団に寄せられてね。それで調査がてら出雲っちの研修を兼ねているのさ」
「情報ですか。その情報って一般の人から寄せられるんですか?」
「それはね~日本騎士団に秘密裏に協力をしてくれている人達がいるのさ。昔から白銀の翼と戦っているから、古来より協力をしてくれている人達が日本各地にいるのさ」
体を伸ばして大欠伸をしながら琉衣子は教えてくれた。
それほど昔から協力をしてくれている人がいるというと、自身の知っている人が協力者の可能性もなくはないと考えてしまう。協力者だからいいが、もしそれが敵であったのなら怖いなと考えなくていいことを思い浮かんでしまった。
「さて、もう少し先に歩くと目的である廃墟の旅館があるわ」
「廃墟ですか……そこに潜伏をしているんですよね?」
「そうよ。何人いるか分からないけど、気を付けた方がいいわよ」
「そうだよー。お兄ちゃんは研修なんだから、学ぶ気持ちでいてね」
麗奈と琉衣子に心配をされてしまう。
確かに本格的に始まったばかりであるので、胸を借りる気持ちで臨んでいこうと考えることにした。
「麗奈先輩からたくさん学ばせていただきます」
笑顔でおちょくるように言うと、頬を限界まで膨らませた麗奈に腹部を軽く殴られてしまった。
「変なこと言うと次はもっと強いよ!」
「ごめんごめん。ちょっと調子に乗ったよ」
「もう変なこと言うの禁止ね! 分かった?」
「分かった!」
麗奈の目を見て大きな声で返事をした。
ここはそうするべきだと思ってしたのだが、琉衣子に微笑ましいけど声は小さくねと怒られてしまう。
「す、すみません……気を付けます……」
「はーい。じゃ、慎重に進むわよ。半壊しているからといっても地上三階建てで横に広いんだから、どこに潜んでいるかなんて分からないんだからね」
琉衣子が後ろを歩く出雲と麗奈に対して説明をしている。
半壊している廃墟の旅館を遠目で見ると、確かに横に広く見えた。旅館の左半分が倒壊しているが、まだ右半分が残っているようで、隠れる場所が多数あると一目で分かる。
「ここにその構成員が潜んでいるんですよね?」
「そうよ。ただ、白銀の翼に関係がある人で構成員だと断言できるわけではないわ。そこにも注意をしてね」
「そうなんですか!? 駅前では構成員って言っていたような気がするんですけど」
「ごめんね~。そう言わないと乗り気にならないと思ってね~」
舌を出しながら謝る琉衣子に対して、麗奈は大きなため息を吐きながら悪い癖ですよと言葉を発している。どういう意味だろうか。付き合いが長いからこそ分かることがあるのだろう。
「琉衣子さんは早くその悪い癖を直してくださいね。お兄ちゃんにまでそういうことしないでください」
「は~い。ごめんね出雲っち」
「大丈夫です。あ、廃墟の旅館に到着しましたね」
三人はシャッターで閉まっている商店街を抜けて、海沿いを歩いて目的地に到着をした。そこは遠目で見た通りの半壊具合であるようで、どのように探すものかと一人悩んでしまう。
「三人で固まって移動をするのがいいかもしれないわね。一人ずつだと襲われた時に危険だし、私は戦えないからすぐ殺されちゃうしね!」
胸を張って殺されることを強調しているようだが、麗奈の負担が増えるだけだ。
研究者ということだが、何か護身できるものを携帯していないのだろうか。出雲は琉衣子に身を守るものがないか聞いてみることにした。
「琉衣子さんは何か身を守るものを持って来ていないんですか?」
「そうね~あるにはあるけど、あまり当てにはできないわね~」
微笑しながら教えてくれた。
あるのなら見せてくれればいいのに見せてくれない。もしもが起きた時に出すのだろうか。
「いつものことよ。それより今は早く行きましょう。時間は待ってはくれないわよ」
「了解~。さ、出雲っちの研修開始~」
右腕を空に伸ばしながら先を歩き始める琉衣子。
油断をしているように見えるがしていないのだろう。出雲には分からないが、麗奈が何も指摘をしていないのだということは、隙を見せていない証拠だ。
「入り口は残っているみたいね。開けるわよ」
木製で造られている引き戸を抜けると、そこには地面が捲れて荒れている一階ロビー部分が見えてきた。カウンターは全壊していて誰かがいる気配はしない。
コンクリートの欠片を踏んで進み、壊れていない右側の建物を目指すとそこには複数の部屋と二階へと続く階段があった。
「一つずつ部屋を見て二階に進むしかないのかなー?」
面倒ねと言っている琉衣子を尻目に、麗奈は一つずつ部屋の扉を開け始めていた。
文句を言わずに部屋内を調べていくその姿は対照的だなと思ってしまう。その姿を見つつ、まだ調べていない部屋を見ることにする。
「荒れてから年月が経っているような感じで、人がいた形跡はないですね」
「私もそうです。琉衣子さんは何か分かりましたか?」
天井を見上げていた琉衣子に麗奈が話しかけると、二階から物音がすると突然言い始めた。
「二階ですか? 俺には聞こえないですけど」
「私もです」
麗奈の顔を見て聞こえないよなと話しかけていると、琉衣子が二階への階段に走って上り始めてしまう。
「ちょ、ちょっと琉衣子さん! 先に行かないでー!」
「白銀の翼の実験体と合えるかもしれないの! こうしちゃいられないわ!」
「実験体って、どういうことですか!?」
実験体と言っている意味が分からない。
白銀の翼が人体実験でもしているということか? 考えても仕方がないか、今は先に行ってしまった琉衣子さんに合流をして話を聞くしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます