月夜のソネット

ただの、いちどくしゃ

月夜のソネット

 日本に来てから半年がたった。


 本当は大学を出てからすぐに来たかったんだけど、留学するにはものすごくお金がかかることを知って、それで一生懸命お金をためてやっとの思いで日本に来たんだ。


 日本は僕が小さいころからキラキラ輝いていた。

テレビアニメの中の日本は夢のような国だった。

車だって機械だって、日本製はみんなすごかった。

だから僕は大学を出たら日本に行って働くんだとずっと前から決めていた。


 僕の生まれ育った町は小さいから日本語を学ぶところはなかった。

ネットで「みんなのにほんご」っていう教科書を買ったけど、自分ひとりで勉強するには難しすぎた。

だから僕はまず日本に留学して、日本語学校で日本語を勉強しながら就職先を探すことにしたんだ。



 だけど現実は厳しかった。


 僕はいつもまじめな優等生で大学だって出てたんだから、日本に来たらすぐに日本語がわかるようになると思っていた。

なのに、いつまでたってもさっぱりわからない。

クラスメートの韓国人や中国人はどんどん理解していくのに、僕だって一生懸命やっているはずなのに、なんだか取り残されたような気がした。

韓国語や中国語は日本語と似てるけど僕らの国の言葉は日本語と全然違うから、僕らにとっては難しいんだというのを知ったのはずっとずっと後だったんだ。

僕はただただ焦った。


 僕は自国ではいつも一匹狼の優等生だった。

だから、僕よりもっと前に日本に来てすでに日本語がわかる同じ国の子を学校で紹介してもらったけど、なんだかチャラいやつでその時もほかの国の子と楽しそうに話してたから、「絶対に友達になんかなるもんか」と思ってしまった。

アジアの子は同じ国の子がいるし、英語を話せる子は英語でどんどん知り合いを増やしていったけど、僕は英語もできなかったからいつも一人だった。

でもそれでもいいと思ってたんだ。そのときは。

僕はいつも一人で何でもやってきたんだから。


 日本の電車賃がこんなに高いとは夢にも思わなかった。

僕はなかなかアルバイトを見つけることができなかったから、すぐにでも行けると思った「アキハバラ」は祖国にいた時と同じはるか遠い場所のままだった。

そして、「昨日何をしましたか?」と授業で聞かれて「アキハバラヘイキマシタ」

と自慢げに答えるクラスメートを妬ましく思った。

そして「秋葉原で何をしましたか?」と話が展開するのを遠い目で見ていた。

その反面僕はいつも「ナニモシマセンデシタ」としか答えなかった。

先生は「日本語の勉強のための質問だから作ったお話でもいいですよ」というけど、僕は嘘はつきたくなかった。

だからいつも同じ答えを言って、その都度先生は困った顔をした。


 そう。アルバイトだ。


 日本に来る前、エージェントは「アルバイトはすぐに見つかりますよ」といった。

だけど、コロナのせいでなかなか見つけることができなかった。

アルバイトを探すサイトに必死でグーグル翻訳をしながら登録したけれども、電話がかかってきても何を言っているのかさっぱりわからない。

「スミマセン。ニホンゴワカリマセン」

と言うと、ぶちっと切られた。

だんだん貯金も減ってきたし、次の学期の学費も寮費も払わなければならない。

毎日ほとんど1食で、泣きそうになりながら探し続けた。


 そしてやっとやっと、空港の深夜のバイトを見つけたんだ。

宅配便の荷物を仕分ける仕事だ。

今日初めてバイトに行ってみると、仲間はほとんど外国人だった。

だけど僕の国の人はだれもいなかった。

同じ国の先輩がいればその人から教えてもらえるけど、僕の場合は身振り手振りで教えてもらって必死でこなした。

仕事は結構きつかったけど、休憩時間はもっときつかった。

いろんな言葉が飛び交って、突然どっと笑い声がわいた。

僕は休憩室の端にポツンと座って早く終わってくれないかと願った。



 ようやく業務から解放されて外へ出るとまだ夜空だった。

とつぜん目の奥から熱いものがこみあげてきて慌ててこらえながら顔をあげた。

すると涙で潤んだ向こうにものすごい綺麗なお月様が見えたんだ。

あぁ僕の国の月と同じぐらい綺麗だって一瞬思って苦笑した。

だってお月様は世界でただ一つ。同じ月を見てるんだから。

そして母さんもこの月を眺めてるんだろうかってフッと思ったかと思うといきなりとめどなく涙が流れてきた。


 そして「ぼ く は ひ と り で す」とつぶやいた。


 そうしたら突然びっくりすることが起きたんだ。

お月様が突然フワッと明るくなったかと思うと「お つ き さ ま は み て い ま す」って確かにはっきり聞こえたんだ。

ものすごくびっくりしてしばらく夜空を眺めてたけど、お月様はそれっきり元のお月様に戻ってしまった。


 だけど、それから寮に帰る間も今こうやって布団にくるまってる間もなんだかお月様が見ていてくれている気がして心が温かくなった。


 明日学校で「昨日は初めてアルバイトに行きました。家に帰るときにきれいなお月様が見えました」と言ってみようかな。

そしたらみんなどんな反応をするかな。


 そんなことを考えてたらあっという間にぐっすり眠ってしまった。

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月夜のソネット ただの、いちどくしゃ @junjunjunjun

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